第2話
男の先導でさっき来た階段を下り、長い廊下を引き返す。
男はオステロという名前だそうだ。私が最初にいた部屋は、オステロの秘密の研究室だったらしい。あれだね、玉座で見えない裏側とか調べると隠し通路があるって基本だね。ここに来た勇者?は倒した魔王のドロップアイテムで満足して帰ったっぽいけど。
研究室に着くと、オステロは床の模様を調べ始めた。事情が分かってくると、これが魔法陣なんだろうなと理解できる。
「…やはりこの術式は未完成です、我が主。少なくとも私めの力では召喚の儀は完成しなかったものと」
「何がどうなったのか、少しでも分からない?」
「誠に申し訳ございませんが、ここに残る魔力の残滓は全く未知のもの。私めの知識ではお役に立てませぬ」
「…まじかー」
どうしよう。帰れないのは困る。女子高生バスツアーで行方不明とか報道されたら恥ずかしくてもう学校行けない。いや学校にまた行けるのかも分からんけど。
「何か、他にない?その、魔法に詳しい人とか帰る方法知ってそうな人とか」
「魔法に関しては私めの右に出る者は居ないと自負しておりますが…帰る方法という点につきましては、心当たりがございます」
あるんか。
「じゃあ…」
「ただし、すぐに準備できるというものでもございません。少々お時間をいただきたく存じます。また、我が主の御力添えをいただきたく」
「あー、その我が主、ってのもやめてほしい。なんか気持ち悪い」
「ではどのように致しましょうか?」
「…飛鳥で。名前で呼ばれる方がまだマシ」
「ではアスカ様。準備が整いますまで、ゆっくりとお寛ぎください。少々荒らされてはおりますが、我が王国はアスカ様を歓迎致します」
オステロが大仰な礼をとる。とりあえず、今日は帰れないらしい。深い、深い溜め息が私の口から漏れていく。なんかもう頭の中はぐちゃぐちゃだけど。
「じゃあまず、靴もらえる?」
ひとまず足が冷たいのは解消したい。
所々に戦闘の跡が残る城内を案内され、客間と思しき部屋に通される。ソファに膝を抱えて座っていると、着替え一式を持ったメイド服の女の子が入ってきた。
「父からアスカ様の身の回りのお世話をするよう命じられました。エミリアと申します。よろしくお願いいたします」
父から…ということは、オステロの娘?明るい茶色の髪に赤茶色の瞳、ミルクティーっぽい肌色のかわいい子だ。とてもあの灰色白髪のおっさんの血筋とは思えない。エミリアはぱっと見小学生くらいに見えるけど、オステロって何歳なんだ?
持ってきてくれた着替えは黒のゴテゴテしたドレスに少しヒールのある黒い靴。靴はともかくドレスはいらない。
「とりあえず靴だけもらうね。あとはいいや」
「こちらに着替えていただき夕食を共にしたい、と父が申しておりましたが」
「…」
夕食を共に、って何?これ着なきゃダメなの?ここお城だし晩餐会的なやつでドレスコードがあるとか?
考えるのも疲れてきたので、エミリアに任せて着替えることにする。ドレスなんてたぶん保育園のイベントか何かで着て以来だ。何枚も布を重ねてレースで盛りまくっているのに軽い。そしてドレスも靴もぴったりだった。
「すごいね、体にフィットする魔法とか?」
「父が幻視したお姿に合わせて用意させていたものでございます」
「え、怖」
素で声が出てしまった。いやちょっと夢で見た女の子に合わせてドレス作ってて、しかもそれがぴったりって怖すぎる。ぶわーっと鳥肌立った。すぐにでも脱ぎたいけど、着付けてくれたエミリアの手前それもしにくい。
着替えが終わるとエミリアの先導でまた城内を移動する。柱の合間から見える空が夕闇に染まってきている。さっきから地面というか他の建物を見ていない気がするけど、このお城ってかなり高い所にあるんだろうか。
何度か廊下を折れ、階段を下りたり上ったりしたが誰ともすれ違わない。ここに来てから見たのはオステロとエミリアだけだ。
「ここってあんまり人がいないの?」
「城の運営は父のゴーレムと召喚獣で賄っておりましたので元々人は少なかったのですが、先程の敵襲で全員逃げ出したようですね。ゴーレム達もかなりの数が破壊されてしまいました」
そういえば魔術研究ばかりしている王様だったね。ゴーレム達、雑魚モンスターよろしく狩られてしまったか。
吊り橋みたいのを渡って扉を潜ると、ようやく目的地のようだった。真新しいローブに身を包んだオステロが恭しく頭を下げる。
「改めて、心より歓迎申し上げます。我が天空城へようこそ、アスカ様」
「えーと、はい」
天空城…てことは山のてっぺんとか?どうりで外に空しか見えないわけだ。
「それではアスカ様、大変不躾ではございますがこちらに手を」
オステロに言われるまま、台座に置かれた水晶玉みたいな物に手をかざす。と、また私からぶわっと光が溢れ出した。なんかもういちいち驚かない自分がいる。順応早いな私。
「おお…」
オステロが感極まったような声を上げる。何かすごいことをしているっぽいが、何をしているのか全く分からない。
「素晴らしい。これほどの魔力を惜しげもなく行使できるとは、さすがは救世主」
「世界を滅ぼす力…」
オステロの賛辞の裏でエミリアが物騒なことを呟いた気がするんだけど。問いただそうと口を開く前に、地面が大きく揺れた。
「うわっ?」
「さあ参りましょうアスカ様、いざ聖都へ!」
「何!?ちょっと説明して」
「これが黙示録の破壊神…」
勝手に盛り上がるオステロと物騒なことしか言わないエミリアに挟まれていると、正面の壁が白く光り、映像が映し出された。夕闇に沈む大地と、まばらに星が浮かぶ空。そして空を裂き進む城塞。ご丁寧にカメラはぐるっと城を周り、ぐっとパンしてこの部屋の像を結ぶ。
…つまりあれだ、私の魔力で天空城が文字通り天空城として動き出して空を飛び始めた、と。いやあのカメラ誰視点よ。
「アスカ様、聖都到着は夜明け頃となりましょう。晩餐を用意しておりますので、どうぞこちらへ」
「……」
いちいち気にしてもどうにもならなそうな状況に、私は考えるのをやめた。
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