第1話 百花の少女達 1
『百花乱舞』は、〇〇が提供していたタワーディフェンス型SRPG。ゲーム内課金あり。1周年で運営が□□に移動し、2周年でサービス終了となった。
ウィ〇〇ディアならそんな風に紹介されるであろう、よくあるソシャゲの一つ。ガチャを回してキャラクターのカードを集め、レベルアップや強化アイテムで強くして、バトルを勝ち進んでいくことでストーリーが進む。
わりとキャラが可愛くて登場時に話題になったが、よくあるゲームシステムと日常系ストーリーですぐに埋もれ、別会社に売却された後はテコ入れのつもりか鬱シリアスなストーリーでさらに客離れを加速させてサ終という、なんともいえない経歴を持つゲームである。
私は課金せずにログインボーナスとイベントアイテムで遊ぶいわゆるライトユーザーだったが、それほど多くもない二次創作を漁り、ファンアートにいいねを付けて回るくらいにはハマっていた。サ終の日にはゲームを起動してはサーバエラーの表示を見て落ち込むという、ちょっと気持ち悪いことをしていたのを覚えている。
ゲームの舞台は近代くらいのファンタジーな女子校アカメデイア。学校に突然現れた、この世界の理を外れた存在とそれが巻き起こす出来事。それをまとめてExtraordinary Incidents caused by Extraordinary Beings、長いのでエクストラと呼んでいる。襲いかかってきたエクストラから訳も分からず必死で逃げる生徒。追い詰められもうダメだ、という時に突然自分の内側から聞こえた『受け入れよ』という声。それを受け入れた少女──アクセプタントに与えられた武器と力だけが、エクストラに対抗できる。運命に翻弄される少女たちが傷つき悩みながらも成長していくのが、当初のメインストーリーだ。
メインストーリーの他にもイベントストーリーが月2回ほど投入され、イベント配布SRでもそこそこ遊べる親切仕様。戦闘は配置を決めれば後はほぼオートでカードスキル発動のタイミングを考えればいいくらい。まあヌルゲーである。イベント上位を狙うとかどうしても欲しいSSRがあるとかでなければ、課金する必要がない。
メインキャラは7人で、それぞれにイメージカラーがあったり能力や武器が違ったりするのはだいたいのゲームと一緒だ。私の推しキャラはサクラ。ピンクがイメージカラーの妹系回復魔法使いで、武器は杖。おどおどしていて引っ込み思案、優しい性格というのが公式の説明だ。
ちなみにこのサクラ、ゲームでは役に立たない。ゲームシステム上スキルの発動は時間経過と敵の撃破によって貯まるスキルポイントに依存するのだが、回復魔法は発動に必要なスキルポイントが高い。そしてサクラの武器は杖。近接攻撃しかできない。攻撃力も防御力も低い魔法使いのサクラは基本後衛に回るので、敵を倒してスキルポイントを稼ぐことができない。純粋に時間経過でスキルを発動しようとするとだいたいその前に戦闘終了になるし、ダメージとスキルポイントは次の戦闘時にはリセットされる。つまりボス戦以外では後方で突っ立っているしかできない。ボス戦でもどっちかというと火力で押して早く潰したほうが楽にクリアできる。アイテムでスキルポイントをブーストすることもできるが、そこまでして使うほどか?というキャラなのだ。
メインが7人しかいないのに、サクラはネットではハズレキャラとかいらない子扱いされていた。イベントSRがサクラだと開始前から「あー終わったわ」とか言われる、不遇な子。それが私に刺さった。深く刺さった。ちょうど社会人になりたてで、パワハラギリギリの扱いを受けていた自分の姿と重なったのかもしれない。そんなこと言うなよ。この子にも良い所がたくさんあるよ。絶対伸び代あるよ。そんな気持ちで、意地でもサクラを出撃制限数の4人の中に入れていた。
私の脳内では、サクラは気弱で怖がりで、でも絶対逃げずに立ち向かう強さを持った子に勝手に変換されていった。ストーリーの行間を勝手に読んでうんうん頷いているという厄介ファンみたいになっている自覚はあったが、好きになったのだから仕方ないのだ。
サ終してからも、『百花乱舞』は私のスマホにお守りみたいに入り続けていた。起動してもサーバエラーの表示が出るだけだけど、落ち込んだ時になんとなくポチッと押してみる。それで少し寂しくなって、少し力がもらえる。
あの日も、ちょっと落ち込んでいて『百花乱舞』をタップしたのだ。いつもの真っ暗な画面から、サーバエラーを告げるメッセージウィンドウを待つ。
「百花乱舞」
少し甘い、幼い声が響く。サクラだ。ゲーム起動時のタイトルコール。え、何で?と思っている間に、視界がぐわんと歪む。足元から地面が消えて、ふわっと体が宙に浮く。貧血で倒れるヤバい、というのが、私の覚えている最後の思考だ。
──そして今、私はサクラとしてここにいる。
「…いやいやおかしいでしょ!?」
口から飛び出すツッコミはサクラの声だ。窓の外はすっかり夕暮れ色に変わり、虫の声が聞こえてくる。数時間は寝ていたようで、肉体的にはスッキリしている。頭の中はグチャグチャだが。
…よーし落ち着いて状況を整理してみよう。
まずここ。少なくとも私の部屋じゃない。煉瓦造りの部屋に木製の家具の組み合わせは、ゲームのストーリー背景でよく見た『寮の部屋』だ。
着ている服。ゲームのデフォルト立ち絵の、アカメデイアの制服だ。紫紺に白緑の線の入った、ブレザータイプの制服。上着はさっきと同じく椅子の背に掛けてある。
小さな手。華奢な腕。細い足。わりと肉体労働の立ち仕事だった私の体とは似ても似つかない。
鏡に映る顔。ピンク色のサラサラヘアーに桃色の瞳。小さな可愛らしい唇。誰この美少女。いやサクラだけど。
私は『百花乱舞』のサクラで?ここは『百花乱舞』の世界で?私はサクラとして生まれ変わった?とか?
病院の白いベッドの上で妄想に沈み、焦点の合わない目でぐふぐふ笑っている自分の姿が思い浮かんで全身が粟立つ。え、私ってそこまで追い詰められてた?いや冷静に突っ込めてるならイっちゃったわけじゃないよね?
まとまらない考えに頭を抱えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「サクラ、入ってもいい?」
遠慮がちな、聞き覚えのある声がする。
長い黒髪を靡かせ、敵を薙ぎ払う姿が浮かぶ。紫の瞳は鋭く細められ、得物の薙刀は氷の軌跡を描く。ログインボーナスを溜め込んで回したガチャで手に入れたSSRのイラストだ。
「サクラ?まだ寝てる?」
「ううん、入って」
答えると、ゆっくりドアが開いた。廊下はもう灯りが点いているようで、薄暗い室内に柔らかい光が入ってくる。
少し躊躇いがちに入ってきたのは、SSRと同じカラーリングの、でも眼を伏せて落ち込んだ様子の少女だった。アカメデイアの制服をきっちりと着込んでいる。
「どうしたの、アヤメ」
私の口から、自然に言葉が出た。
アヤメ。『百花乱舞』のメインキャラの一人。
どうやら間違いなくここは、『百花乱舞』の世界らしい。
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