くじ運がいい人生(エッセイ・日記)
清水らくは
くじ運がいいということ
私はくじ運がいい。
子供の頃から、小さな雑誌の懸賞などで色々貰ってきたし、地元の商店街でガラガラを回してもはずればかりを引くということはなかった。ただ、そんなもの、と思っていたので自分がくじ運がいいことには気づいていなかった。
さすがにロト6で1万円以上当たるとラッキーと思うのだが、しかし100万円当たるほど運は良くない。そういえば何にしても1等というのは当たったことがない気がする。そうなると運が良いと思うよりも、「もっと運が良ければなあ」と考えてしまう。人間は欲深い。
いつから始まったが知らないが、コンビニには一定額以上買うとくじ引きできるキャンペーンがある。で、実は数年前私は大変驚いた。「これってはずれがあるんだ……」十数回続けて何かもらえていたため、必ず何かもらえると思っているのだ。周囲に聞き取り調査した結果、やはり私のコンビニくじ運は大変良いようである。ちなみに本日はレッドブルが当たった。
いいことばかりのようだが、そうとも言い切れない。以前大学の学科コンパで、くじ引きで席を決めたことがあった。で、番号の席を探すが見つからない。幹事が席を用意し忘れていたのである。どうしたものかと思っていたら、事務のおばさんが手招きして向かいに呼んでくれた。話はこれで終わらない。約半年後、再び学科コンパが開催され、くじを引くことに。そこでなんと……再び席がなかったのである! 二回とも私が引いた数字だけ準備が失念されており、同じ人が当たる確率は300分の1ぐらいになる。そもそもコンパで席が用意されていない確率まで考えると……
くじ運がいいということは、当たりたくないものにも当たってしまうということであるようだ。倫理学において「くじ引きで選ばれた1人を犠牲にして臓器移植し、10人が長生きできる社会は肯定されるか」(サバイバル・ロッタリー)という思考実験があるのだが、私はどうしても「多分くじで当たり引くからいやだ」と考えてしまうのである。
と、ここまで書いておいてなんだけれど、「くじ運」って本当にあるんだろうか。
初出 note(2014)https://note.com/rakuha/n/n2468cb9755a0
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