第十九話
[第十九話]
「しかし、すごい有様だな。ここが戦闘現場だよな?」
「はい、そうです」
おそらくマルゲイ・クノーシスだと思われる大柄のNPCに問いかけられ、俺ははいと答える。
辺り一面は草が剝げ、土が露出しているだけで血の一滴も見られなかった。
とてもじゃないが、後から来た人はここでキャンユーフライによる大量殺戮が起きていたとは思わないだろう。
「あらかた、シズクさんが片付けてくれたのでしょう。奥義を使って」
生存者を確認する点呼を取りながら、マルゲイさん?の脇にいた男が俺たちの言葉を代弁する。
「そりゃ僥倖だ。後は巣を叩くだけだな」
マルゲイさん?が豪快に言う。
今、討伐隊の騎士団員が周辺に展開しているが、フライを確認できていないようだ。
「それなら、俺に案内させてください。巣の場所に心当たりがあります」
「なに?」
白々しい自分の言葉に、反吐が出そうになる。
だが、こうするのが最も正しい選択だ。
ことが大きすぎて、俺だけでは対処しきれないのだから。
「南部の依頼を遂行中に、窪地に水が溜まっているのを見かけたんです。干ばつって知らされてたのに珍しいなって思って、覚えていたんです」
「それなら助かった!渡りに船とはこのことだな!」
マルゲイさん?が、がっはっはと笑いながら俺の肩を叩く。
豪快なのはいいが、そろそろ自己紹介してくれないか。
「おっと、紹介が遅れたな!俺の名はマルゲイ・クノーシス!西門防衛隊の騎士団長だ!よろしくな!…こっちはクロルだ!」
「クロル・マンガムです。お見知りおきを」
マルゲイさんが脇に控える男とともに、名を名乗る。
やっと名前が分かった。『?』を外せるな。
「トールです」
「ライズだぜ!」
「フクキチって言います」
「…知ってると思うけど、シズク」
相手のことも分かったところで、俺たちも軽く自己紹介した。
「よっし!それじゃあ行くか、害虫駆除に!」
「「「はいっ!」」」
「はい」
ということで、俺を先頭にして、合同討伐隊は『フライ・スタンピード』の元凶、言うなれば『フライ・コロニー』を目指すのだった。
※※※
ぞろぞろと平原を歩き、南部へ移動してから数分後。
俺が作った水たまりに到着し、明らかにコロニーだと思われるキャンユーフライの巣を発見した。
…のはいいんだが。
「しっかし弱っちいなあ!嬢ちゃんもそう思うだろう」
「それはそうですが、上位種ですし、気を抜かないほうがいいですよ」
「相性の問題だと思いますよ。物理攻撃だから効きやすいです」
マルゲイさんとオミナさん、それにクロルさんが軽口を叩き合いながらフライを殲滅していく。
格が違う。
純粋にそう思った。騎士団ってこんなに強いのか。
平然と会話しながら、背中に担いでいた大剣で次々と一刀の下に付すマルゲイさん。
謙遜しつつも、ガントレットによる殴打でフライを粉々に砕くオミナさん。
状況を冷静に分析し、レイピアで的確に突きを放って一体ずつ撃破するクロルさん。
同行している他の騎士団員も相当だが、特にこの三人の実力が隔絶していると感じた。
これじゃあ、本当に案内係じゃないか。
巣に行く道中も、巣に着いてからも、この三人が無双してしまうので、俺たちの出る幕がなかった。
あのシズクさんでさえ、手持ち無沙汰にしている。
「これまでも、何度か緊急依頼があったけど…」
松明を持ったシズクさんが、不意に口を開く。
「だいたい騎士団長と、それに近い役職の人で構成される討伐隊が来るとこんな感じで終わる。プレイヤーにとってどうにもならない状態、いわゆる『詰み』を回避するためだと思われる」
「それなら納得ですね。ハエで街が壊滅したらたまったもんじゃないですし」
合点がいったという風に、フクキチが返事した。
確かに、あれに街を滅ぼされたら俺も困る。
この事態を引き起こしておいて、どの口が言うんだという話なんだが。
※※※
「よし、これでコロニーの掃討は終わったな!」
……ハッ。
あんまり緊張感がなかったから、立ったまま寝そうだった。
周りを見ると、三人も同じ感じだった。
騎士団の人に囲まれるように陣形を組んでるから、めちゃくちゃ安心安全なんだよな。
「しかし多かったですね。ガントレットにひびが入りそうですよ」
「世辞はいいぞ、怪力さん!」
「ちょっと、やめてくださいよっ!」
冗談言い合ってるぞ、巣があった場所の近くで…。
「帰りましょう、皆さん。今夜は祝杯ですよ」
クロルさんが団員の人たちに号令をかけると、そこら中から歓声が上がる。
マルゲイさんを補佐する分析系に見えて、実は同僚思いなのかもしれない。
「なんだかんだあったが、緊急依頼も終わったな!」
「一時はどうなるのかと思ったけど、よかった~」
「………」
結局、一人の死者も出さずに、『フライ・コロニー』の破壊に成功してしまった。
ライズとフクキチは依頼の達成を喜んでいたが、俺は違った。
自分が引き起こしたにもかかわらず、元の鞘に収めることもできなかった。
まったくもってローズに合わせる顔がない。
次に会ったら、なんて声をかけたらいいんだろうか。
「トール、ちょっと」
そんなことを考えていると、シズクさんから俺の方に声がかかる。
まさか、バレていた?
俺は叱られる前の子どものように、彼女の元へゆっくりと移動する。
「師匠として、言うことがある」
し、師匠?
と思ったが、大人しく黙っておく。
「今後、このように水魔法を悪用してはならない。約束」
「シズクさん、何でそのことを……」
俺はちょっとびっくりする。
顔にでも書いてあったのか。
「顔に書いてある、と言いたいところけど、最近の干ばつにもかかわらずここだけ水でいっぱいだったことと、トールが場所を知っていたことを考えれば分かる」
師匠にはなんでもお見通しだ。この人にはかなわない。
「…約束」
彼女はそう言って、右手の小指を差し出してくる。
幸い、と言っていいのか分からないが、シズクさんが声を潜めてくれたおかげで、他の人にこの会話は聞かれていないようだ。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」
師匠はやっぱり師匠だった。
震える手で小指を差し出すと、シズクさんは指を絡ませて子どもじみた口上をのたまうのだった。
※※※
決心がついた俺は、王都に帰ってきてすぐログアウトした。
時刻は二十時。
彼女は起きているだろうか。夥しい数のキャンユーフライを目の当たりにして、ショックで寝込んでいないだろうか。
心配になりつつも、タブレットを操作して静の番号にかける。
彼女が出たのは三コール目だった。
「もしもし、ですわ」
「もしもし、透だが」
「透?『アレ』の件は大丈夫でしたの?」
「ああ、『アレ』は終わった。実は電話した理由なんだが…」
俺は、正直に自分の企みについて話した。
全て話し終えると、彼女は数秒間黙りこくっていたが…。
「……あら?そんなこと気にしていたんですの?」
と答えた。
「え?」と俺が聞き返すと…。
「私が魔物使いを選んだように、透がその作戦を決行したことも単なる選択の一つですわ。結果として私が『アレ』に襲われたのも私が選択し、起こってしまった結果にすぎない」
「そ、そうなのか?」
「そうです。それに、悪いことばかりじゃなかったですわ」
「それって、どういうことだ?」
「ひ・み・つ、ですわ。次のパーティプレイのときにでも体験してもらうことにします」
体験してもらう?
一体全体意味が分からない。
結局、静はそれ以上話そうとせず、お休みの挨拶を残して電話を切った。
なんなんだ、体験って。
謝りに行ったのに、こっちが変な気持ちになって通話が終わったぞ。
ただまあ…。
「許してくれてよかった」
ゲームの中とはいえ、トラウマになりそうな事件を引き起こしてしまった。
不思議なような、申し訳ないような気分になった俺は、それ以上考えるのをやめ、遅めの夕食の準備に取りかかるのだった。
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