第十三話
【第十三話】
『スキルジェム強盗事件』の懲罰も完遂され、自由の身になって数日後。
街中で俺を切り捨てた女性プレイヤー、アカネが、
「貴様の軟弱な精神を叩き直してやる!」
と戯言を吐いて、『ゴブリン領』との境界まで俺を連れてきた。
アカネというのは、刀を武器とする居合の達人だ。βテスターでもある。『水晶の洞窟事件』や『スキルジェム強奪事件』で嬉々として俺をリスキルしたプレイヤーの一人だ。
まあそんなことはどうでもいい。これからのことが重要だ。
『始まりの街』から東へ進むと、異種族のゴブリンが治める領土、『ゴブリン領』がある。
ゴブリンという種族は好戦的で、また賢くもある。
なので、正式リリースが開始して一日、二日で彼らの存在が明らかになったが、彼らと友好関係を築くことは不可能だった。
さらに、彼らは社会を形成し、徒党を組んで人間の領土に攻めてくるようになった。
そのため、ゴブリン領との境界では、ずっと人間対ゴブリンの戦争が起こっている。
ずっとだ。朝から晩まで一日中。毎日だ。
人間が負け続けると、すぐ西にある『始まりの街』が陥落するので、相当数のNPCが戦っているのだが、彼らだけでは勝ち続けることができないようになっている。
運営がそのような仕組みにしている。つまりプレイヤーに、つべこべ言わずにゴブリンと戦争しろ、と言っている訳だ。
しかし大半のプレイヤーはこれを無視し、今日までやりたいように遊んでいる。
しかし、一部は例外だった。俗に言う『戦闘狂』たちだ。
彼らは闘うことを生きがいとし、敗北による死すら興奮の材料とする。
そのような『戦闘狂』たちは、喜び勇んで境界で戦っている。
今日も、また。
俺とアカネは、他数人のプレイヤーと共に馬車に乗り、境界付近の建物に到着した。
クラン【英雄の戦禍】のクランハウスだ。
【英雄の戦禍】というクランは、まさしく『戦闘狂』集団と言っていい。ハウスをこんなところに建てるくらいだからな。
「馬車だとすぐ着くんだな」
「それくらいゴブリンに押されてるという訳だ」
境界は、人間とゴブリンの戦争(以下、人ゴブ戦争)の戦況によって、東に押したり、西に押されたりする。
『始まりの街』がゴブリンの手に渡るのか否かは、プレイヤーの手に委ねられている。
「私たちも加勢するぞ」
「本当に行くのか……」
「男ならシャキッとしろっ!」
戦争に行きたくない気持ちを抱くのに、男でも女でも関係ないだろ!
と言いたいが、下手なことを言うとまた切り捨てられる。
どうせ死ぬなら、人類の役に立って死ぬか。
「なんか、やる気出てきた」
「その意気だ、トーマ!」
俺のスキルは集団戦向きだ。この戦いで上手く活躍できるかもしれない。
「行くぞ、アカネ!」
「言われんでもっ!」
俺とアカネは、残り数百メートルの位置にある、ゴブリン領との境界に向かって走るのだった。
※※※
戦線に到着すると、なるほど、これはひどい。
ガチの戦争だ。一分で消えるはずなのに、人間とゴブリンの遺体がそこかしこに転がっている。
「怖気づいたか?ここはこれが普通だ」
「いや、武者震いってやつだ」
あまりにデスしすぎたので、死への恐怖は無くなったと思っていた。
だが、戦場を一目見た瞬間に宿った、この恐怖心はなんだ?
俺もまだまだ甘ちゃんだったということか。
「行くぞ!うおおおっ!」
短剣を鞘から抜き、ゴブリンの元へ躍り出る。
相手は一体。長剣を持っており、粗末な服を身に着けている。
ゴブリン・ソードマンか。
上位種のホブゴブリンじゃないので、俺でもやれるか?
いや、殺らなくては殺られる。
…はっ!そうか、この気持ちか。
今まで、死んでもいいやという気持ちで、戦闘には真剣に取り組んでこなかった。
どうせ死んでも、失うものなど無いと分かっているからだ。
だが、ここでは違う。
一人の死が他の何人もの死につながり、ひいては異種族に侵略されるという末路が待っている。
ここで死ぬことは、人類の自由を失うということと同じだ。
「シャアッ!シャルシャアアアッ!」
ゴブリン・ソードマンが奇声を上げて剣を振り下ろしてくる。
焦るな。充分に引き寄せてから、ここでよける。
体をひねってひらりと攻撃を躱した俺は、次の行動に移る。
右手に握っていた短剣を手放し、左手を真っ直ぐ伸ばして前に突っ込む。
ゴブリンが左手を出して掴みかかってくるが、空いた右手で押さえつける。
そのままもたれかかるようにゴブリンに倒れ込みながら、胸の中に左手を入れて魂を掴む。
長剣を振って殴りかかってくるが、素早く左手を引き抜くことで、ゴブリンの意識を奪う。
「……うん」
よし、決まった。
相手の行動を見て、次にしてくることを予想しながら自分も行動する。
たったこれだけのことに気付かなかった。
戦いとはこういうものなのか。
もたもたしていると次の相手がやってくるので、さっさと自分の魂と混ぜ合わせてゴブリン・ソードマンに戻す。
「周りのゴブリンを攻撃しろ」
新しく出来た配下に命令する。洗脳したゴブリン・ソードマンは、敵を求めて駆け出して行った。
落ちていた短剣を鞘に仕舞う。俺の戦い方は無手の方がいい。
さあ、新たな敵はどこだ。
「正面から来てくれるとは限らないぞ」
低い男の声が響く。どこだ?
っ!後ろか!
振り返ると、先ほどのゴブリンよりも大型の個体が俺に向かって棍棒を振り下ろそうとしていた。
間に合わない!両手を犠牲にして……!
次の瞬間。
どこからともなくやって来た男が、俺とゴブリンの間に割り込み、左腕のトンファーで攻撃を受ける。
「名前は?」
「トーマです」
「わかった、トーマ」
男はトンファーをかち上げて棍棒を押し戻す。その勢いで右のトンファーの先端をゴブリンの脇腹に突き入れる。
「こいつは、俺がやっていいな?」
鋭い眼光で俺を睨みつける。
「はい」
俺が頷くや否や、痛みに唸るゴブリンの頭に、トンファーの連撃を叩き込む男。
何度目かの攻撃で、あっけなくゴブリンは沈んだ。
「済まないな。トーマの獲物を横取りしてしまった」
「いえ、庇って頂けなければ死んでいました」
「立ち話もなんだ。戦いながら話そう」
次のゴブリンがやってくる。今度は複数。
俺と男は囲まれてしまった。
「次はそうだな、レイピアにするか」
男がぶっきらぼうにそう言うと、手元のトンファーが消え去り、細長い剣が現れた。
「背中は任せていいな?」
「はい」
もう油断はしない。全員洗脳する。
俺の側にいるのはソードマン2匹に、棍棒を持ったゴブリン・ウォリアーが1匹。
後ろに男がいるからカウンターを狙わず、こちらから攻める。
にじり寄った俺の頭を叩きつけんばかりに、中央のウォリアーが棍棒を振り下ろす。
ゴブリン同士の距離が近いから、振り下ろす攻撃しか出来ないみたいだ。
余裕を持って右に大きく躱す。
なぜなら、右のソードマンが突きをしてくるのが見えたからだ。
これも回避。棍棒と長剣がぶつかって、ソードマンがたたらを踏む。
今だ。素早くソードマンの元に近づき、魂を抜き取る。
まずは1匹。
続いて、ウォリアーが棍棒を持ち上げながら振ってくる。
慌ててしゃがんでよける。抜け殻となったソードマンの肉体が吹き飛ぶ。
味方ごと攻撃してくるとは。
俺は隙だらけのウォリアーに向かうが、回り込んできたもう1匹のソードマンが切りかかってくる。
大柄なウォリアーの体に隠れて来ており、気づかなかった。
思わず、前に飛び込むようにして回避する。眼前に、棍棒を振り上げたウォリアーが飛び込んでくる。
集中しろ、絶対に死ぬな!
「ウギャルアアアッ!」
俺はしゃがんだ状態のまま、タイミングを合わせて振り下ろされる棍棒の側面に左手を添える。
手を左側に押し、相手の攻撃の勢いを利用したまま右斜め前に前転する。
以前の俺では不可能だったであろう動き。自分の体を思いのままに動かせている。
棍棒がドシャッと振り下ろされる。
俺はすぐさま立ち上がると、ターンしてウォリアーの背に右手を突っ込む。
そして魂を抜き取りながら、体勢を立て直したソードマンの追撃をバックステップでよける。
2匹目はこれでオッケー。
残り一体となったソードマンは、剣先を下に向けたままこちらの様子を伺っている。
問題ない。攻める!
俺が愚直に直進していくと、ソードマンも愚直に袈裟切りを放つ。
避けるのが難しい、左下から右上への斜めの斬撃。
だが、突っ込めばいける。
前に進むスピードを急加速させ、半身になって斬撃をよけつつ右手をソードマンに突き入れる。
「ぐっ!」
少し腹を切られたところで、魂を抜かれたソードマンが沈黙する。
終わった。だが、すぐ次が来る。
新たにやって来たウォリアー(3匹目)と対峙しながら、ソードマンの魂に自分の魂を混ぜ込む。
「ギャルアッ!ギャアアアッ!」
ウォリアー(3匹目)の振り下ろし攻撃を躱し、倒れているソードマンの肉体に魂を戻す。
「目の前のやつと戦え」
そう命じて、空中に置きっぱなしのウォリアー(2匹目)の魂を拾う。
通常、俺の手を離れた生身の魂は、一定時間その場に浮遊した後、固形の入浴剤のように、ゆっくりと外側から自壊してゆく。
今回はそんなに放置してなかったから、あまり小さくなっていない。
ゴブリン同士の戦いを注視しながら、自分の魂を混ぜ、隙を見てウォリアー(2匹目)に魂を入れる。
配下になったウォリアー(2匹目)が起き上がる。
「ここから少し離れてから、敵のゴブリンを攻撃しろ」
俺がそう命じると、配下のソードマンがウォリアー(3匹目)を切り伏せた。
「その調子で頼む」
ソードマンは攻撃を見て回避するような行動をとっていた。やはり俺の魂が配合されたおかげで、幾分賢くなっているようだ。
さて、これで手駒が二匹になった。彼らには遊撃をさせ、少しでも戦況を有利にしよう。
「しかし、面白いな。洗脳するスキルか?」
とっくのとうに戦闘を終えていた男が後ろから訊いてくる。
はたから見ると相手の体の中に手を突っ込んだり、何もない空間を手でこねたりしているので、彼の目には不気味に移っただろう。
「まあ、そんな感じです」
「手を突っ込まなければいけないから、何も持たずに戦っているんだな」
「そうです」
俺が武器を持たない理由も見破られている。流石の観察眼だ。
「言い遅れたな。マスターだ」
「え、マスターさんってもしかして、『英雄』ですか?」
「そんな大層なもんじゃない。単に戦闘が好きなだけだ」
βテストで多大なる功績を残した『勇者』率いる四人組、その名も『勇者パーティ』。
彼、マスターさんはその内の一人で、『英雄』と呼ばれている。
彼のスキルは【アーツマスター】。あらゆる種類の初期装備の武器を手にすることができる。だが、一度に出しておける武器は一種類だけ、という制約がある。
これだけ聞くと、満足に使いこなすことができないし、使いこなせても弱いという外れスキルだと思うだろう。
だが、マスターさんはあえてこのスキルを作った。なぜなら、即座に新品の武器が手に入り、無限に戦い続けることができるからだ。
ゴブリンとの戦争が実装されたのも彼にとって幸運だった。人ゴブ戦争というイベントはβ版にはなかったらしい。
マスターさんは正に、戦いの女神に愛されているプレイヤーなのだ。
「俺のことはいい。次の戦いに移るぞ」
「天候魔法っ!1分後にいきまーす!!」
「……一回退くぞ、範囲型の魔法攻撃だ」
「はい」
天候魔法とは何だろうか。あまり人ゴブ戦争関連の情報を仕入れてなかったのが仇となった。
俺とマスターさんが十分に戦線から離れると、杖を持った女性が前に出た。
「いきますっ!『サンダー・レイン』!!」
女性が魔法名を唱える。雷なのか雨なのかよく分からない。
しかし、雷が雨のように降る、という意味らしかった。
いつの間にか、空が曇天になっていた。
地を焼き焦がさんとする雷が、怒涛のように辺りいっぱいに降り注ぐ。
ゴロゴロゴロッ!ゴロゴロッ!ピシャーン!!
音がうるさいが、爆発魔法ほどではない。鼓膜は無事だ。
だがゴブリンたちは無事ではない。雷に打たれた彼らは、比喩ではなく、消し炭になった。
「彼女はウェザー。天気を操る魔法使いで、俺のクランメンバーだ」
マスターさんが簡潔に説明してくれる。
このゲーム、安直に名前を付けるプレイヤーが多いな。人のことは言えないが。
ゴロゴロッ!!ピシャ!ゴロゴロゴロッ!ピシャーン!!
それにしても長い。生きてるゴブリンなんてもういないだろう。
「彼女のスキルには欠点のようなものがある」
ゴロゴロゴロッ!!!ゴロゴロッ!ピシャ!ピシャーン!!
「それは、指定した天候が落ち着くまで時間を要するということだ」
「なるほど……」
ゴロゴロゴロッ!ピシャーン!!
最後に大きな稲光を放って、天気は落ち着いたか?依然として黒い雲が空を覆っているためよくわからない。
「まあこれでハイゴブリンも倒せただろうから、引き揚げるぞ」
マスターさんの一言で、さっきまで戦っていた人たちがゾロゾロと退き始める。
よくわからないが、今日の戦闘は終わりらしい。
撤退にあたり何も準備することはないので、このままマスターさんと一緒に【英雄の戦禍】のクランハウスに戻ることにする。
帰る道すがら、マスターさんにゴブリンについて教えてもらう。
どうやら、ゴブリンには上位種がいて、ホブゴブリンが1つ上、ハイゴブリンが2つ上の種らしい。
また、ソードマンやウォリアーのように、扱う武器や戦い方によってゴブリン・○○やハイゴブリン・○○というような名前がつくとのこと。
「生きていたか、トーマ!少しは貧弱な心を正せたか?……って、『英雄』殿!失礼致しました!馬鹿が迷惑を掛けました!」
俺に向かって失礼なことを言いながらこちらに来たが、隣にいるのがマスターさんと分かると、途端に態度が変わるアカネ。
どうでもいいが、彼女は普通の人に対しては『○○殿』と呼ぶ。俺は異常な人なので、『貴様』と言われている。
「アカネか。久しぶりだな。もしかしてトーマと一緒に来たのか?」
「そうですっ!こいつのだらしない性根を叩き直しに来たんです!」
「そうか。ならもう、充分だと思うぞ」
「え?」
思わず素っ頓狂な声を上げるアカネ。
「以前のトーマを知らないが、今のトーマは覚悟を決めた戦士だ。戦い方にもセンスがある。観察眼と近い未来を読む能力に長けている」
「そうですか?」
「ああ、そうだ。これをもっと伸ばせば、一人でホブゴブリンを狩れるくらいになるだろう」
「ありがとうございます」
『英雄』に褒められるなんて、率直に言って嬉しい。
「そ、そうなのか。トーマ!成長したんだな」
お前は俺の何なんだ。でも、喜んでくれるのは嬉しい。
「粗方焼き払ったから、今日はもうやってこないだろう。明日以降加勢しに来てくれるかは任せる」
彼自身は戦闘狂だが、周囲の人に戦闘を強いることはしないようだ。本当によくできた人だな。
「まあ、なんだ、その、悪かったな、トーマ」
「え?なんだ急に」
ちょっと怖いぞ。
「今までひどい仕打ちをしてきて悪かったと言っている!」
「そんなことか。別に気にしてないから大丈夫だ」
「そ、そうか?」
「そうだ。戦闘の中でコツを掴んだから、むしろ今日連れてきてもらって良かったとも思ってる」
と言ってフォローしておく。
気が強いのもアカネの持ち味といえるからな。元気を出してもらわなければならない。
「それは……良かった」
顔を赤くして恥ずかしがるアカネ。
「でも、今回は死ななくて良かった。何度か危ない場面はあったが……」
これがいわゆる、死亡フラグというやつだったのかもしれない。
ゴロゴロゴロッ!ピシャーン!!
俺は未だぐずつく空から放たれた雷により、一瞬で死んだ。
天候魔法、恐るべし。
さらば現世!
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