第二十六話

[第二十六話]


 ちくしょう、負けた。


 またも鉢合わせする形で『キュウビノヨウコ・フォクシーヌ』と出会ってしまい、レベルの準備も心の準備もできていなかった。


 もともと勝てると思っていなかったが、まったく手も足も出なかったな。


 立ち回りによっては一矢報いることができたのではと、俺は王都南門で一人へこたれる。


 彼女を倒すためには、もっと強くならなくちゃいけない。

 

「あ」


 念のため確認してみると、ナオレ草がロストしている。


 いったい、いつになったら納品依頼が達成できるのだろうか。


 現在の所持タメルは、213タメル。


 どこまで減ってしまうのか、かえって面白くなってきた。


「とはいえ、少し疲れたな」


 未だ興奮が冷めやらないが、一度晩ご飯にしよう。


 俺はメニューから、ログアウトを選択するのだった。


 

 ※※※



 時刻は二十時。


 フォクシーヌとは永遠にも感じるほどの戦いを演じていたが、そこまで時間は経っていなかった。


 さて、今日の晩ご飯は鮭の塩焼き。


 あっつあつの御飯とみそ汁とともに、いただきます。


 ご飯を食べたら眠くなってしまうので、早めにお風呂に入る。


 俺は熱いお湯が好みだ。


 その後、しっかり頭を拭いてから寝室に戻り、水曜日の発表用のスライド資料を作成する。


 俺が所属する部活、読書部の活動は毎週水曜日にあり、ほぼ月一で回ってくるグループ当番の日に自分が読んできた本をレビューする発表会を行う。


 今は、その発表の前準備だな。


「うーん…」


 こんな感じでいいのか?


 読んだ本のプレゼンと一口に言っても、分かりやすく見やすいスライドの構成やレイアウト、スピーチ原稿を考えるのは一苦労だ。


 授業の一環でこういった発表をしたことはあるが、自発的に魅力を伝えるとなると話が変わってくる。


「こういうときは、先輩に頼るか」


 少し遠慮する気持ちはあるが、上級生とのコミュニケーションと思えばいい。


 そう弾みをつけた俺は、『少しよろしいですか』と前置きして、できあがったファイルを添付したメールをあすか先輩に送っておいた。


 あすか先輩は紅絹先輩と同学年の二年生の読書部員で、俺と同じ日に発表を行う。


 どうせこれから色々お世話になるのだから、今のうちからお世話になっておこう。


「あとは連絡待ちで…、授業の準備もOKだ」


 これで、今日やるべきことは終わりだな。


 明日は学校がある。さっさと着替えて寝よう。


 ラフな部屋着に着替えた俺はベッドに横たわり、サイドテーブルの明かりを消して眠りにつくのだった。



 ※※※



 翌、四月八日月曜日。


 今日で、桜杏高校に入学してからちょうど一週間だ。


 だが、特に感慨もなく、俺たちはのほほんと授業を受けていた。


 そして午前中の授業が終わり、お昼休み。


「皆さん。前のリベンジということで、今週のどこかで狩りに行きませんこと?」


 ガラス瓶に入った牛乳を片手に、静がそんな提案をする。


 牛乳なんて懐かしいものも売ってたのか。俺も明日飲んでみるかな。


「いいな、『アレ』のせいで台無しになっちまったもんな!」


「ええ、ほんとにですわ」


 昇が賛同すると、静がこちらをちらと見て皮肉を言う。


 『フライ・センチピード』の件については、ほんとにごめんなさい。


 ただ、静は表立って、あれを俺が引き起こしたと言いふらす気がなさそうなのは救いだ。


 今後、なんらかの取引材料に使われるかもしれないが、それは甘んじて受け入れよう。


「僕も賛成!今度こそ四人で行こう!」


 フクキチ、じゃなかった、彰も話に乗った。


 皆がいいなら、俺が反対する理由はないな。


「ぜひ行こう」


「決まりですわね!それじゃあ、いつがよろしくて?私は今日と金曜日は難しいのですが…」


「俺は今日と水曜、金曜がダメだ。陸上部の活動がある」


「僕は基本的にいつでも大丈夫。空いてる日にVR開発部に行くから」


「俺は明日と明後日が無理だな。明後日は遅い時間ならいけるが」


 各々が予定を言い合う。最後に発言したのが俺だ。


 明日はまんてん書店で夜番のバイトがある。十七時から二十二時まで。


 さらに明後日は読書部の活動だから、火曜と水曜は難しい。


「それなら、木曜日はどうでしてよ?皆さん空いているようですし。十七時からでよろしくて?」


「いいね」


「いいぜ!」


「ああ。了解」


 とんとん拍子で予定が決まり、俺は木曜の十七時に何かを体験させられることが決定したのだった。



 ※※※



 それから午後の授業も終わり、俺は一人とぼとぼと帰ってきた。


 三人とも部活で学校に残るので、ぼっちの下校というわけだ。


 まあそれはいいとして、部屋に帰ると時刻は十六時。


 今日は夜まで空いている。がっつりやるぞ。


 チェリーギアとコントローラを装備した俺は、意気揚々と[AnotherWorld]の世界にログインした。


 前回と同じく、王都の南門からログインする。


 これも前回と同じ展開だが、フォクシーヌとの戦いで死に戻りしたからな。


 …苦い過去からは目を逸らして、今日は何をしようか。


 そうだ。


 アイテムロストしてしまったし、採集依頼を終わらせてしまおう。


 『フォクシーヌ』と踊るのはもうごめんだから、夜になる前にアヤカシ湿原で採集を終わらせたい。


「うーん…」


 ということで動き始めたのはいいものの、南門で検問を受けながら、俺は考えごとをする。


 今振り返ると、なぜあのとき、あんなに体が動けたのだろうか。


 体の動かしやすさに、プレイヤーレベルや職業レベルは関係ない。


 となると、やはり俺は『フォクシーヌ』に弄ばれていたのか?


 いや、やめよう。


 俺が極限の集中状態にあっただけなのか、それとも彼女がバフをしていたのか、などなど、原因を挙げ出したらキリがないし、そもそも真相を確かめる術がない。


 不確定な過去のことより、未来のことを確定させる有益な思考をすべきだ。


 などと考えながら俺は三度、アヤカシ湿原を目指す。


 『キュウビノヨウコ』は夜間にしか出現しないとされている。昨日会ったのも、ちょうど夜になったあたりの時間帯だった。


 そして彼女が出現すると、アヤカシ湿原の他の魔物は彼女を怖がって姿を現さない。


 アヤカシ湿原の夜はそういった秩序の上で成り立っていたが、彼女が『キュウビノヨウコ・フォクシーヌ』へと進化した今、どういう変化を迎えるのだろう。


 我々(一人)はその実態を確かめるべく、再度夕方のアヤカシ湿原に潜入した。


 ちなみに、杖がぶっ壊れたので、現在俺はなにもできない一般人に成り下がっている。


 だが、なんとなく大丈夫な気がする。自分でも、なんでこんな感情になるのか分からない。


 誰かに守られているような、不思議な感じに包まれている。


「そういえば…」


 フォクシーヌにやられたとき、ウインドウが出たような気がするが、よく覚えていない。


 俺は何か取得したのだろうか。


 しかし、メニューにあるステータスを見ても、何も書いていない。


「…。不気味なくらい大人しいな」


 なんて考えている最中も、相変わらず多いフライドラゴンの成体は俺を遠目に見るだけで、一向に襲ってこようとしない。


 湿原の魔物がパッシブ化している?


 原因が謎だが、それならそれで好都合だ。採集がしやすい。


「よし、これくらいでいいか」


 それから、約三十分後。時刻は十七時。


 相変わらずバクダンホオズキが少ないが、依頼分の植物系素材は採取することができた。


 大人しくなったフライドラゴンはもとより、チョウチンガエルを根絶したおかげ(せい)で岸辺を警戒する必要がなくなり、手早く作業を進められたのも大きい。


 ナオレ草×110、アヤカシ葦×82、イッタンモメン×75、ネムレ草×62、ヨクナレ草×57、バクダンホオズキ×20。


 採集ポイントは一定時間で再び採集可能になるから、マップを覚えてルートを組んで回っていけば、さらに効率化できそうだな。


 そんなことを思いながら、俺は手に入れた素材を納品するために一度王都に戻ることを決意するのだった。

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