第六章 告白
第41話 お仕置きの報告
クラウスがアードレー家に凱旋し、ルイーゼに報告を行った。
「以上が報告官の記録です」
クラウスがアルバート失禁の様子を読み上げた。
ルイーゼは感情が抜け落ちた顔をしていた。
「何てつまらない男かしら。結局のところ、立場の弱い者をいたぶることしか出来ない男なのよね。それでクラウス。股の間に剣を振り下ろしたそうだけど、ちょっと股にかすったりはしなかったの?」
「も、申し訳ございません。かすりませんでした」
クラウスは痛恨の面持ちだった。
「姉さま、クラウス様は真っ直ぐなお方。それに姉さまから頂いた大切な剣をあんな男の汚いもので汚すわけには行きませんよ」
「それもそうね。いったんはこれで様子見しましょう。クラウス、電光石火の早技で、味方の兵の死者もいないと報告を受けています。私の期待に十分に応えてくれて、私はとても満足しています」
「ありがたき幸せ」
クラウスはルイーゼの役に立てたという歓喜に全身を震わせた。
「兵と共にあなたも十分に休養を取るようにね」
「ありがとうございます」
クラウスが部屋から出たのを確認してから、ルイーゼはアンリの方に向き直った。
「アンリ、私、リンクさんに告白するわよ。リンクさんは今、どういう状況なの?」
アンリはおっという顔をした。
「王家軍は離散しましたので、戦争は終結しています。戦後処理をしてから、帰ってくるとのことです。一両日中には、姉さまに報告に来るはずです」
「そう、ではお帰りになられたら、すぐに会いに来てくださるようお願いしてね。アンリ、あなたも同席して、私を応援してね」
「はい、姉さま」
未来から来て、もうすぐニ年になるが、驚くほど順調に行っている。組織の試算では王都への侵攻は十年後だった。ルイーゼの命日までにアルバートを殺せるかどうか微妙だったのだ。
やはりアードレー家が味方についたのは大きい。当初の計画ではアードレー家も倒すべき敵だったのだ。アードレー家があっさりと皇太子を敵に回したのは、嬉しい大誤算だった。
今のルイーゼにとっては、アルバートには刺繍のハンカチの恨みしかないため、お仕置きをこの程度で済ませるのは仕方ないが、アンリとリンクの恨みはこんなものでは済まされない。必ず命で償ってもらう。また、そうしないと、ルイーゼが命日に死んでしまう。
アルバートは殺せるときに殺しておくべきだ。
「姉さま、クラウス様に私からも労いの言葉をかけて来てもよろしいでしょうか」
ルイーゼはにっこりと微笑んだ。
「もちろんいいわよ。行ってらっしゃい」
未来人が過去の人間を直接殺すことは、神との契約で禁止されている。そのため、アルバートはこの時代の人間に殺してもらう必要がある。
アンリはクラウスの部屋のドアの前に立ち、声をかけた。
「クラウス様」
すぐにドアが開いた。
「おお、アンリ殿か。どうなされた?」
「内密のお話がございます。中に入ってもよろしいでしょうか」
「ああ、構わない」
部屋の中はメイドが毎日清掃しているわりには、散らかっていた。アンリは片付けたくなって来たが、我慢して本題を切り出した。
「騎士の件の恩を返してもらいに来ました」
「おお、感謝しているぞ。出来ることは何でもするぞ」
「アルバート王を殺して下さい」
アンリの言葉にクラウスは目を見開いたが、アンリの目が真剣だと分かると、理由を聞いて来た。
「理由を聞いてもよいか?」
「アルバート王はルイーゼ様にとって禍いです。殺せるときに殺しておくべきだというのが私の考えです。リンクも同じです」
「ベンツの所属しているという組織に君もリンク殿も所属していると聞いている。その考えは組織の考えか?」
「組織というよりも『逃がし屋』の依頼主の考えです。そして、私個人の考えでもあります」
「ルイーゼ様はそこまでしろとは仰っておられない」
「ルイーゼ様はアルバートの残忍な性癖をご存知ないからです。今回の件で、アルバートはルイーゼ様に恨みを持ったはずです。万一、ルイーゼ様とアルバートの力関係が逆転することがあった場合、アルバートは残忍な方法でルイーゼ様を害するでしょう」
クラウスは深刻な表情で考えた後、口を開いた。
「なるほど。一理あるな。ルイーゼ様の命令だと偽るのではなく、アンリ殿への恩を返すという形での依頼なのだな」
「はい、尊敬するルイーゼ様の命を偽ることなど私には出来ません。もしも、私の依頼を受けて下さって、アルバートを殺害したあと、ルイーゼ様からお咎めが来た場合には、私から頼まれたと正直に釈明してください」
「ふふふ、年若い娘が覚悟を決めて私に頼ってきたことを軽々しく話せるものか。私の一存でやる。アードレー家が関わっているとは分からぬように、秘密裏に進める。安心して待っていてくれ」
クラウスの言葉の「娘」は世間一般の若い女性という意味で使ったのだろうが、アンリにはクラウスの娘と言ってくれたような気がした。
「ありがとうございます」
アンリは深々と頭を下げた。
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