第二十二話

[第二十二話]


 ガルアリンデ平原にやってきた俺、トールは速足で野を駆ける。


 すでに時刻は二十時半を周っている。こんなところで時間を食いたくない。


「おかしいな…」


 足を動かしながら、周囲の把握に努める。


 十分くらい走っているが、まるで魔物と遭遇しない。


 『フライ・スタンピード』で、平原の魔物が死に絶えているのか?


「キャンユーフライの貪欲さなら、それもありえるか?」


 疑問に思いつつもさらに十分ほど走ると、辺りが湿気っぽくなってきた。


 足を止めて、周りを見てみる。


 平原で俺が作ったような水たまりよりも大きな池が、そこら中にいくつも寝そべっている。


 植生が変わり、至るところから伸びる細長く黄緑色の草やキノコのようなもの。


 あの、白いふわふわしたものはイッタンモメンだろうか。


「ここだな」


 とうとう、アヤカシ湿原に来てしまったようだ。


 自分で依頼を受けておいてなんだが、早く帰りたい。ガンケンさんに死亡フラグという呪縛をかけられたからな。


 幸い、今受注している依頼の達成に必要な素材は全て、この湿原で集めることができる。


 素早く採取ポイントを巡って、とっとと帰ろう。


「ここで、いいか…?」


 そう思い、池の近くにある一番近くの採取ポイントに跪いた途端…。


 …突然伸びてきた舌に、体を絡め取られる。


「まずいっ!」


 そのまま、水の中に引きずり込まれた。


 バシャアアッという大きな水音とともに、池にダイブする。


 やつはこのまま俺を食うつもりだろうか。


 この、大きなカエルの魔物は…。


「ゲコッ」


 俺の胸中を察したかのように、小さく鳴くカエル。


 この魔物の名前は、チョウチンガエル。


 喉を大きく膨らませると提灯のように光る、大型のカエルの魔物だ。


「っ!…っ!」


 暗い水の中、抵抗を試みるが上手くいかない。


 やはり、純粋な力は魔物に遠く及ばないか。


「ゲロロンッ」


 自分のテリトリーに招き入れて、勝った気でいるカエルの魔物。


 拘束されたまま、強い力で水の中に沈められる。


 確かに、NPCや戦闘向きではないプレイヤーならここで詰みだろう。


 だが、残念。俺は水魔法使いだ。


「『アクア・ソード』!」


 俺の腹からピンと張られた舌に向かって、魔法を唱える。


 杖を素早く振り抜き、太くぶよぶよとしたピンク色の舌を両断した。


 環境の恩恵を受けるのか、水中だと水属性魔法の威力が二倍になるという仕様が功を奏したな。


「―ッッッ!」


 水中で声にならない声を上げ、チョウチンガエルが絶叫する。


 その隙に、俺は池からの脱出を試みる。


 必死に水を掻き、真上へ向かって泳いでいく。


「っぷはあっ」


 頭を水面から出す。


 やっと息ができた。岸はあそこだな。


 今度はクロールをして、一番近い岸へ泳ぐ。


 後ろをちらりと見ると、舌をちょん切られたカエルが迫ってきていた。


「ゲコゲコゲコオッッ!!!」


 大激怒で水面を蹴る魔物を後ろ目に、無我夢中で水を掻く。


 魔法のボーナスがあるとはいえ、水中では不利だ。


 まずは地に足をつけて、万全の状態で迎え撃つ。


 そのために、いったん逃げる。


 もう少しだ!もう少しで陸に上がれる!


「ゲコーーッッッ!!」


 だが、そう上手くはいかなかった。


 一際大きな声とともに突き出された舌で、俺の体が再び拘束される。


「ゲコッ」


「くそっ」


 あと少しだったのに。


 赤紫色に滲んだ舌で持ち上げられ、身動き一つとれないまま岸に運ばれる俺。


 捕食の場をセッティングし終えたチョウチンガエルは、大口を開けて俺を飲み込もうとする。


「…?」


 まさか、カエルで死に戻りすることになるなんてな。


 そう覚悟を決めて目を閉じるが、どうも炎熱が迸ったらしい。


 目をつぶっていても眩しいほどの光、それと背中に燻る猛烈な熱。


 俺の意識は、瞬時に途絶えるのだった。



 ※※※



 え?


 多分あの炎の攻撃がそうなんだろうが、もはや『キュウビノヨウコ』にやられたかどうかすら分からなかったぞ。


 こんな死亡フラグの回収の仕方があるか。どうすればいいんだ、この気持ち。


 所持金は半減して1050タメル。


 時刻は二十一時、再戦を挑むかどうか微妙な時間だ。


 非常に迷うところだが、行くか。


 全く採取ができなかったし、何の成果も得られないで終わるのは嫌だ。


 アヤカシ湿原の往復で四十分。二十二時にログアウトするとして、採取に二十分はかけられる。


「よしっ」


 すぐに時間を計算した俺は気合いを入れ直し、再び湿原への道を進むのだった。



 ※※※



 気まずいのでガンケンさんとは別の人に検問をしてもらい、アヤカシ湿原に舞い戻ってきた。


 今度は慎重にいくぞ。カエルに引きずり込まれないようにな。


「『アクア・ボール』」


 生育する条件が決まっているのか、採取ポイントはこぞって水辺にある。


 なので、チョウチンガエルがいるかどうか確かめるため、水面にボールを放ってから採集を行うことにした。


 ただ、今回は運が良かったようだ。


 不意打ちされることなく、目的のアイテムを集められた。


〇アイテム:ナオレ草 効果:体力回復:微

 体力を回復させる草。生のままだと効果が薄く、苦みが強い。


〇アイテム:アヤカシ葦 効果:なし

 アヤカシ湿原の水辺に生える、丈が長く、丈夫な草。衣料の原料として用いられる。


〇アイテム:イッタンモメン 効果:なし

 アヤカシ湿原に生る、平べったく細長い木綿。衣料の原料として用いられる。


〇アイテム:ネムレ草 効果:睡眠

 眠らせる草。生のままだと効果が薄く、酸味が強い。


〇アイテム:ヨクナレ草 効果:体力回復:小

 体力を回復させる草。生のままだと効果が薄く、苦みが強い。


〇アイテム:バクダンホオズキ 効果:爆発:微 火傷:微

 火薬の成分が含まれているホオズキ。衝撃に弱く、ちょっとの刺激で爆発を起こす。湿気で不活性化する。


 レア度の低い順から、採取できた素材をリストアップしてみた。


 ナオレ草はいつもの通り。生で食べられなくはないけど、調薬で使った方がよさそうな青々しい葉っぱ。


 アヤカシ葦はあれだ。俺のベースボールキャップに使われている細長い植物だ。


 イッタンモメンはポロシャツの方だな。白くもこもこの木綿で、アヤカシ葦と併せて服飾の生地によく用いられる。


 ネムレ草はピンク色の怪しげな草で、いかにも有害ですよという見た目をしていた。


 多めに生えているようだし、依頼の分が余ったら睡眠薬も作ってみようか。


 ヨクナレ草は珍しいのか、あまり獲れない。ナオレ草よりも上位のアイテムだからだろう。


 だが、このまま順調にいけば依頼分の三十本は取れそうだ。


 問題は最後。


 バクダンホオズキが全然生えていない。


 一体どういうことだ。十か所以上の採取ポイントを探って二個しか取れてないぞ。


 いくらなんでも少なすぎる。


 これじゃあ、依頼を達成するのが真夜中になりそうだ。


「ん、待てよ?」


 いやな連想をしてしまった。


 おそらく名前からして、『キュウビノヨウコ』は炎を使う。


 怪談や妖怪に詳しくはないが、『狐火』なんて言葉があるくらいだからな。火となにかしらの関係があると思う。


 そして魔物とは言え、やつも生き物だ。いくら強くても、何も食べず、飲まず、不老不死というわけではあるまい。


 ということは…、『キュウビノヨウコ』の好物ってもしかして?


「きゅるるるああっっ」


 音もなく背後からやってきたそれは、俺の腰を長い尾で打ちつけた。


「ぐわっ!」


 激しい力が加わり、バランスを崩して前につんのめってしまう。


 それに少し遅れて、目の前にウインドウが出現する。


『バクダンホオズキ×2が盗まれました』


 流石キツネだな。好きなものは奪い取ってでも欲しいってか。


「こいよ」


 突き飛ばされた勢いのまま前転し、体勢を整えて後ろを向いた俺は、赤サンゴの杖をちょいちょいと傾けて挑発する。


 そこには、四つ足で立った状態で二メートル、尻尾一本の長さがその倍はあろうかという規格外の大きさをしたキツネの魔物、『キュウビノヨウコ』がいた。


 白い頭部に白い胴、九つの尾も全て真っ白という外見。


 まさしく妖艶。創作に出てくる九尾の狐と表現するにふさわしい。


「きゅるるるるるるるっっ」


 妖の主はむしゃむしゃとホオズキをほおばっていたが、俺に気がつくと口の端を釣り上げて威嚇した。


 ガンケンさんが注意を促すほどの魔物との対面。


 すでに一度倒され、大事なバクダンホオズキも奪われた。 


 死に戻りの恨み、そして奪われた食べ物の恨み、晴らさでおくべきか。



 ※※※



 えー、速攻で死に戻りしました。緩急をつけた九本の尾による連続攻撃で、成す術もありませんでした。


 格が違いすぎた。火に対して水というのは相性が良いはずだが、レベル四の魔法使い初心者の俺が土俵に立てるわけがなかった。


 やつを倒す、少なくとも撃退するには、レベリングと戦闘経験が必要だな。


 所持金はさらに半分になって525タメル。アイテムはヨクナレ草とネムレ草をロストした。


 せっかく集めたのに。まあ、死の代償がないとつまらないからいいか。


 一方で、百本近く集めたナオレ草は無事だった。依頼分を差し引いても五十本近く残る計算だ。


 ちなみに、『野外調薬キッド』と『試験管ホルダー』は特別なアイテム扱いらしく、死んでもロストしないと調薬ギルドのおじいさんから教わっていた。


「はあ…」


 おさらい終わり。時刻は二十二時。


 タイムリミットはやってきてしまったし、なにより疲れた。


 今日はもうログアウトして、心と体を休めることにする。


 そして明日は、ナオレ草の納品から始めようか。


「新しいフィールドは面白かったが、色々起きすぎたな」


 いつか『キュウビノヨウコ』へのリベンジを果たすことを誓い、俺はゆっくりとメニュー画面を開くのだった。

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