第八話

【第八話】


 ユルルンの街でリスポーンし、急いで戦場に戻ってくると、状況は大きく変わっていた。


 二体いたゴーレムは影も形もなく、代わりにガイアみたいに岩を纏っている『悪魔』がKと相対している。


 Yが時折突進攻撃で『悪魔』の足の岩を破壊し、そこにZさんがナイフを投げ、Iが弓を射る。


 しかし、Zさんのナイフを投げる速度が尋常じゃない。というか、手から離れたと思ったら『悪魔』に突き刺さっているという感じだ。彼のスキルの影響だろう。


「戻った。状況はどんな感じだ」


 手持ち無沙汰にしているハッパに戦況を尋ねる。


「えーっと。トーマが飛んでった後だよね。あの後は、ウチがとりあえずゴーレム爆破して、そしたら『悪魔』が岩を纏い始めて、今に至るってわけ」


「ハッパは過労死寸前か?」


「そ。意外とゴーレム硬くてね。結構魔法使っちゃった」


 ハッパの【爆発魔法】は消費する魔力(パラメータとして可視化できないので皆こう呼んでいる)が大きい。また、本人も威力を調節しようとせずにぶっぱなしまくるので、すぐガス欠になるのだ。


 魔力が完全にゼロになると、何の前触れもなく死亡する、通称『過労死』が訪れる。そのため、ハッパは何もせずじっとしているのだ。


 彼女の状態が分かったところで話を変えるが、ガイアに【大地参照】のことをちょっと聞いたことがある。彼女によると、岩を纏う魔法は常時発動し続けるタイプのものらしい。


 つまり、岩を纏っているときはゴーレムを出したり大地を隆起させたりといった魔法は使えないのだ。


 最も、それが『悪魔』に対しても同様であるとは限らない。


 ヘイトを買っていたKと肉弾戦をしていた『悪魔』だったが、こちらに向けて右手をかざしてきた。


 まずいっ。


 俺はハッパを抱えて右に大きく回避する。『悪魔』の手の直線上から逃れる形だ。


 Iは反対側、左に転がってよけた。だが、Zさんがナイフを投げた直後を狙っていたようで、彼は隆起した大地に串刺しになった。


「Zさんっ!」


 その名を呼ぶがもちろん返事は来ない。即死である。


「I、トーマ、ハッパさん。僕がヘイトを稼いでもやつは狙ってくる。警戒しておいてくれ」


 マスターであるZを失ったにも関わらず、冷静に指示を出すK。優秀だ。


『それにしても、膠着状態とはまさにこのことだな』


 俺を死に追いやったド畜生が何か言っているが、その通りだ。


 ド畜生やKが岩の装甲を剥がしても、すぐさま地面からおかわりをくっつけてくる。


 ただ、岩を纏っているせいで向こうの攻撃は遅く、よけるのが簡単だ。


 危険なのは、さっきの奇襲ぐらいだ。


「I!スキルは試してみたか?」


 隆起した地面の向こう側にいるIに訊いてみる。


「もちろん試したけど、効かなかったわ!」


 Iのスキルは【キューピッドアロー】。射止めた相手を洗脳し、配下にする使役系のスキルだ。


 人間には無効という厳しい制約があるが、魔物には絶大な効果を発揮する。


 ただ、『悪魔』には効かないようだ。魔法も複数種類を同時に発動できるみたいだし、今までの常識がまるで通用しない。


『とにかく、後衛狙いの魔法を撃たせないように、俺たちでけん制するぞ』


 ド畜生がそう言って足に突進しようとした瞬間、『悪魔』が岩の鎧を解除した。


『なにっ!?』


 多くの岩がド畜生に降り注ぐ。大きな砂煙と共に姿が見えなくなる。


「Yさん!大丈夫ですか!?」


 Kは後ろに下がって回避したみたいだ。Yの安否を確かめようと大声を上げる。


「K、来るぞ!」


 そんなことをしたら、『悪魔』に自分の居場所を知らせているようなものだ。


 砂煙の中から黒い身体がニュッと現れ、腕をKの方へ向ける。


 Kの目の前の土がせり上がり、一瞬で波のようにさざめいて、彼を飲み込んだ。


 なんてこった。Kもやられた。


『はあ、はあ、ふざけやがって……』


 砂煙が晴れた。ド畜生は生きていたようだ。


「ド畜生!!そこから離れろ!」


『あ!?今なん……』


 ド畜生を視界に収めた『悪魔』はそちらに手をかざす。


 Kと同じように、ド畜生も土に飲み込まれた。


 これで残りは俺とハッパとIの三人だ。


 どうする。ここは退くか?


「いったん撤退するか?正直、有効打がない」


「トーマ!ウチを忘れてもらっちゃあ困るよ!」


 ハッパが名乗りを上げる。でも……。


「魔力は多分もたない。ウチの屍は頼んだよ!」


「ハッパ……」


「ハッパ、やめてよ。私ハッパが過労死するところ見たくない!」


 隆起した地面の向こうから、Iが大声を上げる。この短い間でずいぶん仲良くなったんだな。


「I、心配かけてゴメン。必ず、倒すからね」


 ゆっくりと歩いてきた『悪魔』が隆起した地面を元に戻した。3人まとめて倒そうという魂胆だろう。


「いくよ、『悪魔』!」


 ハッパが杖を構える。危険を察知し、爆発から身を守るように再度岩の鎧を纏う『悪魔』。


「くらえええいっ!【爆発魔法】!」


バアアアアアアアッ


 『悪魔』の目の前の地面を爆発地点とする、バカでかい爆発が起きた。


 今回はタイミングが分かったので、目をつぶり耳を塞ぐ。


 すぐに目を開けると、大きな煙が前方に立ち上っている。


「ハッパ、よくやったよ」


 俺の傍らでは、ハッパが安らかな顔をして眠っていた。もう二度と起き上がることはない。


 ハッパは『過労死』した。


 追悼の意を捧げた後、Iの方を見る。


 あっ。


 どうやら、ハッパはIに重要なことを伝え忘れていたようだ。


「何、真っ暗なんだけど。悪魔は倒したの?何とか言ってよ、トーマ?」


 彼女は失明し、鼓膜が破れてしまったようだ。


 Iも戦闘不能だ。


 Zさんが戻ってくるまで、まだ時間がかかる。どうする。Iを見捨てて逃げるか?


 煙が晴れた。


 未だ、『悪魔』は生きていた。だが、だいぶ消耗しているみたいだ。岩の鎧は完全に破壊され、左腕は複雑に折れ曲がり、片足を引き摺っている。


 俺でも倒せるか?いやしかし、やつはまだ魔法が使えるだろう。近接戦が素人同然の俺では難しい。


 とりあえず前に進み、Iにヘイトが向かないようにする。


 短剣を構え直す俺。


 『悪魔』が右手を向ける。


 瞬時に右に転がってよける。俺の左腕を絡め取るようにして土の波が通り過ぎる。


 痛覚は感じないので別に痛くはないが、今の一撃だけで左腕の肘から先がなくなった。 


 く、化け物が。


 スキルが戦闘用ではない、運動神経もそれほど良くない一般人がこんな奴に勝てるか!


 心の中で悪態をつきながら、何かが起きるのを待つ。


 俺にできるのは時間稼ぎだけだ。死に戻りしたZさんが戻ってくるまで、Iを死なせないようにしつつ戦い続ける。


 彼がいれば、この状態の『悪魔』を倒せるだろう。


 そんなことを考えていると、『悪魔』がもう一度、右手をこちらに向けてくる。


 分からねえ!『串刺し』か『波』か!


 これ以上横によけ続けても『悪魔』との距離は縮まらない!


 一か八か。前に転がってよける。


「うおっ!」


 幸運にも、『悪魔』が繰り出したのは串刺し攻撃だった。


 隆起する地面に巻き込まれ、前にゴロゴロと転がってしまう。


 起き上がると、悪魔との距離はだいぶ詰められていた。


 これ以上時間は稼げない!玉砕覚悟で突っ込む!


「うおおおおっ!」


 俺はナイフを突き立てたまま突進する。不格好極まりないが、俺しか無事なやつがいないので、誰にも見られてない。


 もう一度、右手を掲げる『悪魔』。トドメの魔法が繰り出されようかというとき……、


 突然地面から手が生え、悪魔の足首を掴んだ。


 バランスを崩した『悪魔』の魔法は、対象を選択できなかったので不発に終わった。


 何かよく分からないが、今『悪魔』が立っている場所は、丁度Kが土に飲み込まれたところだ。


 彼が何らかの手段で蘇生し、『悪魔』を妨害してくれたのだろう。


 ありがとう、K!これでトドメの一撃をぶつけられる!


 俺のダサい突進攻撃によって胸を突き刺された『悪魔』は、完全に息の根を止めるのだった。

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