第二十四話

[第二十四話]


 [AnotherWorld]をログアウトする。時刻は十二時ごろ。


 あと一時間でまんてん書店でバイトだし、急いで昼食にしないとな。


 昼ご飯は菓子パン二つと野菜ジュース。


 ちょっと不健康だが、食べすぎてバイト中に吐いてしまうよりは物足りないくらいがいい。


 どうせ紅絹先輩にこき使われる。万全の状態で臨まなければならない。


 なんてことを考えながら食事をお腹に詰め込み、ごちそうさま。


 ちゃちゃっとワイシャツに着替えて、バイトに向かう俺なのだった。



 ※※※



 あれから数時間。


 案の定紅絹先輩にこき使われた俺は馬車馬のように必死に働き、定刻にカードを切ってバイトを終えた。


 俺用のカードは、バイトが始まる前に店長からもらっておいた。


 昨日から働いてはいたが、社員の証ともいえるカードを手にすると、これで晴れて店員の一員って感じがするな。


 自宅に帰ってくると、時刻は十八時半。


 肉体労働をしてそこそこ体を動かした直後だから、ご飯を食べる気にはなれない。


 ……。


 [AnotherWorld]にログインしますか。


 チェリーギアを装着した俺は、さっそくゲームの世界にログインするのだった。


 

 ※※※



 午前中、最後にログアウトした場所が王都内の南門付近だったので、そこからゲームが始まる。まあ当然だな。


 ああ、レベリングに夢中で採集を忘れていた。


 今から始める第二ラウンドで、採集もするとしよう。


 それはさておき、街の外に出るのでオミナさんに身元のチェックをしてもらう。


「大丈夫ですか、トールさん。昨日は二回ほど力尽きていらっしゃいましたが」


 NPCが『死に戻り』という概念を理解できては困るので、『力尽きる』という表現に置き換わっている。


 この辺りはしょうがない。現実と仮想を擦り合わせる必要があるからな。


「ええ。この通り。ピンピンしてますよ」


 俺は両手両足をパタパタさせ、元気なことをアピールする。


 オミナさんは心配性というか、周りの人によく気をかけるタイプなんだろう。


 まさしく、騎士の鑑のような人だ。怪力だし。


「そうですか、それならよかった。ガンケンさんにも聞いたかもしれませんが…」

 

「ああ大丈夫です、『キュウビノヨウコ』については了解しています。それでは!」


「ええ?ちょっ、もう行くんですか?今日のトールさん、元気だなあ…」


 話の流れで、また死亡フラグを押しつけられては困る。


 チェックを完了した俺は早めに話を切り上げ、全速力で南門を後にするのだった。



 ※※※


 

 夕方のアヤカシ湿原。


 出現するのは昼間の魔物たちと変わりはないが、薄暗くなっているので注意が必要だ。


 とはいえ、14レベルもあればフライドラゴンを狩れるだろう。


 そう思っていた俺が浅はかだった。


 ぶうん、ぶうん、ぶうん。


 透明な羽から静かな羽音を鳴らしながら、水面の少し上を飛ぶフライドラゴンの成体。


 体色は黒、赤、水色と様々。


 鱗の生え揃った細長い胴体だけ飛竜で、あとは全部トンボをデカくしたような見た目が中々にきつい。


 それはまあ、いいとして…。


 ひい、ふう、みい、よお、……。


 俺はそれ以上、数えるのをやめた。


 きみたち、成長するの速くない?


 ヤゴを食べるチョウチンガエルを大勢駆除したのは今日の朝なのに、もうこんなに育ったのか?


「キシャアアアアアアッ!!」


 複眼で俺を視認するや否や、一斉に襲いかかってくるフライドラゴンたち。


 恐ろしく速い!


「『アクア・ボール!』」


 俺は魔法を唱えながら、その場に勢いよくしゃがみ込む。


 突進してくるということは、的が大きくなるということだ。


「キシャッ!?」


 放たれた水の玉に当たった一匹は羽が濡れたのか、ふらふらと地面に落下する。


 俺の攻撃を見た他のトンボたちは、空中で急停止した。現実のトンボがよくやる、ホバリングというやつだろう。


 こちらの出方を伺っているのか。頭がいいやつらだ。


 一匹ずつ落とすだけじゃらちが明かない。まとめて倒さないと。


 トンボの羽ばたきには静音性があり、大勢いてもフライのときのようにうるさくはないが、スピードの速い突進が厄介だ。


 とりあえず、距離を空けないことには始まらない。


 俺はじりじりと池から離れ、トンボ竜の群れから逃れようとする。


「キシャアアアッッッ!!!」


 頭のいい彼らが、それを見逃すはずがない。


 すっかり警戒態勢に入ったフライドラゴンたちが、まとめて突っ込んでくる。


 トンボをモデルにしたこいつらは、羽根が濡れるのが嫌だ。そして、空中で急停止できるという特技を持っている。


 これらのことを踏まえ、俺は実戦で初めて、あの魔法を使う。


「『アクア・ウォール』!」


 目の前に展開される水の壁。


 普段は頼りないそれが、今は何よりも頼りになる存在だ。


 ぴたっっっ。


 予想通り、やつらは濡れるのを恐れて静止した。


 そして、現実のトンボと同じならば、壁の向こう側のやつらは…。


「『アクア・ボール』!『アクア・ボール』!『アクア・ボール』!…」


 …旋回運動ができない。言い換えると、まっすぐの直線運動しかできない。


 水ではあるが、目の前に壁ができれば、フライドラゴンたちは回り込んでこちらに来ようとする。


 しかし羽の構造上、弧を描くような旋回する飛行はできないので、一度空中で停止して角度をつけ、直線的に壁を回り込む必要が出てくる。


 なのでそこに、若干の時間の猶予が生まれる。


「『アクア・ボール』!『アクア・ボール』!『アクア・ボール』!」


 その猶予を利用し、俺は壁の縁に向かって『アクア・ボール』を連投する。


 もちろん全くの勘ではなく、透明な壁越しにフライドラゴンが来そうな軌道を読んで、置くように放っていく。


 こうすると、やつらは壁をギリギリでよけ、最短でこちらに向かってこようとするから…。


「キシャアアッ!」


「キシャアアアアッッ!!」


「キシャアアア!」


「キシャアアアア!」


 …確実に攻撃がヒットする、というわけだ。


「キシャアアアッ!!」


 最後の一匹が断末魔を上げて地に落ちる。


 数分も経たずして、俺は見事、全てのフライドラゴンを撃墜することに成功した。


「水の壁も、案外便利だな」


 透明だから、向こう側にいる敵の様子が筒抜けなのがいい。


 まあ裏を返せば、敵にも俺の様子が筒抜けってことだけどな。


 そう思いつつ、俺は息を整えてトンボ竜たちにトドメを刺そうとすると…。


「きゅるるっるるるるるるっるっっ」


 死を呼ぶ『キュウビノヨウコ』の唸り声が、俺の耳朶をかすかに震わせるのだった。

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