第九話
[第九話]
図書室に入ると、すぐ左の受付に男性が座っていた。椅子に座って本を読んでいる。
「………」
てっきり応対をしてくれるものと思っていたが、彼はページの上から目を離さない。
俺は入口に一歩入ったまま、突っ立っていると右側のテーブルから声が飛んできた。
「入口では特に何もしないから、入ってきていいよお」
気だるげな声は、吾妻部長のものだった。彼女はまた寝ていたのか、大きく伸びをしてこちらを横目で見ている。
その隣では、本多副部長がタブレットをいじっている。
さらに二人の対面には、読書部員らしき三人の先輩が座っていた。全員女性だ。
中央にいる眼鏡をかけた先輩は、右のふわふわな髪のショートカットの先輩と喋っている。左のロングヘア―の先輩は右手でヘアゴムをいじりながら、左手でタッチペンを持って首をせわしなく左右に動かしながらタブレットに書き込んでいる。
机の周りには、彼らの座っている席以外にもう三つの空席がある。部長に手招きされつつ、俺は奥の席、ふわふわショート先輩の隣に座った。
「こんにちは。うちは
ふわふわショート先輩、あすかさんはかわい子ぶって自己紹介してきた。
彼女の頭髪はミントグリーンに染められているが、だいぶ時間が経っているのか頭頂部付近の髪が黒い。それに、まだ四月だというのに、二の腕まで見える薄ピンクのカットソーにデニムのショートパンツという、目のやり場に困る服装をしている。第一印象としては、結構チャラい感じの人だ。
「ちょっとあすか!コレって何よ!……って一年生には恐いわよね。気軽に紅絹って呼んで?(はあと)」
中央に座る眼鏡の先輩、紅絹先輩はセミロングの黒髪をしており、ボーダーの長袖トップスと茶色のロングスカートという出で立ちだ。黒い眼鏡もとっても似合っており、清楚で落ち着いた女性という印象が感じられるが、喋ると残念な性格が垣間見える。
「きっっっつ!!!」
「うっさいわねっ!タメにはボロ出てるんだからしょうがないでしょ!……って冴姫!こんなところまで書かなくていいの!」
「私は
冴姫さんというロングヘア―の先輩は、口を動かしている間にもメモを取っている。カラスの濡れ羽色というのか、漆黒の艶のある髪をだらりと垂らしている。胸元にリボンがあしらわれた紺のワンピースを身に着けている。クールな顔立ちが魅力的な先輩で、寡黙なところが雫さんみたいだ。
「無視すんな!」
「ちょっと紅絹、後輩クンが置いてけぼりでしょ。ダメじゃないべらべら喋っちゃ。だからモテないのよ」
「は?あすかも男作ってはフラれてばっかだろ!なんだその髪、野草かよ!」
「あ?」
「二人とも、透くんがポカンとしているぞ。冴姫も止めてやれよ」
「面白いから遠慮しておく」
「ZZZ。野草かよぉ……。ZZZ」
俺は目の前の光景に、開いた口がふさがらなかった。
勝手に口論して勝手にヒートアップするあすかさんと紅絹さん。それを横目に見つつペンを走らせる冴姫さん。そして、二人をなだめる本多副部長に腕を組んで二度寝を決め込む吾妻部長。
まさに地獄絵図だった。
濃いメンツだなあ、読書部って。それとも、全国の読書部がこんな感じなのか?
あわや取っ組み合いになろうかという二人をあやし、部長を乱暴に揺さぶって起こした副部長が俺に紹介を促す。
「じゃあ、透くん。全員集まったらもう一度やるんだが、今いる人に向けて軽く自己紹介してくれないか?」
「分かりました。一年二組の柊透って言います。よろしくお願いします」
俺は立ち上がり、周りの先輩方を見回しながら自己紹介をした。
それに対し周囲の先輩たちは、
「ふぁああああ~~ああ」
「いろいろ苦労をかけるが、よろしく頼む」
「まじめでいい子ちゃんそ~」
「顔は普通だけど、なかなかのタイプ!」
「私は声が好き。泰史の十倍良い」
といった反応だった。
まともな返しが副部長しかないとは。先輩トリオは男として見てくるし、部長に至っては大あくびだ。
「おい、なんか言ったか冴姫。俺の声がどうたらって」
「別に何でもない」
「本多は自分の声がコンプレックスなんだ。よくボイストレーナーが出してる、『良い声の出し方』っていう動画をこっそり見ているのを、私は知っている」
吾妻部長が手を口に当て、斜め前の俺に囁く。
「聞こえてるぞ。普段寝てばっかりなのに、どうしてそういうことは知ってるんだ!」
「私の気持ち良い眠りを妨げた罰だ。次はあのことを言うぞ?」
「脅しても無駄だ。何度でも起こし続けるからな」
副部長の気苦労は絶えないようだった。いやはや、女子の先輩は凄まじいな。もしや、うちのクラスの静もこれくらいの個性があるのかもしれない。
俺は先輩たちのやいのやいのを傍観しつつ、向こうのテーブルで集まっている執筆部よりうるさいんじゃないかと思い始めていると、不意に図書室の扉が開いた。
「こんにちはぁ」
現れたのは、一昨日体験会のときに入口ですれ違った女子だった。
黒のショートカットで、長めの前髪を赤いヘアピンで留めている。黒いカーディガンの下には薄手の白いセーターを着ており、下は膝丈ほどの花柄のフレアスカートだ。
少し不安げのある表情で入室した彼女に向かい、部長が言う。
「要さん、入ってきていいよお」
要と呼ばれた彼女は、おずおずとこちらのテーブルに近づいてきた。
「こちら、本多副部長と一昨日いなかった読書部の皆さん、それと一年生」
「副部長の本多泰史だ」
「神薙あすかで~す」
「織内紅絹で~す(はあと)」
「倉持冴姫。よろしく」
「二組の柊透っていいます」
俺を含めて五人があいさつする。
それを聞いた石垣さんは、
「三組の
と自己紹介を返し、空いている手前の二席のうち、左側に座った。
「さて、あと一人なんだが……」
「語尾に(はあと)付けるのやめろ、気色悪いから」「野草が崇高なあいさつに口出しすんじゃねえよ!」というあすかさんと紅絹さんのやり取りを無視し、本多副部長がそう漏らす。
確かに、八つある席の一つだけが未だに空席だ。
「すいません!遅れました!」
そろそろ来てくれないとこの場がもたないと思っていたところで、引き戸が思い切り開け放たれた。
入口には、一人の背の高いイケメンが立っていた。
「やっと来たね。勇也くん」
「すいません、先生の手伝いをしていたので」
勇也と呼ばれた青年は顔立ちと発する雰囲気から、ずいぶんと人のよさそうな性格に見える。薄く茶の入った黒髪は短く、一部寝相が残っている。が、上は薄水色の長袖タートルネックシャツ、下は黒のチノパンと、かなりのオシャレだ。
「これで全員揃ったな。それじゃあ始めよう」
ホッと胸をなでおろした本多副部長はタブレットを操作し、天井からスクリーンを下ろした。プロジェクターで映し出された画面には、『第ー回 読書部 ミーティング』と太字のフォントで書かれている。
「それではこれから、第一回、読書部のミーティングを始める。進行は、副部長の本多泰史が務める。よろしく頼む」
既に疲れた様子で、副部長が仕切る。
「まずは自己紹介だな。勇也以外は軽くしてもらったが、次は詳しくやってもらう」
彼が画面を切り替えると、一番上に『自己紹介』、その下に所属クラス、趣味、好きな本のジャンル、入部した理由といった項目が並んでいる。
「では、俺から。俺は
「はあい。次は部長の私から。私は
「次はあたしかな。二年二組の神薙あすか《かんなぎあすか》で~す。趣味はウインドウショッピング。ゲームも好きで、[AnotherWorld]にもどっぷりはまってま~す。好きな本はホラー、スプラッタ小説で、深夜に電気を消した部屋で読むのが気に入ってます。入部理由は中学でも読書部だったから、ノリで入りました~。次は万年彼氏なしの紅絹で~す」
「うっせあすか!!勇也クンに変な目で見られるだろうがっ!!……こほんっ。私は同じく二組の
「
ドクターストップ!突っ込みどころが多すぎる。
まず、副部長の本多先輩。身長も高いしがっちりした体つきだから、何かスポーツをしていたのではと思ってたけど、野球だったか。今も癖の強い部員たちをまとめているし、相当面倒見が良かったんだろうな。意外だったのが、料理とかSF小説に精通しているところだ。俺も作れる料理の幅を広げたいし、今度聞いてみよう。
次に、部長の吾妻先輩。去年のビブリオコンクールで片鱗を見せていたが、まさか父親が作家さんだったなんて。もしかして聞いたことがある名前かもしれないから、後で尋ねてみよう。あと、俺も本多先輩の料理食べたい。
続いて、やそ、あすかさん。語尾が変な感じに伸びるのは口癖でいいとして、ホラー、スプラッタ小説が好きだとは。人は見かけによらないというが、見た目からアウトドアなイメージを抱いていたから結構びっくりしたな。息をするように紅絹さんをおちょくるのはもう慣れた。
紅絹さんは………いいかな。
最後に冴姫さん。一番強烈だった。日常の中にカップリングを見出すってなんだ?ちょっとよく分からないな。よく分からないが、佳乃×泰史には賛成です。紅絹×あすかはうるさいので勘弁してください。あと、しれっと好きな異性のタイプをテンプレートに追加してくるのはやめてください。
「ところどころ物申したいところがあるが、もういい。こんな感じでいいから、一年生たちもよろしく頼む。……じゃあ、来た順で透くんから」
「はい」
先輩方は誰も立ってなかったが、俺はその場に立ち上がって話し始める。
「一年二組の柊透といいます。隣町の中学から来ました。趣味はゲームをやることとニュースを見ること、映画鑑賞です。好きな本は推理、ホラー小説、漫画です。去年のビブリオコンクールを見て、自分もやってみたいと思って入部しました。好きな女性のタイプは、年上で包容力があってスタイルの良い方です」
「い、
「一組の
俺が着席した後も、続々と(二名)自己紹介が続いた。
俺が出身を言ったので、二人も言う流れになってしまった。
石垣さんは人見知りするタイプのようで、立ち上がってもおどおどしながら話していた。吾妻部長みたいに、本を読むこと自体が好きなようだ。
関原くんは何というか、元気だったな。理由を聞いても何で読書部にしたのかという疑問が残る。あとミキとハナサキって誰だ?
同期だし、これから二人とは仲良くしていきたいな。
と、俺はしみじみ思っていると、本多副部長が再び話し始める。
「よし!皆ありがとう、これからよろしく。それでは続いて、週に一回、水曜日に発表練習をするグループを分けようと思う。詳細はこのスライドを見てくれ」
副部長がタブレットの画面をタップすると、スクリーンが切り替わる。
上部のタイトルが『グループ分け』、その下に、『ローテーションで週に二~三人、読んだ本の発表練習を行う。発表は分かりやすく丁寧に、スライドで十枚程度。内容のあらましや感想を発表する。一人の発表が終わるごとにディスカッションの時間を十分とる。十一月に開催される”全日本高校生ビブリオコンクール”に向けて頑張ろう!』と書いてある。
「八人だから三グループで考えている。三人が二グループ、二人が一グループという感じだな。俺と吾妻の二人、神薙、織内、倉持の三人、一年生の三人が分かれるとして、三人がいいとか、二人がいいって人はいるか?」
しーん。まあいないよな。
「いない、と。じゃあ、コレで決めるか」
本多先輩はそう言うと、視線を下に落とし、タブレットの操作を始める。何回かタップをした後に、軽快なBGMが流れてきた。
「コレはくじ引きアプリだ。一回タップするとA、B、C三つの抽選が始まり、もう一度タップすると三つのうちのどれかに選ばれるぞ。こんな感じでな」
彼はそう言いながら、画面をこちらに向けてきた。画面には、黒の大きな字でアルファベットの『A』が表示されている。
副部長は画面をこちらに見せたまま一回液晶に触れると、スロットのようにA、B、Cの文字が目まぐるしく変化し始めた。続けてもう一度触れると、スロットの回転が徐々に収まり、やがて完全に止まった。画面には『B』と表示されている。
「俺はBチームだ。タブレットを回していくから、これをやって一人ずつ決めてくれ」
VR技術の発達した現代にあるまじき、なんとも古典的な手法だが、これが一番分かりやすいし、手っ取り早い。
俺たちは反時計回りにくじ引きを引いて、チーム分けを行った。チームは次のようになった。
〇Aチーム:吾妻部長、あすかさん、俺
〇Bチーム:本多副部長、紅絹さん、関原くん
〇Cチーム:冴姫さん、石垣さん
「次はローテーションの順番なんだが、A、B、Cの順でいいか?それとも、もう一回くじを引くか?」
「別にいいんじゃないか、それで。早く終わろうよ」
きっちり話を進めていく副部長に、小さなあくびを漏らして部長が口を挟む。
もしかして、この後も寝るつもりか?
「まあ、それでいいか。それでは、来週の四月十日、今日集まってもらった時間くらいから、吾妻、神薙、透くんの発表練習を始めたいと思う。図書室にある本でも、電子書籍でも、書店で買ったのでもいいから、何か一冊読んできてスライドを作ってきてくれ」
「はいよ」
「りょうか~い」
「分かりました」
「以上で、第一回、読書部のミーティングを終わる。何か質問はあるか?」
「はいっ!はいはいっ!」
「……ないな。では、これにて解散ということで。そうだ。一年生に言っておくと、読書部は読書の習慣を身に着け、他者に本を読むことの素晴らしさを伝えるための部活動だ。図書室にこもって読書を強制することはしないから、放課後は無理に残る必要はないぞ」
「はい」
「は、はい…」
「はい!」
「勇也くんにとってぇ、私って明るくてぇ、元気な女性に見えますかぁー?」
「じゃあ俺!二人を待たせてるので失礼します!」
紅絹×勇也はないな。副部長の無視した進行すら無視し、大声でみっともないアプローチを仕掛けた紅絹さんに気付かぬまま、図書室を飛び出した関原くんの背中を見ながら、俺は誠に勝手ながら太鼓判を押さざるを得ないのであった。
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