第十二話
【第十二話】
ついに正式リリースから一か月以上が経ち、『第三陣』と呼ばれる新人プレイヤーたちが登場した。
彼らは約1万人。運営曰く、一気にプレイヤー数を増やすとサーバーがパンクする危険があるから、第二回製品版(第三陣)以降は1万人ずつプレイヤーの数を増やしていくらしい。
ということで現在、『始まりの街』にはおびただしい数のプレイヤーが集まっている。
『スキルジェム強盗事件』の責任を取らされた俺は、被害者のクランたちへ新人を勧誘することを罰として命じられた。
特にノルマは言われなかった。ただ時間を無為に使えと言わんばかりの所業に、涙がこぼれそうになる(嘘)。
なお、アルファベットの名前を持つプレイヤーを探すため、Zさんとシークさんも一緒だ。
シークさんのスキル【鑑定】は、プレイヤーを対象に選択すると、そのプレイヤーの名前とインベントリの中身が見える。
新人勧誘の際は、名前を一人ずつ確認してZさんに協力している。
また、インベントリの中身の確認は、『スキルジェム強盗事件』の犯人の持ち物を検査するのに使われた。
一方で、杖で対象を選択する必要があるので、ひっきりなしに杖を振り回す男、という奇妙な光景が出来上がるという欠点(?)がある。
「クランに興味ありませんか~?クランハウスを拠点にできて仲間たちと攻略が楽しめますよ~」
俺はというと、めんどくさいので虚空に向かって声をかけている。ああ早く終わりたい。
「………」
「………」
シークさんはスキルを使うのに忙しい。Zさんは固唾を呑んでその様子を見るのに忙しい。なので二人とも無言だ。
「クランお一ついかがですか~?今なら低反発枕も着いてきてお買い得ですよ~」
「……いたぞっ!Lだ!」
「よしきた!どのプレイヤーだ!?」
「あそこの杖を持った男だ」
「分かった!ちょっと行ってくる!」
Zさんとシークさんはβテストからのよしみで、仲がいいんだとか。
シークさんがZさんの勧誘に協力する代わりに、Zさんはシークさんの検証に付き合う、という利害関係が構築されているだけ、ともいえるが。
「ちょっとごめん。いいかな」
「……はい、なんでしょう?」
不審者のように、Lと呼ばれるプレイヤーに話しかけるZさん。
「君、もしかしてソロ?もしよかったら、俺のクランに入らないか?」
「えっ?どうして急に…?」
当然の反応である。
「ちょっと君の名前が見えたからな。Lっていうんだな。良い名前だな」
「え?名前って見れるんですか?」
「初期設定ではそういう風になってるんだ。後で直し方を教えてあげよう」
怖え!話し方が気持ち悪くなってる!
もちろんそんな初期設定はない。Zのでまかせだ。
「俺はZっていうんだ。クラン【アルファベット】のマスターをしてる、元βテスターだ」
ここで『βテスター』という言葉をちらつかせる。ちょっとでも情報を仕入れているプレイヤーなら、その言葉の重みを理解している。
即ち、強者。
『βテスター』という肩書き一つで、目の前のZとかいうプレイヤーへの評価が、ただの不審者から、実力の確かな不審者という評価に変わる。
「そうなんですね!あのβテスター……」
ほーら釣れた。まんまと引っかかった。ZがLに見えないように、黒い笑みを浮かべている。
「少し急だったかな。別に今すぐにとは言わない。ゆっくり考えてくれ。返事はいつまでも待ってるからさ」
あえてエサを引っ込める。もう食いつきたくて堪らないだろうからな。
「いえ、決めました!ソロなので、今すぐお返事できます!……初心者ですが、僕をZさんのクランに入れてください!」
「えっ、良いのかい?嬉しいなあ。それじゃああっちに移動して手続きを済ませようか」
「はい!」
これはひどい。悪質な客引きを見てる気分だ。
Zは【アルファベット】の新メンバー、Lを連れてきてこちらにやって来る。
「紹介するよ、クラン【検証組】のマスター、シークと無所属のトーマだ」
「こんにちは!Lって言います。仲良くしてください」
「よろしく」
「よろしく頼む」
無所属って言い方が気になるが、まあいい。
「何か困ったことがあったら何でも言ってくれ。俺は第二陣だが、ある程度こっちの情報については詳しい」
「はい、ありがとうございます!」
せめて俺だけでも彼に優しくしよう。
「といっても、シークさんには劣るけどな」
「俺はそこまで情報の流れは持ってないぞ。仕様とか数値は把握しているが、噂や情勢なんかは全然わからない。まあ仕様で聞きたいことがあれば連絡してくれ。検証のネタが思いついたらでもいい」
【検証組】は最も力のあるクランの一つだ。あらゆる事柄を検証するのが存在意義であるこのクランは、『検証』の名のもとにありとあらゆることを行っている。
当然、非人道的なこともだ。以前紹介した事件たちは氷山の一角。口に出すのも恐ろしい事案が他にも沢山ある。
そして、【繁栄の礎】を生み出したのはシークさんであると言っても過言ではない。というか、その通りだろう。
「はい、わかりました!トーマさんに、シークさんですね!」
ああ、この純粋無垢な少年は何色に染まるのだろうか。
とりあえず、Lとフレンドになった。
シークさんが過労死することを避けるため、切りのいいところで今日は解散、ということになった。
よし、もう俺も帰っていいだろう。
テレポートクリスタルに向かおうとすると、
「待て、まだ勤めがあるだろう?」
俺を監視していたであろう女性プレイヤーが、待ったを繰り出す。
「もう、勘弁してくれ!」
「ええい、この程度で値を上げるとは不届き千万!切り捨て御免!!」
女性プレイヤーは、脈絡がありそうで破綻している論理を展開し、居合切りで俺の胴を分断した。
何故、何故死ななければならぬ……!
今日も今日とて、別に死ななくてもいい場面でデスする俺なのだった。
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