第二十七話

[第二十七話]


 素材の収集を終えて南門に戻ると、オミナさんが受付をしてくれる。


「お疲れ様です。今日は力尽きませんでしたね!」


 天然なのか、いとも簡単に心の傷を抉ってくる彼女。


「お、おかげさまで…。今日は採集がたくさんできましたよ。『キュウビノヨウコ』が現れる前に行けてよかったです」


「あ、そのことなんですが…」


 とはいえ、心配してくれていたようなのでざっくり報告をすると、待ってましたとばかりに声を潜めて話し始める。


 行きは死亡フラグを立てられる前に逃亡したからな。話したくて仕方がないのだろう。


「冒険者のシズクさん、仲がよろしいようでしたからご存じでしょうけど、…からギルドに通達がありまして。『キュウビノヨウコ』が上位種の『キュウビノヨウコ・フォクシーヌ』に進化したと」


 げっ。


 もしかして、シズクさんがあの現場にいた?


 なら、どうして助けてくれなかったんだろう。


「あと、そのことについてお話があると。『噴水広場で待つ』と先ほど伝言を頼まれましたよ」


 あ。


 もう言い逃れができない。全部バレている。


 どうやら、俺がチョウチンガエルを乱獲して、フライドラゴンを増やして、その結果フォクシーヌが生まれたことが、全部筒抜けのようだ。


「一応聞きますが、それってシズクさんからの伝言で間違いないですか?」


「はい!『トールなら、ここを通るはず…』って言って、わざわざ詰め所まで来てくれましたよ?」


 俺が念のため聞くと、オミナさんがシズクさんの物真似をしながら教えてくれた。


 全然似てない。真似とはいえ、陽キャは真の陰キャになることはできないということか。


「そうですか…」


 となると、今さら逃げられまい。


 シズクさんとはフレンド登録しているので、いつでも好きなときに俺を呼び出せるはずだ。


 だが、そうしなかった。


 おそらく、俺が自首してくれることを望んでいるのだろう。


 …観念して中央広場に行くか。


「ありがとうございました。シズクさんに会ってみます」


「ぜひそうしてください。彼女もきっと喜びます!」


 俺は元気はつらつなオミナさんに礼を言い、とぼとぼと南の大通りを歩き始めるのだった。



 ※※※



「やっと来た。遅い」


「すいません」


 十分くらい後。


 なぜか俺は、中央広場の噴水の縁の上で正座させられていた。


 シズクさんは隣で普通に座っているし、ミスマッチこの上ない。


「どうしてこの前約束したのに、ああいうことをしたの」


 シズクさんが静かに聞いてきた。


 表情がないため読み取りづらいが、おそらく怒っている。


 『この前』というのは、『フライ・センチピード』でキャンユーフライを養殖したことについてだろう。


「あの、ああいうことというのは…」


「しらばっくれてもだめ。フライドラゴンを増殖させ、フォクシーヌをフィードしたこと」


 フィードというのは、育てるという意味の英語だ。


 主にインターネット上やオンラインゲームで、対戦相手に分のある行動をしてしまったときに使われる。


「それを知ってるってことは、シズクさんあの場にいたんですよね。どうして助けてくれなかったんですか?」


「警戒されてた。彼女はトールと踊りながら、こちらにけん制の炎を撃ってきていた」


 話を逸らせるかと思って聞いてみると、意外な返答が返ってくる。


 そうだったんだ。『ナインワルツ』を避けるのに夢中で、全然気づかなかった。


 だから、[AnotherWorld]上級者のシズクさんでも援護できなかったのか。


「…って、今はそんなことどうでもいい。今のトールには、お仕置きが必要。約束を破ったから」


「いや、約束というのは『水魔法の悪用』についてでして…。今回は水魔法で悪いことは…」


「言い訳はいい。とにかく、トールには罰として…」


 詭弁を展開しようとするが、弁明の余地はなかった。


 いったい何をやらされるのだろうか。


「…私とランディール鉱山に行ってもらう」


「え?ランディール…、鉱山?」


 もしかして、鉱山送りですか?


 聞いたことのない単語の登場に、俺は思わずオウム返しをしてしまうのだった。



 ※※※



「依頼の達成、おめでとうございます」


 相変わらず抑揚のない声で、クリステラさんが依頼の完了を告げる。


「こちら依頼達成料の合計、12000タメルになります」


 12000タメル!一気に大金持ちだ。


 あまりの大金に、その場で小躍りしそうになる。


 だが、隣にはシズクさんが目を光らせているのでやめておく。


 時刻は十九時を回ろうかといったところ。


 あの話し合い、というかお叱りの後、俺が納品依頼の報告を済ませたいと言うと、彼女が…。


「私も行く」


 と言ってついてきた。


 どうやら、逃げ出さないか見張るらしい。


 そんなことはしないので広場で待っていてほしいと言ったのだが、信用されていないのか、彼女は首を横に振って譲らなかった。


 まずい。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました、クリステラさん」


「………」


 俺とクリステラさんが別れの挨拶をする中、隣でシズクさんがじっと待っている。


 参ったな。報告と精算しかしないから一瞬で終わっちゃったぞ。


 よく分からないが、ランディール鉱山という場所はいかにもやばそうだ。生き残れる気がしない。


 そのため、もっと時間を稼いで、今日はお開きにさせたい。


 えっと、えっと。


「終わったなら、行こう」


「あの、そういえば杖があの戦いで壊れちゃって……」


「私のおさがりを上げる」


「ちょっとお腹空いたなあ、なんて」


「分かった。食べ終わるまで待つから、連絡して」


「あ、いえ、やっぱり空いてなかったかな…」


 ダメだ。『晩ご飯なので落ちます作戦』も通用しない。


「じゃあ、行こう」


 有無を言わさぬ最後の一言。


 参りました、降参です。


 諦めた俺はシズクさんに引きずられながら、冒険者ギルドを後にするのだった。



 ※※※


 

 ヨクナレ草、ネムレ草、バクダンホオズキの納品依頼を終え…。


 俺とシズクさんは鉱山を目指し、王都北部のランディール荒野を進んでいた。


「ランディール鉱山は、高レベルの魔物が多く住みつく廃坑がある鉱山」


「は、はあ」


 聞かれてもいないのに解説を始めるシズクさん。


「私でも、ソロでは荷が重い。だから、トールには一緒に来てもらう」


「は、はあ…」


 シズクさんでも難しいフィールドに初心者を連れていくなんて。


 つまり、死ねということですか?


 時刻は十九時半。


 昼間は岩に擬態して大人しい魔物、ロックリザードがカサカサし始める時間帯だ。


「ギャルルルルッ」


 ほらきた。


 低めの鳴き声に、夜の闇で見逃してしまいそうな黒い目。そして、大きく開いた口から覗く紫色の舌。


 ロックリザードは砂色のゴツゴツした外殻を持ち、長さ三メートル、高さ一メートルくらいで、全体的にオオトカゲのような外見をしていた。


 群れることもあるというが、今は一匹のようだ。


 まあそれはいい。手こずれシズクさん。


「『アクア・アロー』」


 と思っていたが、彼女は魔法一発で仕留めてしまった。


 属性の中で一番威力が低い魔法とはなんだったのか、硬い甲殻を貫いた水の矢は下手な銃弾よりも鋭そうだった。


 これは相当、水魔法使いの職業レベルが高いな。


 順調に成長すれば、俺もこんな風になれるのだろうか。それとも、魔法の火力を上げる裏技でもあるのだろうか。


 死地に赴く前に、ぜひ教えてほしい。


「アイテムはあげる。先に行こう」


 倒したロックリザードに目もくれず、シズクさんはそう言って再び歩き始める。


 せっかくなので、ありがたくもらっておくが…。


「はい…」


 ああ、逃れられないのか。


 俺は観念して、シズクさんと地獄へと進む覚悟を決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る