第十二話

[第十二話]


 翌、四月四日木曜日。


「……」


 俺は静かにお行儀よく、桜杏高校の一年二組で授業を受けていた。


 授業は昨日から平常運転だ。国語や数学といった一般的な教科から、VRラーニング、VRデベロップメントのような、この高校独自の授業まで、様々な科目について勉強する。


 また、課題の量は授業によってまちまちらしい。といっても、今週は顔合わせといった感じでイントロダクションの授業ばかりだったからよく分かってないが。


 特に説明することのないまま(昨日もこんなこと言ってなかったか?)、昼を迎えた。お昼休みを伝えるチャイムが高々と校舎中に鳴り響く。


「ふーっ、今日も退屈だったな。体育があったからまだよかったけど」


「そうだな。明日もこの感じだと気が滅入る」


「何言ってんのさ」


 昨日、[AnotherWorld]の中で戦いを共にした亘と話していると、前の席から彰が割り込んできた。


「まだ、午後の授業があるじゃないか。待ちに待ったVRデベロップメントがね」


「ああ、そういえばそうだったな」


 VRデベロップメントは、VR用のソフトやデバイスの開発について学ぶ授業だ。部活動のVR開発部と違って基礎的な範囲しか扱わないそうだが、VR開発に夢中の彰にとっては、まさに夢のような時間だろう。


「そうですわ。VRデベロップメントでは、白峰校長の貴重なお話が聞けるんですわよ…!」


 静もすっかり彼女にお熱みたいだ。確かに、白峰社長兼校長はそれだけのカリスマを持っていると思う。


「……昼ご飯に行くか」


「そうだな」


 雑談はさておき、若干引いている亘と彰、静とともに、俺たちは食堂へと向かうのだった。



 ※※※



「ねえ、午後の授業はどんなことすると思う?」


「そうですわね。やっぱり初回の授業ですから、イントロダクションじゃなくってよ?」


「そうかなあ?あの白峰校長のことだから、いきなり授業するんじゃないか」


「確かに、ありそうですわね」


 昼食を食べている間もこんな調子ですっかり話し込んでいる彰と静を見て、俺と亘はすっかり呆れていた。


「好きなことを話している間って、人は皆あんな感じなのか?」


「俺に聞かれても困る。まあそうなんじゃないか、多分?」


 人のことについてとやかく言える身分でもないので、俺は冷静に答えてかつ丼を食べる。亘はカツカレー、彰は天丼、静はとんかつセットだ。


 なんか、今日は脂っこいものが多いな。


 衣を見るのが嫌になりそうだと思いつつ、珍しく二番目に食べ終わりそうな俺は、最後の一口を口に詰め込むのだった。



 ※※※



「イントロばっかりで疲れただろう。今日の授業では、皆に『チュートリアル』を作ってもらう」


 午後の授業が始まり、一年二組の生徒が全員レクリエーション室1に集まると、開口一番、白峰校長はそんなことをのたまった。


「早速、『チェリーギア』をセットしてVR空間に行ってくれ』


 校長に言われ、各々がヘッドセッドを被り始める。俺も周りの皆に倣って、『チェリーギア』を装着する。


 頭を包む感触は未だに慣れないが、そんなに悪くない。


「よし。VR空間に入れたら、コントローラを持って『VRデベロップメントα』をタッチしてくれ」


 電脳空間に入ると、なぜかいつものちびドラゴンの姿がなく、代わりに校長の声が白い空間に響く。


 言われた通りにアイコンをタップしてみると、ふっと目の前が暗転した。


 そして数瞬のロードの後、横に細長いいくつかの直方体がまっすぐ縦に並んだ、やはり白い空間が目の前に広がった。


 ここが、『VRデベロップメントα』の中か?


 直方体にはそれぞれ文字が書いてある。『第一回目:チュートリアル』『第二回目:テキスト』『第三回目:グラフィック』などだ。


 おそらく、授業ごとのデータが入っているんだろうな。


「よしよし、皆行けたな。そしたら、第一回目の四角をタップしてくれ。わかってると思うが、二回目より後は来週以降にやるから、今触るなよ。皆の行動はチェックしているからな」


 教師用のモニタリングソフトがあるのか。気になるところではあるが、見せてもらえるはずがない。


 俺は仕方なく、『第一回目:チュートリアル』をタップする。


 すると、なんということでしょう。


 まず、パソコンのウインドウのような画面が視界いっぱいに現れた。左側は灰色一色で、右側は白い小さなウインドウがあるだけの簡素なつくりだ。右上にはテキスト、グラフィック、サウンドなど、各種項目のタブが並んでいる。


「よし、皆手際がよくて優秀だ。その画面に進んだら、今日の授業を始めるぞ。改めて、VRデベロップメント1を受け持つ、白峰桜だ。よろしくな」


 全員の準備が完了すると、白峯校長の自己紹介が始まった。


 とはいえ、『チェリーギア』の装着中だからリアクションに困る。他の人の様子は分からないが、彰や静は感激に沸いているに違いないだろうけどな。


「VRデベロップメントの授業は、一学年の春学期と秋学期で1と2に分かれている。本学期のVRデベロップメント1では、主にVRソフトの開発を体験してもらうことになっている。というわけで、どうぞよろしく頼む」


 どうせ口で言っても届かないので、「よろしくお願いします」と心の中で呟き、会釈をする。


「今回、初回の第一回目では『VRデベロップメントα』というソフトのこの画面についての説明をしようと思う。まずは画面右上を見てくれ」


 さっきのタブがあったところだな。


「そこにはごちゃごちゃと文字が書いてあるだろうが、そのアイコン一つ一つをタップすることで、各種パラメータを操作できるウインドウに飛ぶことができる。試しに、『テキスト』の欄をタップしてみてくれ」


 俺はタブ欄の一番左端にある、『テキスト』をタッチする。途端に、右の白いウインドウが変化した。


 ウインドウの一番上には『フォント』、『テキストカラー』、『三次元化』など、さらに別のタブが横に並んでおり、今は『フォント』の項目が選択されている。そのため、右側のウインドウには各種フォントで『あア亜』という文字が表示されている。


「そこが、テキストタブの中のフォントタブだ。ソフト内で使用するテキストのフォントを設定する項目だ」


 なるほど。


「それじゃあ、今度は何か適当なフォントを選んでみてくれ」


 こんな感じで進むのか。確かに、他の座学よりは楽しめそうだ。


 そう思いつつ俺は適当に、習字で書くような達筆の文字のフォントを選んだ。


「そうしたら、左の空間に適当に文字を書いてみてくれ。あんまり汚い言葉を書くなよ。全部見てるからな」


 一々脅してくるなあと思いながらも、俺は諺を書いてみる。


 『早起きは三文の徳』、と。


 すると、実際に書いた文字が選択したフォントで、灰色のウインドウの中に出現した。

 

 自分で書いた文章が、VRソフト上で好きなフォントで表示されるのか!


「選ぶフォントも、書く文字も、皆個性があって大変素晴らしい!こうやって灰色の中に文字を書くことで、VRソフトで吹き出しやテロップを自由に設定できるんだ」


 へえ、なかなか面白いな。個人の美的センスが問われるが、創作意欲を掻き立てられる授業だ。


 その後、グラフィックやサウンドなどで同じようなことをやり、最後に次週は『テキスト』について詳しく掘り下げる、という説明が入って授業が終わった。



 ※※※



「割と面白くなかったか、VRデベロップメント?」


「そうだよね!とってもクリエイティブで楽しかったよ」


「次週が楽しみですわね」


「他の授業より全然面白いな。校長の話も面白いし」


 その後、時は流れ…。


 帰りのホームルームが終わり、帰り支度をしながら、俺たち四人は雑談に興じる。


「特に、グラフィックなんかは無限の可能性があるよね!」


「ああ、どんなものでも自由自在に作れるからな」


 それがソフト開発の魅力だと思う。納期や注文に厳しい仕事ではない場合の話だが。


「授業でやったところはいつでも復習できますから、私は帰ってからもう一度やってみようと思いますわ」


「俺も、部活が終わったらいじってみようかな」


「早く自分だけのVRソフトを作ってみたいな。そのためにも頑張らないと!」


 三人とも大興奮だ。俺も、この授業は退屈しなさそうで助かったとしみじみ思う。


 そんなこんなを話しながら、俺は一階で、部活動のある三人と別れるのだった。



 ※※※



 さて、帰ってきたはいいが、今日はゲームの前にやらなくてはならないことが二つある。


 それが、バイトの面接と食品、日用品の買い出しだ。


 バイトの面接は、前もって今日の日付に予約してあった。麓のショッピングモールに併設されている書店の店員を希望している。


 また、日々の生活で足りなくなった食材や、トイレットペーパー、ティッシュといった生活必需品がすぐに足りなくなるので、週に一度の買い出しを面接のついでに済ませようという魂胆だ。


 というわけで、早速行くか。一度腰を下ろすと行きたくなくなってしまうからな。


「よし。これで第一印象はマシだな」


 俺は姿見で自分の様子をチェックする。特におかしいところはない、と。


「もうひと頑張りだ」


 確認を終えると、俺は必要な書類とエコバッグをトートバッグに詰め込んで部屋を出た。


 出発するときになって忘れ物がないか気になってしまうので、直前に必要なものを確認しながら用意した方がいいと思っている。


 まあそれは置いておいて、階段で一階に降り、寮の前に止まっている定期バスに乗り込む。


 バスには既に何人か乗っていた。ほとんどが桜杏高校の学生だ。


「あら、あなたは…」


「あ、紅絹先輩、こんにちは」


 なんと、一番前の席に座っていたのは同じ読書部の部員である紅絹先輩だった。


「あなたも、モールでお買い物?」


「はい。それとバイトの面接です」


「あら、どこのお店?」


「まんてん書店です」


「えっ!」


 まさか、この反応って…。


「私、今からそこにバイトしに行くんだけど…」


 今日は少し暑いせいか、冷房が効いていた。


 しかし中々に気まずい雰囲気によって、車内の空気が一層冷え込むのであった。

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