第四十四話

[第四十四話]


「ね、眠い…」


 俺はそう言うと、”秘密の工房”の中央にあるテーブルに上半身を預けた。


 日付は変わり、今は四月十四日日曜日の六時。


 完全に徹夜してしまった。


 それも、ゲーム内で。


 なにをしながらでも一睡もしないのは翌日がきついが、流石に不健康すぎるな。


「よくやってくれた、トール!これで僕たちの未来も安泰だよ!」


 つきっきりで俺のことを監視していた、フクキチが喜びの声を上げる。


 なんだかんだで彼も、一夜を寝ずに過ごした。


 ポーションを作る作業をひたすら反復していた俺とは違い、ほとんどメニュー画面を開いてなにかをしていたな。


 俺の進捗具合を見て関係各所に連絡を取っていたのか、タメルを数えるのに忙しかったんだろう。


「とりあえず寝かせてくれ。今日もバイトなんだ…」


「ありがとう、本当にありがとう!後は僕に任せて、ぐっすり寝ておいで」


「ああ…」


 言われなくてもそうするさ。


 俺はフクキチに心の中でそう返事をし、慣れた手つきで[AnotherWorld]をログアウトするのだった。



 ※※※



「ZZZ…。はっ」


 半分居眠りしながら、俺はレジを担当する。


「どうしたんですか?[AnotherWorld]、やりすぎちゃいましたか?」


「どうせそうよ、全くだらしない」


 新しくバイトに入ってくれた(天使)の要さんと、一年先輩の(悪魔)紅絹さんが話しかけてくれる。


 ちなみに、()の中はポーカーフェイスで思っていることだ。


 ナチュラルに思考を読まれるからな。デリケートな内容は何重にも鍵を掛けて考える必要がある。


「いえ、大丈夫です…」


 形は違えど、心配してかけてくれた言葉に俺は力なく答える。


 この二人と会話してるだけでも、少しは眠気が紛らわせそうだな。


 あの後ログアウトしてから四時間くらい寝たものの、疲れと眠気が取れず、まんてん書店でバイト中の今も舟を漕いでしまっている。


「もし耐えられないようでしたら、裏で寝てきたらどうですかあ?」


 要さんが(愛らしい声で)優しくしてくれてるが、お金をもらってる以上、さぼることはできない。


 それに、働き始めて間もない下っ端が睡眠不足でサボるなど言語道断だ。


「ありがとう、要さん。でもそれじゃあさぼることになるから、できるだけ頑張るさ」


「それが当たり前だけどね」


「そ、そうですよね」


 やっぱり、紅絹先輩は辛口だ。


「こういうときは体を動かすのがいいのよ、ほら!あっちの書棚を整理してきて!」


 さらに、(脅すような声で)紅絹先輩がどやしてくる。


 聞こえているので、声量を落としてくれませんか?頭がガンガンする。


「はい…」


 こうして、(天使と悪魔に翻弄されながら)俺はバイトを遂行するのであった。

 


 ※※※



「なんとか乗り切った…」


 眠すぎる以外はいつも通りだった本屋でのバイトが終わり、自宅に帰ってきて時刻は十八時半。


 過ごしやすい部屋着に着替えてベッドに座ると、いつの間にか眠気は吹っ飛んでいた。


 今はなぜか、食欲の方が勝っている。麓のショッピングモールから家までの岐路で頭が冴えたのかもしれない。


「中途半端にうとうとすると、タイミングを逃すんだよな…」


 睡眠欲と食欲は、満たされないまま放置するとどこかにいってしまうものだ。


 これも健康によくないが、授業やバイトなどの外せない用事がある場合は度々発生すると、俺は過去十数年の人生経験で学んでいる。


「それなら…」


 ということで、夕食の時間だ。


 俺はすっくと立ち上がり、キッチンが併設されたリビングへ向かう。


「今晩はこれだな」


 冷蔵庫を漁り、てきぱきと食材を用意していく。


 今日のご飯は、モールにあるスーパーで買ったサバの味噌煮。


 確か、この寮に越してくる前から食べていたものと同じブランドだったと思う。甘辛の味噌たれがサバによく絡んでいて、絶品だ。


「楽だ」


 用意した食器たちにぱっぱと料理を移し、食卓に並べる。


 一昔前からそうだが、総菜や店売りのおかずは手作りよりもおいしくなっている。


 学生の一人暮らしで百パーセントの自炊をすることは現実的ではないし、俺はこれからも、積極的に総菜や冷凍食品を使っていく所存だ。


「それでは…」


 箸も忘れずに置いてから席に着き、両手を合わせる。


 同じくスーパー産の漬物、ご飯、お味噌汁と一緒に、いただきます。



 ※※※



 時刻は十九時半。


 サバの骨が喉に引っかかることなく食事を終えた俺は、なぜか寝ずに[AnotherWorld]にログインしていた。


「工房にずっといたから、外の空気を吸いたい」


 フクキチのいない”秘密の工房”内で、そう言いながらメニュー画面を開いてステータスを確認する。


 すっかり説明をしていなかったが、苦痛とも言えるポーション作りのおかげで、今の俺のキャラクターレベルは30に上がっていた。


 また、職業レベルは『エンシェント・ゴースト・メカトニカ』を倒したことで25まで上がった。


 あと、体力と魔力は172、185だ。


「どうするか…?」


 野外調薬キッドの各器具を一つにまとめ、インベントリにしまう。


 さて、今日はなにをしようか。


 調薬はもう当分やりたくない。葉っぱを見ただけで拒絶反応が出る。


 戦闘もしたくない。ゴースト・メカトニカと戦ったせいでお腹いっぱいだ。


「……」


 顎に手を当てて考える。


 ならば、なにをするか。


 今の俺に必要なもの、それはすなわち…。


 情報収集だ。


「メカトニカと鉱山の歴史や、工房の仕様を知りたい」


 鉱山にあった、奥義を封じる古代の機械や赤紫の幽霊のことはしっかり調べないとな。


 加えて、工房のことも理解しておきたい。かなりの量のアイテムを収納できるボックスの他にも、便利な機能や設備があるかもしれない。


「それになにより…」


 ローズが新しく習得した奥義、[マカイコウタン]のことも気になる。


 メカトニカすら瞬殺した異形を召喚する、正体不明の能力は破格の強さだ。


 まあ、術者である彼女すら葬ってしまったわけだが。


「よし、いくか」


 幸い王都には、魔法使いギルドの隣に王立図書館がある。


 そこで必要な情報を得るとしよう。


 ここまで考えを整理した俺は、工房の扉を開けて外に出るのだった。



 ※※※



 マップを確認し、王都の北西部に向かう。


 『魔法使い通り』にたどり着くと、相変わらず不気味な雰囲気が辺りを包む。


 魔道具や特殊な能力が込められた装備など、タメルが溜まったらなにか買おうと思うが、あいにく現在は無一文だ。


 例の、ポーションの密売が上手くいくといいんだけどな。


「……」


 そんなことを考えながら、図書館の前に立ち、重そうな木の扉を開く。


 もちろん、内開きだった。


 中に入ると、右手には受付、左手には二階に通じる階段がある。


「こんばんは」


「こんばんは」


 受付からモノクルをつけ、ワイシャツにこげ茶のベストを着た、いかにも司書ですといった感じの男の人がページをめくる手を止めて挨拶してきたので、俺はオウム返しをする。


「自由に見て回ってもよろしいですか?」


「いいですよ。お帰りの際、なにか借りたいものがあったら伝えてください」


 司書のおじさんは手短にそう言うと、自分の作業に戻ってしまった。


 現実でもゲームでも、司書の人は不愛想なんだな。


「ありがとうございます」


 軽く礼を言い、その場を離れる。


 フロアの目立つ位置に立つ案内板によると、一階は王都の歴史に関する書籍が収められているようだ。


「えーと…」


 本棚の間に行き、興味のありそうな本を探す。


 うーん、アレのことが載っていそうな本はないなあ。


 どの本も遡っても古代の記述ばっかりで、魔界代についてはさっぱりだ。


 フランツさんは結局、ローズが[マカイコウタン]を使ってはいけない理由を教えてくれなかった。


 やっぱり魔界代は、[AnotherWorld]では話に出してはならないタブーな話題なのか?


「はあ…」


 ものを知らなすぎると、その判断もつかない。


 仕方がない。恥を忍んで受付の司書さんに聞くか。


 そう思った俺は、入口の方に引き返す。


「すみません」


「はい、なんでしょう」


「魔界代につい…、むぐっ!」


 聞こうと思ったのだが、文章にする前に司書さんによって口を塞がれた。


 やはり、ダメだったか?


「どこでその名を?」


 真剣な顔つきと冷たい声でおじさんが言う。


 同時に、口を押さえていた手が離される。


「北部騎士団長の、フランツさんです」


「あの人がむやみに喋るはずがない。なにか、『遺物』と出会ったか?」


 オフレコで済ませたい話と察した俺が極めて端的に返すと、おじさんは意味深な質問をしてくる。


 遺物?


 また意味の分からない単語が出てきた。


「はい」


 心当たりがありすぎるので、とりあえずイエスと返す。


 『遺物』というのは多分、メカトニカか幽霊のことだろう。


 ただ、メカトニカは坑道に行けば簡単に会えるので、こんなに殺気立つ必要はない。


 であるならば、幽霊のことを指しているのか?


「ふむ、そうか」


 ここでなにやら、考え込む素振りを見せるおじさん。


「レベルが高そうだし、いいか?いや、この子から漏れるという可能性も…」


 一人でぶつぶつと呟いている。


 置いてけぼりは辛いな、早く教えてくれ。


「しかし…、フランツさんが信頼した相手だ。よかろう」


 やがて覚悟を決めたのか、司書さんはこちらをまっすぐ見て言った。


「案内しよう、王立図書館の地下に」


「えっ?」


 なんでいきなりその話になったのかはともかく、図書館の地下!?


 その魅力的な響きに、俺は興奮を隠せないのであった。

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