第四十六話
[第四十六話]
翌、四月十五日月曜日。時刻は朝の七時。
「ふぁああ…」
昨日は徹夜の疲れもあって、ログアウトした後、晩ご飯を食べずに寝てしまった。
あまり健康によくないから、気をつけないとな。
また、週に一度行くことに決めていた買い出しも、連日のゲームと徹夜のせいですっかり忘れていた。
今日は部活もバイトもないし、麓のショッピングモールまで足を伸ばして買いに行こうか。
「よし」
頭の中でそう考えながら、俺はタブレットをトートバッグの中に詰め込むのだった。
※※※
遅刻せずに高校へ通い、授業も滞りなく終わって、今はお昼休み。
俺と昇、彰、静の四人はいつものごとく、食堂でお昼ご飯を食べていた。
「しかし、トールの大声には驚かされましたわ。しかも、あの後すぐにログアウトしちゃいますし」
「ごめんごめん、徹夜で眠かったんだ。あれが活動限界でな」
「それについては僕にも責任があるから謝らせてもらうけど、大声ってなんのこと?」
昨夜、急に呼び出して急に解散したことについて静と話していると、彰から突っ込みが入った。
「『二重の演説』ですわ。噴水広場で私たちと話しながら、広場にいた人たちに大きな声でメッセージを伝えていたんです。『王立図書館に魔界代の魔物が匿われている』って」
「ちょっと待てよ。まかいだいってなんだ?」
スプーンを口に持っていきながら、昇が当たり前の質問をする。
情報収集せずに戦闘に明け暮れていそうな彼にとっては初めて聞く単語だろうし、当然の反応だ。
「なんでも、古代よりも前の時代のことらしいですわ。図書館にある書籍にもその存在が記されていない、いわばむかしむかしのそのまたむかし、でしょうか」
「へー。本なんて読まないから、王立図書館なんて場所も分からなかったぜ」
「僕からもいい?魔物が匿われているってどういうこと?」
「ああ、それは俺から説明させてもらう」
「頼むよ」
「俺が情報収集しようと図書館に行ったら、司書のゲラルトって人に地下に案内されてな。その地下に、なんと魔界代から生きていると思われる”知識の悪魔”と呼ばれる魔物がいたんだ。その魔物は本を読んでいて、なんかよく分からない質問をしてきたから、適当に答えたら殺された。俺も説明しててよく分かってないが、殺されたことに変わりはないから、復讐としてその悪魔の存在を暴露させてもらった」
「???…僕もよく呑み込めないけど、とりあえず理解はしたよ」
「?????」
これでもかなり端折って説明したが、彰も昇も頭の上に疑問符が浮かんでいる。
まあ、王都の図書館の地下に魔物がいるとか、出会い頭にやられたとか、存在を暴露したといきなり言われても、わけが分からないのは当たり前か。
「とにかく、今日の[AnotherWorld]は混沌としたものになることは確かですわね。下手したら王都内で戦争になっているかも、ですわ」
「ありえるね。街の中で魔物が飼われていることが公になったんだし」
「俺、今日ログインしようと思ってたけど、そんなにやばそうなのか?」
なんて思っていたら、静と彰が神妙な顔をし、昇はぽかんとする。
あれ?
深く考えずに吹聴してしまったが、そんなにやばそうなのか?
「うん、やばいよ。王国最強の王都防衛団と、魔界代から生きる幻の魔物との大戦争さ。無限に死に戻れる僕たちプレイヤーはともかく、王都にいるNPCたちの命はないも同然だろうね」
「下手したら、王都が消えるかもしれませんわね」
「まじかよ!やばすぎだな!」
まじかよ!やばすぎだな!
驚きすぎて、昇の語彙力が低下している。
あ、俺も同じか。
「俺、もしかしてとんでもないことしたか?」
不安になってきたので、俺は三人の顔を交互に眺めながら恐る恐る訊いてみる。
頼む、誰か『大丈夫』と言ってくれ!
「したよ!」
「しましたわ!」
「した…、らしいぞ!」
いつの間にかお昼ご飯を完食した三人から、異口同音で口撃を浴びる。
やっぱり駄目そうです。
俺はまた、シズクさんに土下座する羽目になってしまうのだろうか。
「ま、まあ大丈夫だろう。王国最強なんだろう、王都防衛団っていうのは。ははは…」
せめて最後の抵抗とばかりに、精一杯の虚勢を張って笑い飛ばす。
きっとこれもフラグだなと思いつつ、俺は天丼の残りを急いで掻きこむのだった。
※※※
「今日も何事もなかったな」
午後の授業もつつがなく終わり、とことこ歩いて寮の自室に帰ってきた。
どすんとトートバッグを机の上に置き、中身のものを出しながら時計をちらと見ると、時刻は十六時。
ちょうどいい時間だ。これから買い出しに行ってこようと思う。
「……」
俺は若干、気まずい感情を抱きつつトレーナーを羽織り、姿見で身だしなみを確認する。
決して、これは決して、俺が演説したせいでとんでもないことになっているであろう[AnotherWorld]から逃避しているわけじゃないからな。
昨日、一昨日と、買い物を忘れていただけだからな。
「……」
誰に対してのものか分からないが、そう言い訳しつつ、俺は財布だけを入れたエコバッグを持って部屋を出るのだった。
※※※
マイクロバスでショッピングモールへ向かい、広すぎるモール内を駆けずり回って買うべきものを買い終わったところはばっさりカットだ。特になにもなかったからな。
重要なのは、その後。
そろそろ新しい本を読もうかと、モールに来たついでにまんてん書店を覗いてみたところ…。
「ん、あの人は…」
なんと、新しくアルバイトを始めた要さんが店頭に立っていた。
清潔感のある真っ白なワイシャツを着た小柄な体に緑色のエプロンが包まっていて、とてもいい。
おっと、顔に出ないようにしないと。
「こんにちは。お買い物ですか!」
「ああ、買い出しにな」
「透さんって、自炊しているんですか?すごいです!」
表紙とあらすじで見繕った三冊を会計のテーブルに乗せると、要さんがキラキラした目で言う。
それを見た俺はただ、(かわいい)と心の中で思う。
守りたいこの笑顔。
「体には悪いと思ってるんですが、私なんてほとんどカップ麺で…。ああごめんなさい、お忙しいですよね」
「いや、暇だから大丈夫。…バイト頑張って」
「はい、ありがとうございます!」
あんまり話し込むと、どこからともなく悪魔がやってきて叱られてしまうのでこれくらいにしておく。
”知識の悪魔”より恐ろしい人だよ、紅絹先輩は。
やんわりと会話を切って(かわいい)栄養分を補給し、新しい本を数冊買った俺は、ご機嫌でまんてん書店を後にしたのだった。
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