第6話 刑事と鳩は初めてのお屋敷に帰る
「謎のサプリに『子供使い』かあ。……よくよくおかしな事件を引き寄せるのね、あなたって人は」
俺の報告に耳を傾けていた沙衣は茶化すように言った後、ぶるっと身体を震わせた。
「おかしな事件だからうちに来るんだよ。……それはそうと最近、年下の彼氏ができたそうじゃないか。息抜きもいいが浮かれて捜査に支障が出ないようにしてくれよ」
「ああ、そのこと。……写真があるけど、見る?」
沙衣はふいに悪戯っぽい表情になると、俺の前に携帯の画面をつき出した。
「んっ?……なんだこりゃ」
携帯の画面に表示されていたのは、生まれて間もない子猫の画像だった。
「これは、祥子さん……荒木の奥さんが飼っている奴じゃないか」
「そうよ。時々メールで画像を送ってくれるの」
俺と沙衣はある事件の捜査中、段ボールに入れられ放置されていた捨て猫を拾ったことがあった。幸い、事件の関係者である女性が連れて帰ってくれたお蔭で今は幸せにすくすくと育っているというわけだ。
「こりゃあ、振り回されそうな彼氏だな」
「でもねカロン、彼、もてるから私のことなんて遊び相手くらいにしか思ってないの」
「遊び相手か。たしかにやんちゃそうだ」
俺が自分の内側に潜む「あいつ」が、子猫の画像を見たとたん、小さくなるのを感じて苦笑したその時だった。
「おいケン坊、ちょっと付き合え」
風のように入ってきたダディが、事務仕事をしていたケヴィンに野太い声で呼びかけた。
「は……はいっ」
ばね仕掛けの人形のように椅子から立ちあがったケヴィンは、そのままくるりとダディの方を向くと「な、なんです?どこに行くんです?」と怯えた声で返した。
「署内の道場だよ。身体がなまってるんで運動して来ようと思うんだが、相手がいないといまいち、身が入らねえ」
「な、何のお相手です?」
「まあ柔道の一種だ。と言っても我流の武道みたいなもんだがな」
「あまり気が進みません……俺の体格じゃあ頼りないでしょうし」
「ふん、そんなこたあ百も承知だよ。つべこべ言わずに来い」
「……あああ兄貴い!」
ケヴィンにすがりつかれた俺は、咄嗟に慈悲深い先輩の顔をこしらえた。
「参ったな。これから『子供使い』がマネージメントを手掛けているという噂の店に行くつもりだったんだ」
「そ、それじゃ俺が付きあいます。一人じゃ心もとないですよね?」
「あ、カロンのお供なら私がするわ、ケン坊」
ケヴィンのささやかな望みを絶ち切ったのは、沙衣だった。
「ちょっと胸が悪くなるような事件だけど、このまま未解決にしておくわけにはいかないものね」
沙衣は「そんなあ」と床に崩れたケヴィンに「大丈夫よ。いくらダディでも貴重な部下を再起不能にはしないから」と囁くと、「行きましょ、カロン」と言って身を翻した。
※
「お帰りなさいませ、旦那様」
雑居ビルの半地下にある店の入り口で俺たちを出迎えたのは、人造人間のように無感情なメイド少女だった。
「あ、ええと……」
「お席へどうぞ旦那様、お嬢様」
作法の分からぬ俺たちを、メイド少女はそつのない挙動でテーブルへと誘った。
「おい、旦那様だとよ」
俺が後ろの沙衣に話しかけると、驚いた事に沙衣がメイドに「お嬢様じゃなくて奥様ってことでもいいかしら」と珍妙なリクエストを口にした。
「失礼いたしました。お帰りなさいませ、奥様」
テーブルについた俺たちがオムライスを注文すると、メイド少女は「かしこまりました」と一礼してカウンターの向こうに引っ込んだ。
「旦那様と奥様、か。別に娘でもいいんじゃないのか」
「お嬢様なんて年じゃないもの。それにこんなやさぐれたパパはいや」
「まあ、好きなようにしてくれ」
俺は沙衣の妙なこだわりに肩をすくめると、「あのメイドどう思う?俺には久具募早苗と同年代に見えるが」と問いかけた。
「私もそんな感じに見えるわ。なんだか作り物みたいに見えるのはメイクのせいかしら」
「あるいは前の店以上に、『子供使い』とやらの催眠暗示が強力なのかもしれないな」
百目鬼からの情報によると『ぽぴいしーど』という名のこの店は、『子供使い』ことマティアナックがマネージャーとして店員の教育を任されているとのことだった。
「オムライスでございます、旦那様」
「あ、ああ」
俺は慣れないロールプレイに戸惑いつつ、これが今どきの接客かと落ち着かない気分になった。あどけない顔に人工的な笑みを浮かべたメイドがケチャップでハートを描いている様子は、アンドロイドの店に来てしまったような非現実感があった。
「……それで、どんなやり方でマネージャーを引っ張り出すつもりなの?」
オムライスを口に運びながら、沙衣が声を低めて俺に尋ねた。
「前の店での応対が良かったから礼が言いたいとか何とか、適当に理由をつけて出て来てもらうさ」
俺は沙衣に劣らず低い声で言うと、ポケットから『死霊ケース』を出して見せた。
「今日は様子見だ。一応、『被害者』には面通しさせるつもりだがな」
俺はオムライスを平らげると膝の上でケースの蓋を開け、ハンドベルでメイドを呼んだ。
「どうなさいました、旦那様」
「この店に、以前『プルーティポーション』っていう店にいた店員さんがいるって聞いたんだが」
「ええと……どの子ですか?」
「メイドさんじゃなくて男性のマネージャーなんだけど」
俺が補足すると、メイドのガラス玉のような瞳に警戒の色が現れた。マネージャーと言いう言葉に反応したのかもしれない。
――店の内部事情について問われたらこうなるよう、暗示をかけられてるのかもしれないな。
「マネージャーに、どのようなご用事でしょうか」
「前にうっかり、使えないカードを持って来てしまったことがあってね。近くの銀行を教えてもらって現金で払ったことがあったんだ。その時に対応の仕方を教えてくれた人がここにいるって聞いて、一言お礼を言いたくて」
「……少々、お待ちください」
俺は判断を仰ぎに引っ込んだメイドの背を見ながら、さて、ここからは刑事の時間だぞと自分に言い聞かせた。
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