第十一話

[第十一話]


「しっかし、金曜日にやろうって約束したのに、こっちで会うなんてな」


「そうだな。まあ俺も昇たちもふらふらしてるから、こんなことになるだろうと思ってたが」


 水曜日の午後六時半。[Anotheworld]を遊んで三日目で、初めて友人と会った。


 たったそれだけなのに、心強く感じるのはなぜだろうか。


 こちらの昇は、現実より少し伸ばしたオレンジの髪をポニーテールにまとめており、中世的な顔立ちも相まって女性と見間違えそうな風貌をしている。そしてアイボリーの布の服の上に、こげ茶色の皮鎧をまとっており、腰には茶色の鞘が見える。


 俺とは違って、偉く立派な格好だな。


「狩りの方はどうだ?見たところソロでやってるっぽいけど、魔法使いで大丈夫なのか?」


「ああ、ちょこまか動いて何とかやってるよ」

 

 昇の世間話に、俺は正直に答える。


 本来の魔法使いの立ち回りとは違うみたいだが、今までは上手くやれている。


「じゃあ、ちょいと情報交換といこうぜ」


「ああ」


 高校で初めてできた友達だが、ゲーム内では初対面。失礼のないようにな。


 立ち話も何なので、酒場のようなところのカウンター席に移動し、俺たちは隣同士で座った。


「どうやら、水属性魔法は不遇ってやつらしい。攻撃力が低い代わりに、色々と応用が利く感じだな。正直、戦闘面では微妙と言ってもいい」


「なるほどなあ。ま、俺も剣士やってて、斬も突も効かない相手だと詰むから、人気職でも戦いやすさは変わらんよ」


 昇のキャラクターの名前は、ライズという。


 職業は剣士。これ以上なく分かりやすい近接攻撃職だ。斬属性の薙ぎ払い攻撃に突属性の突き攻撃を扱えるが、魔法を一切使えないのでやはりこの職もソロだと厳しいのかもしれない。一応は魔力を消費して使うスキルがあるが、魔法のように遠隔攻撃の手段は限られている。


「そうだ!トール、この後狩りに行かないか!?北部のロックゴーレム狩り!」


 しばらく装備やフィールドについて話していると、ライズが切り込んできた。


「ロックゴーレム?」


「ああ。北部は平原を少し進んだ先は荒れ地になっててな、そこに生息してるんだ。普段は岩に擬態しているが、近づくと立ち上がって襲いかかってくる。こいつは硬すぎて刃が通らなくてな。魔法、特に水属性が弱点だからトールにピッタリかと思って。どうだ?」


「もちろん、その話乗った」


 端的に説明してもらうと、俺は逡巡の素振りも見せずに即答する。


「でも、夜だろ。キャンユーフライは大丈夫なのか?」


「ああ。北部は比較的乾燥してるからな、そいつはいないぞ。代わりに、ブラッディモスキートってやつはいるけどな」


 俺は懸念点である恐ろしいハエの魔物について聞くと、ライズはもっと恐ろしい話を聞かせてきた。


「こいつがまた厄介でな。主食はもちろん血なんだが、こいつに刺されると激痛が走って、出血状態になる。徐々に体から血液が漏れ出していく最中、そいつは血だまりの中に卵を産むんだ。卵はすぐに孵って、あたりの血を吸いながら成長し、また襲いかかってくる。この繰り返しで、周囲は血まみれ蚊まみれに…」


「もういい、晩ご飯が食べられなくなる」


 全く、なんておぞましい話を聞かせるんだ。


 とにかく、ブラッディモスキートという魔物はその名の通り、血を吸うでかい蚊ということでいいんだな。


 ちなみに、出血状態は状態異常の一種だ。効果は、そのまんまだが出血が一定時間続くというもの。


 この状態異常に陥ると体力が徐々に削られるだけでなく、隠しステータスの体内血液量も減少する。これが減り続けるとさらに重篤な状態異常、失血に陥り、瞬く間に気絶、死に戻りする。


「まあ、夜が大丈夫そうなら一緒に行く。だがその前に、晩ご飯を食べさせてくれないか」


「オッケー。俺はログイン前に軽く済ませといたから、このまま準備しとくわ。また後でな」


「ああ、じゃあな」


 軽く別れを告げ、その場で俺だけログアウトする。


 さて、ぱぱっと晩御飯にしますか。


 今日の晩御飯は、ご飯とカキフライとわかめのお味噌汁だ。ご飯と総菜のカキフライを温め、その間にお味噌汁を作る。適当にカットした具材を入れ、豆腐とわかめに味噌の味がしみ込んだくらいの時間でお椀に盛り付ける。最後に、茶碗に盛ったご飯とパックのカキフライとともにテーブルに置く。


「いただきます」


 美味い。惣菜と言っても侮るなかれ。自分で作るより美味しい品目はごまんとある。自炊をメインにしているが、たまにはこういうのもいいな。



 ※※※



 晩ご飯を食べ終えて再びログインすると、ログアウト前と同じ席にライズが座っていた。


「なんだ、待っててくれたのか」


「いや、トールが食べ終わるだろうなって時間くらいに戻ってきた」


 なるほど、それはまた器用だな。


「じゃ、行くか。夜の北部平原ハンティングに!」


 ライズが小さくガッツポーズする。


 だがしかし、なんともネーミングが微妙だ。


「おー」


 俺も一応ノっておく。こういうのはノリが大事だ。


 気合いを入れた後、俺とライズは冒険者ギルドを出て、北に伸びる大通りを歩く。


 時刻は午後七時半すぎだが、通りは未だ活気にあふれている。やはり飲み屋が多いからだろうか。


 そのまま数分歩くと、南にあったような大きな門が見えてきた。


「ドークスさん、こんばんは」


「よお、坊主。またリザード狩りか」


 北門の手前にも詰め所があり、平原北部を監視、防衛する騎士団員が詰めているらしい。ドークスと呼ばれる男の人が出門する者を確認している。


「くれぐれもあいつらには気をつけろよ。ん、そっちのやつは…」


「はじめまして、トールと言います。水魔法使いやってます。よろしくお願いします」


「おう、面白そうなやつ連れてきたな。水魔法使いなんて」


 そんなに珍しいのか。


「水なら大歓迎だぞ。なんせ北部にいるほとんどの魔物に抜群の相性だからな。頑張れよ」


「はい」


 よかった。ここでは水属性魔法が重宝されそうだ。


 俺は短くお礼を言い、門をくぐる。


 門を出てすぐのフィールドは、一見南部とそう変わらなかった。一面に草が生い茂り、ところどころに丘があるだけだ。


 しかし、街を離れていくにつれ景色は変わっていった。


 足元の草は徐々に剥げていき、茶色の土と緑の草がマーブル状になっている。やがて完全に地面が茶色になると、周囲の雰囲気が一変する。


 これが、フィールドをまたいだということか。


「ようこそ、ランディール荒野へ」


 魔物を避けながら二十分ほど進んだだろうか。


 前を歩いていたライズが俺の方を振り向き、両手を広げて言った。


 ランディール荒野か。これまたかっこいい名前だな。


「早速狩ろうぜ、トール!」


「ああ」


 俺は適当に相槌を打ち、この場に不格好な赤色の枝を構える。


 隣では、ライズが銀色の刀身を鞘から引き抜く。


「合わせろよ」


「かっこつけんな」


 いいじゃないか。初めてのペア狩りなんだから。



 ※※※



「『アクア・ボール』」


 俺が魔法を放つと、ボンと気の抜けた音がしてゴーレムの顔に当たる。


 たったそれだけで、大きな岩の巨体がぐらつく。


「『アクア・ボール』」


 ふらついたところにもう一発。


 ガラガラと、元は体だった岩石たちが崩れていく。


 そして数秒の間隔を経て、岩があったところにアイテムが出現した。


「なあ、弱すぎないか?」


「トールの水魔法が相性良すぎるんだよ。剣士じゃこうはいかないぜ」


 ――レベルアップ:レベルが4に上がりました。


 お、レベルが上がった。体力が一上がって104に、魔力は二上がって107になった。


 キャラクターレベル、職業レベルともに、レベルが上がると体力、魔力が全回復する。


 といっても、全ての戦闘が終わってから経験値がもらえるので、変な使い方はできないがな。必要経験値も分からないようになっているし。


「レベルが上がったから、もっといけるぞ」


「こっちも上がったぞ。ガンガンいこうぜ!」


 荒野の地で狩りを始めて、早数十分。魔物との戦いを経験するうちに、色々と分かってきた。


 ランディール荒野には先ほど倒したロックゴーレムの他に、


「そっち行ったぞ」


「おうよ!『スラッシュ』!」


 ライズの使用したスキルによって両断されたロックリザードや、


「『アクア・ソード』」


 俺の魔法で両断された、おなじみのファングウルフなどの魔物が生息している。


 ロックリザードは、ロックゴーレムと同じく岩に擬態している夜行性のトカゲの魔物だ。昼間はじっとして動かないが、夜はカサカサと動き回って餌を探す。鋭い爪と固い皮膚が特徴らしいが、腹は柔らかく、水魔法の通りがいいのでゴーレムより楽な相手だ。


 ファングウルフの説明はもういいな。いつものだ。


「そろそろ帰らないか。魔力が半分を切った」


 特に大きなハプニングもなく、俺は魔力を半分ほど消費したところでライズに声をかける。


「了解、そこそこ狩れたな!」


 狩りの成果はロックゴーレムが7体、ロックリザードが5体ほど。いつものウルフは10体狩れた。


 しかし、アレが現れなくてよかった。


「いや、今こっちに向かってきてるぞ」


「俺の心の中と会話するな」


「顔に書いてあるからな。現れなくてよかったって」


 そうかい。


 俺は気にしてないふりをしつつ、顔をゴシゴシして表情をリセットしておく。


 なんて言い合っているうちに、来たようだ。


「お出ましだ」


 プ~~~ン。


 いつものモスキート音を響かせ、あの魔物がやってくる。


 四枚の羽根、縞模様の体。そして、大きく尖った口。


 ブラッディモスキートだ。


「『スラッシュ』!」


 先制攻撃とばかりに、ライズがスキルを唱える。


 しかし胴を狙った一閃は、ふらふらとした羽ばたきにより避けられてしまう。


 …今だ。


「『アクア・ボール』」


 パアンッ。


 一瞬の隙を突いて、放った水の球が蚊にヒットする。


 非常識なほどにでかい蚊の化け物は、衝撃に体を大きく揺らす。


「はああああっ!!」


 今度はその隙を突き、ライズが追撃を狙う。


 彼は剣を構えてかけ声を上げ、体をよじらせる。


 一撃。


 真横に放たれた斬撃が、モスキートの羽根と胴を断った。


「…倒した。刺されていないな、ライズ」


「ああ、大丈夫だ」


 刺されたらたちまち子世代が繁殖して手に負えなくなるので、無傷でよかった。


「じゃあ帰るか、トール。帰るまでが狩りの醍醐味だぞ?」


「ああ、分かってる」


 思わぬ襲撃があったが、俺もライズも軽口を叩き合うくらいには余裕だった。


 水魔法特効が思いのほか強力で、俺としては中々楽しい狩場だな。今度一人で来てみようか。



 ※※※



 さて、気を抜かずにちゃんと帰り、王都の中央広場に戻ってきた。


 初めてのチームプレーだったが、無事でよかった。


 不安だった連携面も、意外と悪くない。誰にも縛られずに一人で攻略するのもいいが、やはり前衛をしてくれる仲間がいる方がずっと安全安心だ。


「じゃあな、トール。また明日授業で」


「ああ、今日は楽しかったよ」


「俺もな」


 俺は挨拶もそこそこに、噴水前でライズと別れる。


 今日はこれくらいにしようか。ホテルに泊まってログアウトしよう。


 といっても所持タメルがないので、冒険者ギルドで素材を売りにいかないといけない。


「こんばんは、トール様」


 冒険者ギルドの敷居をまたぐとクリステラさんがいたので、彼女の窓口に並ぶ。


 そして俺の番がやってくると、彼女はにこりともせずに応対してくれた。


「素材を売却したいのですが」


「かしこまりました。こちらに素材を入れてください」


 彼女がそう言うと、目の前にウインドウが現れる。


 四角いマス目上のボックスだ。ここにアイテムをドロップすればいいのか?


 初めてのことで使用感が分かっていない俺は、とりあえずグリーンラビットやウルフファング、ロックゴーレムやロックリザードの素材を放り込んだ。


「こちらでよろしいですか?」


「はい」


「ありがとうございました。売却額は5600タメルになります」


「ありがとうございます」


 事務的なクリステラさんの進行を聞きつつ、感謝を述べてタメルを受け取る。


 だいぶいい値段になったな。


 重ねてお礼を言い、冒険者ギルドを後にした。


 最後にホテルハミングバードに宿泊して終わりにしよう。


「こんばんは、トール様」


「こんばんは」


「ご宿泊ですか?」


「はい、一階で」


「では、五百タメルになります」


 昨日と同じように、王都店に泊まりますか、というウインドウが出てくるので『はい』を押す。


「確かに頂きました。お部屋へはあちらのドアからご入室できます」


 その上やっぱり同じように、ドアに案内された。


 夜も遅く、周りに人があまりいないのにもかかわらず、音が気になる俺はそーっと開けて中に入る。


 すると、昨日見たのと同じ内装をした洋風の部屋が現れる。


 ここに来るとなぜか安心するな。


 俺は杖をサイドテーブルに放ってベッド前に立ち、『眠りにつきますか?』というウインドウに『はい』と答えて寝転ぶ。


「ふう」


 明日は何をしようか?『あれ』は十分に育ってきただろうか?そろそろ調薬を触ってみようか?


 そんなことを考えながら、俺はゲームからログアウトするのだった。

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