第9話 刑事は休日を探偵のように過ごす


 俺の本名は朧川六文だが、署内では「カロン」と呼ばれている。


 カロンと言うのはギリシャ神話に出てくる三途の川の渡し守の名だ。なぜ俺がそんな不吉な通称で呼ばれているかと言うと、俺が「殺されても死なない」刑事だからだ。


 実際、俺は何度となく銃撃で蜂の巣にされたりナイフでめった刺しにされたりしているが、本当の意味で「死んだ」ことはない。


 これは体質の問題でも運不運の問題でもなく、俺が死神と交わした「契約」のためだ。


 契約の具体的な内容は、こうだ。俺は不死身にさせてもらう代わりに、現世に漂う浮かばれぬ魂を死神に委ね成仏の手助けをする。成仏させた魂の数が一定数を超えることで、俺は死神に預けてある本当の魂を取り戻すことができるというわけだ。


 俺の身体には『フェイクソウル』という偽の魂が入っており、時々エネルギーをチャージしないと本当に死んでしまい二度と生き返ることはない。

 エネルギーは夢に出てくる大量のろうそくに火を灯すことで補充され、死神を呼びだして霊力を行使すると減ってゆく。


 霊力は夜の方が強く、逆に日中は夜間より消費速度が速い。消費の度合いは俺の右手首に現れ、満タンだと手首が真っ黒になる。エネルギーが減るにつれて手首は白くなり、ゼロになる真っ白になり俺はめでたく成仏する、というわけだ。


 こんな因果な体質になってからというもの、俺はあの世からやってくる者たち――亡者の気配を敏感に察することができるようになった。亡者が取りついている人間は目が赤く光ったり、背後から白や黒のもやが染み出て来たりするのだ。


 俺に取りついている死神は諸君にもなじみが深いであろう、骸骨の姿をしている。死神は霊的物質である大鎌を初めとして、さまざまな攻撃用の武器を持っている。

 現実の人間に危害を加えることこそできないが、敵の霊的攻撃を防いだり、人間に取りついている悪霊や魔獣を切ったり燃やしたりすることは可能だ。


 ちなみに俺の同僚であるポッコこと河原崎沙衣には鳩の霊が、ケン坊ことケヴィン犬塚にはコヨーテの霊がそれぞれ「憑いて」おり、自分の宿主を霊的攻撃から守っている。


 もし諸君が刑事と出会い、背後に大鎌を持った骸骨が見えたら、その人間は死神と契約した「死なない刑事」だと思って間違いない。


 もちろん、死神が見えたということは亡者に取りつかれている可能性もあるわけで、その場合は遠慮なく憑いている霊を切ったり燃やしたりさせてもらうことになるのだが……


 諸君が今度刑事と称する人物と会ったら、背後をよく見てみて欲しい。もしかしたらそいつは日々冥界の亡者どもと死闘を繰り広げている哀しき「不死の刑事」かもしれない。


                   ※


 ――そろそろ夕方だな。


 繁華街にあるコンビニの駐車場で、俺は建物の影に身を潜めながらいかにも外回りの途中だというように携帯の画面を操作した。


 俺は視界の隅に『ぽぴーしーど』の裏口を入れつつ、『子供使い』が出てくる瞬間を逃すまいと全神経を通りの向こうに注いだ。


 俺が一課のやつらに例の餓鬼どもの情報を聞いて回ったところ、わかったのは奴らのボスと『ぽぴいしーど』のオーナーが同一人物であるという驚くべき事実だった。


 ――チンピラのボスが飲食店のオーナーか。こうなったらそいつの居場所をつきとめて、『子供使い』にどういう指示を出していたのかをつきとめてやる。


 俺がよれよれのコートに太いフレームの眼鏡、野暮ったいブリーフケースという格好に身を包んでいるのは、どうにかして営業中のサラリーマンに見てもらおうという苦肉の策だった。


 俺を襲った半グレたちはどうやらSNSのみで繋がっているらしく、各グループのリーダーですらボスの居場所を知らない可能性があるという。だとすれば少々、危険を冒してでも『子供使い』の後をつけるしかない。


 本来、刑事というのはよほどの事情が無い限り単独捜査はしないものだが、万が一、あの凶暴な餓鬼どもが現れたら沙衣やケヴィンがいるとかえって危険が増えてしまう。


 俺はあれこれ考えた挙句、非番を利用して独自の行動をとることを決めたのだった。


 『ぽぴいしーど』の裏口から人影らしきものが現れたのは、俺がまるで関心のないネットニュースを横目で眺めていた時だった。人影は二つで一方は『子供使い』、もう一方はなんとケースの中の『被害者』に反応したあの少女だった。


 ――なぜあの子だけを?


 俺が訝っていると、『子供使い』はどこか心もとない様子の少女を伴って通りを歩き始めた。俺は二人が傍らを通り過ぎるのを待ち、そっとコンビニの敷地を出て後を追った。


 二人は路地を抜けて目抜き通りに出ると、しばらく徒歩で移動を続けた。場合によっては車で追うことも視野に入れていた俺は、二人が急に足を止めて通りに面したカフェに吸い込まれるのを意外な思いで眺めた。


 ――普通の店員教育か?……いや、そんなはずはない。


 俺は二人が窓際の席に陣取ったことを確かめると、店内が見えそうな場所を物色し始めた。やがて向かいにイートインスペースのあるベ-カリーがあることを発見すると、捜査のやり方を尾行から張り込みへと切り替えた。


 ――単に何かをレクチャーするだけなら『ぽぴいしーど』の店内でもできる。わざわざ外に連れ出したと言うことは、店内ではできないような何かを画策しているということだ。


 俺はコーヒーと共にカウンターの一番端に陣取ると、クロワッサンをかじりながら通りの向こうを透かし見た。やがて『子供使い』がはっとしたように顔を上げたかと思うと、一人の若者が二人の前に現れた。


 ――なんだろう。新しいマネージャーとの顔合わせだろうか。


 俺は首を傾げつつ、いつでも飛びだせるようそっと身構えた。やってきた若者は二人を向かい側に座らせると、まるで指示でも与えるように『子供使い』に何かを告げた。


「☓☓▽△##」


 『子供使い』は承知したと言うように頷くと、二人をその場に残し店の外へと出て行った。『子供使い』の姿が店内から消えると、若者はテーブルに身を乗り出して少女に何かを語り始めた。


 ――えっ?


 紙コップを置こうとした俺の手が止まったのは、少女と若者がテーブルを挟んで見つめ合った直後のことだった。若者の身体から黒いもやが立ち上ったかと思うと、人とも獣ともつかない禍々しい形になって少女の身体をすっぽりと包みこんだのだった。


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