第三章 起業

第15話 酒場経営

公爵令嬢とバレてから、従業員の人たちからやはり遠慮されてしまうようになってしまった。客も何だかよそよそしい。無理もないと思う。アンリやリンクさんまで腫れ物を触るような扱いを周囲から受けるようになってしまい、三人とも酒場を辞めることにした。


「ルイーゼさん、次はどうしますか? 別の町の酒場を用意することも出来ますが」


リンクに聞かれて、ルイーゼは心の中で温めていた計画を打ち明けた。


「リンクさん、私が酒場の経営を始めたら、料理長になって頂けますか? アンリは帳簿など会計を任せたいのだけれど」


「ええ、もちろん構いませんが、資金はどうされるおつもりですか?」


「アードレー家の名前を使おうと思います。ダメですか?」


「ルイーゼさん、ダメなんてことはないです。縁故も生まれも美貌も、そして、私とアンリも、ルイーゼさんが持っているものを全部使って闘えばよいです。人生ってそういうものだと私は思います」


まだ、給仕係を始めて二週間だが、酒場の大まかな業務の流れは分かったし、自分ならこういう酒場を作りたいというぼんやりとしたイメージはある。思い切って酒場の経営を始めることにした。


当然、考えの甘いところはあるとは思うが、躊躇する時間が惜しい。行動を起こす前に起きるかどうかも分からないことを心配するよりも、とにかく動き出して、失敗したら、そこから学んで行けばいいと思った。


「それで、どこで酒場を開くおつもりでしょうか」


「王都です」


***


「ルイーゼの酒場」一号店の開店準備はルイーゼ、リンク、アンリの三人が中心となって進めたが、アードレー家が全面的にバックアップしている。


ルイーゼがアードレー家令嬢の肩書きで、王都の銀行に開店資金の融資の相談に行ったことが、ロバートの知るところとなり、アードレー家が資金も人材も用意する、とロバートが申し出て来たのである。


「リンクさん、父の支援を受けてしまっていいのでしょうか?」


「もちろんです。先日お話ししたとおり、ルイーゼさんが持っているものは全部使って下さい。ただ、支援は金額に換算し、必ず返すようにして下さい」


「姉さまは何かにつけて、リンクに相談しますね。ひょっとして……」


「ひょっとして何よっ」


「いえ、何でもないです」


ルイーゼはロバートの申し出を受けることにした。ロバートが飛び上がって喜んだことは言うまでも無い。そして、ルイーゼたちは王都の宿に泊まっていたが、住居も提供すると言って来た。


「何だか公爵令嬢の気まぐれなお遊びみたいになっちゃってませんか?」


「遊びというのは、収支が赤のものをいいます。収支が黒であれば、どんな姿勢で取り組んでいても、それはビジネスです。何もわざわざ苦労することはないですよ。優雅に真剣に取り組めばいいと思いますよ」


「はい、リンクさん!」


アードレー家の屋敷の離れにルイーゼ、アンリ、リンクの部屋が用意され、ルイーゼはここで事業計画を練り、各種指示出しを行った。


お遊びにならないように、そして、借りを作らないように、アードレー家から提供を受けている住居を含めた生活費、人件費、資金の利息などもアンリに計算してもらい、メニューの単価に反映し、早期の黒字化を目指すようにした。


酒場の準備作業のなかで、メニューをリンクと一緒に考えるときが、ルイーゼにとって一番楽しかった。アードレー家の厨房を借りて、リンクと一緒に料理を作り、試食する。楽しくて楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまう。


ルイーゼはリンクに対して芽生え始めている自分の気持ちに気づいていたが、リンクは客として自分に接しているだけだ。リンクを好きにならないように、ルイーゼは自分の気持ちを一生懸命抑えるのだった。

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