第四十七話
[第四十七話]
買い出しから帰ってきた。
時刻は十七時半。夕飯にはまだ早いな。
気は進まないが、他にやることもない。[AnotherWorld]にログインするか。
懸念点をこのまま先送りにしても、ひとりでに解決することはないのだから。
「今度大事になったら、ちゃんと謝ろう…」
ええい、ままよ!
『チェリーギア』を装着して白い仮想空間に飛び込んだ俺は、意を決して[AnotherWorld]の世界にダイブした。
するとそこには…!
至るところが焼け焦げ、廃都となった王都ガルアリンデの姿が…。
なかった。
「ん?」
いたって普通の街並み。
いつも通りの中央広場の光景が、そこにはあった。
「あれ?」
俺は狐につままれたような気持ちに陥る。
あの~、騎士団と魔物との大戦争っていうのは…。
「あ、すいません」
不思議に思った俺は、広場を歩く適当な人を一人捕まえて、図書館の件はどうなったのか訊いてみる。
「お時間があれば、昨日の図書館の騒ぎについて教えて頂けますか?」
「あー、きみも騙されてたクチ?魔物なんていないいない!」
「え、そうなんですか?」
目立たない服装をした市民の一人と思われるNPCは、めちゃくちゃフランクな口調で答えてくれた。
”知識の悪魔”がいない?
もしかして、危険を察知して逃げ出したのだろうか。
「でも地下室の話は本当だったみたいで、禁書と呼ばれる本が多数収められていたんだと。その件に関して、今頃ゲラルトさんが騎士団に聴取を受けてるよ」
「それは災難だ。その司書の方は禁書をひそかにコレクションしていたんでしょうかね?」
噂の発端は俺なんだが、下手な面倒があると困るので、初めて知ったかのように白を切っておく。
ちなみに、禁書というのはご想像の通りの代物だ。[AnotherWorld]の世界で禁忌とされている、魔法や儀式を記録した書物全般を指す言葉となっている。
そうして禁書はもちろん、新たに作ることも所持することも禁止されている。
「そこまでは分かんないなあ。ただ、富豪とか学者とかの間では珍しい話ではないし、そうかもしれないな」
「なるほど。ありがとうございました」
「あいよ、参考になったらよかったぜ」
端的にお礼を言って、人当たりの良い男の人と別れた。
NPCの性格は人によって異なる。中には魔法使いギルドのローレンツさんみたいなぶっきらぼうな人もいるので、いきなり話しかけたにしては幸運な人選だった。
「……」
人混みの中に消えた彼の背中を見ながら、俺は往来のど真ん中に立ち止まって思考を巡らせる。
もし、王立図書館の地下室に秘密の抜け穴のようなものがあって、”知識の悪魔”がそこから抜け出せたとする。
となると、その際、まだ読んでいない本を持ち出しているのではないだろうか?
「……」
もしそうだとするなら、その後、悪魔はどのような行動に移るだろうか。
やつは人語を介し、本を読んでいた。
しかも、”知識の悪魔”と自称するくらいだ。
見た目は完全な魔物だったが、どんな人間よりも知識を欲しているのでは?
「……」
そうと決まれば、やつがとる行動は一つ。
人目につかない、どこか安全な場所で本を読んでいる。
そして、その場所は王都の中のどこかだ。
ゲラルトさんの件で市内の警備、巡回が強化されているが、東西南北にある門には四門防衛隊がいてフィールドへ出ることは難しいだろうからな。
「……」
であるならば、俺がやることは一つ。
やつの居場所を見つけ出し、俺に有利な交渉を持ちかける。
安全な場所を提供する代わりに、知識をよこせ、って具合でな。
「…よし」
そうと決まれば、やつを捜索しよう。
というか、もうあそこなんじゃないかという心当たりがある。
考えをまとめた俺は、街の南西部へと足を進めるのだった。
※※※
「邪魔するぞ」
「……!」
”秘密の工房”のドアを開けると案の定、”知識の悪魔”がいた。
絡ませた触手の上に目玉を置き、テーブル上で胡坐(?)を掻いて本を読んでいたやつは、俺のドアを開ける音で素早く臨戦態勢を取る。
「…やはりお前の工房だったか。殺し損ねたお前の魔力の残滓がべっとりだったからな」
「残滓?」
「お前が知らなくてもいいことだ、どうせここで死ぬのだから。『サンダー・…」
「いいのか?」
また雷魔法を打とうとしたので、俺は急いで割り込む。
それにしても二言目には魔法をぶっ放してくるとは、こいつに良識はないのだろうか。
「いいのか?今度はここに”知識の悪魔”がいます、って吹聴して周っても?」
「…やはり、昨夜の騒ぎはお前が原因だったか」
俺の言いたいことを察して、悪魔は魔法を中断した。
「ゲラルトが裏切るとは到底思えなかった。やつには相応の対価をくれてやっていたのだからな」
「それだよ!」
重要なワードを喋ってくれたので、つい大声が出てしまった。
「なんだ。急に大きな声を出すな、騒々しい」
「対価だよ!俺がしたいのは契約だ」
「なにを寝ぼけたことを!」
「俺がお前の居場所をこれ以上ばらさない代わりに、お前の持っている情報を俺に寄越す。これでどうだ?」
「忌々しいやつめ、この私と契約をするだと!?しかも、お前優位の契約じゃないか!」
率直に契約したいという旨を伝えると、目玉と触手の化け物は沸騰したやかんのように憤慨した。
復讐を果たした俺がなお悪魔を探していた理由は、この工房に潜伏している可能性があったことも関係しているが、一番は契約ができるのではと思ったからだ。
具体的にどういったことなのかは分からないが、悪魔と契約はセットみたいなもの。デメリットを背負う代わりに、なにかしらのメリットを得られるものだろうと推測できる。
「無論、断らせてもらう。潜伏先など、探せば他にもあるからな」
「分かった。じゃあ、騎士団に通報させてもらう」
しかし、にべもなく断られてしまったので、俺は後ろを振り向いてドアに右手をかけてアピールする。
悪魔にとって一分の利益もない契約内容だが、本を読める静かな空間と平穏を望むこいつならばきっと乗ってくる。
いや、乗らざるを得ないはずだ。
「やめろ!…分かった。分かったから、これ以上私から安寧の地を奪おうとするな」
少しすると思惑通り、本を読む手(触手)を止めた悪魔。
大きな目をギョロリとこちらに向けて、弁解し始めた。
「…お前の言う通り、契約をしてやろうじゃないか」
「話が早くて助かるよ、”知識の悪魔”さん」
これで契約成立だな。
理想の一言を引き出した俺は、ドアから手をパッと放す。
そして悪魔のような悪い笑みを浮かべたまま、やつの方へ振り返るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます