第5話 刑事は少女たちの無念を預かる
「私の話……聞きたいの?」
「ああ、なんでもいい、思いだせることがあったら頼む」
「協力……したい……でも……何も思いだせない」
本気で困っている霊を前に、俺はこの辺でいいだろうとポケットから『死霊ケース』を取り出した。このケースはシガレットケースほどの金属の箱で、地縛霊から霊体の一部を切り離して持ち運ぶための箱だ。
「このあと君を、あちこちに連れて行って知っている人たちと会わせようと思う。もしよかったら身体の一部を小さく切ってこの中に入れてくれないか」
俺が頼むと、早苗はこくんと頷き身体から十センチほどの小型霊体を切り放した。
「うまいな。初めてとは思えないよ」
ミニチュアサイズになった早苗の霊がケースにするりと潜りこむと、俺は「それじゃあ今日のところはこの辺で失礼するよ。協力ありがとう」と言ってケースの蓋を閉めた。
「私……帰りたい」
本体の早苗はゆらゆらと哀し気に揺れると、路地に吸い込まれるように姿を消した。
「やれやれ、年少の「証人」に聞き込みをするのは精神的にきつい物があるな」
「そうっすね。俺もあの若さで死んだら、受け入れられないかもしれないっす」
俺は「行くぞ。捜査は始まったばかりだ」と言うと、ため息をついて項垂れているケヴィンの背中をどやしつけた。
※
「捜査一課特務班の朧川だ。よろしく」
取調室に現れた少女は、俺を見るなりびくんと肩を動かした。
「俺はは取り調べ担当の刑事じゃあない。ちょっと聞きたいことがあるだけなんだ。楽にして貰って構わない」
「…………」
俺が柔らかい口調で語りかけても、少女は石像のように動かなかった。
「亡くなった久具募早苗さんとは、知り合いなんだよね?よかったら彼女と一緒に働いていた時のことを聞かせてもらえないかな」
「私とサナが働いていたのは『プルーティ―ポーション』っていうお店で、接客の女の子は全員、十代でした。オーナーはめったに見たことなくて、私たちの面倒は「マティ」っていう外国訛りのマネージャーが見ていました」
「そのマティって言うマネージャーのことなんだが……」
俺はポケットから『死霊ケース』を取り出すと、テーブルの下でほんの少し蓋を開けた。
「マネージャーが、何か?」
少女は俺が昔のことを掘り返そうとするのを明らかに警戒していた。
「子供使いっていう言葉を聞いたことはないか?」
「……ないです」
少女は即座に、しかし微かに怯えを含んだ声で答えた。
「そうか。……これは取り調べの時にも聞かれたと思うんだが、店では女の子たちに『アポトス』っていうサプリのような物を配っていたね?」
「……はい」
「飲んだことは?」
「ないです。他の子が飲んでいる時でも、私は怖くて飲むふりだけしてました」
「早苗さんの事件とそのサプリに、何か関係はあると思う?」
「――わかりません」
少女は防戦一方を決め込んでいるのか、俺の問いかけはことごとくはねつけられた。
「じゃあ質問を変えよう。早苗さんは、死にたがっていたと思うかい?」
「それもわかりません、ただ……」
「ただ?」
「マネージャーに「何か月か我慢すれば向こうの世界に行けるよう、取り計らってあげる」って言われたらしいです」
「向こうの世界?何かなそれは。思い当たる事はある?」
少女は無言で頭を振ると、「よくわからないですが、人は死んだ後も生きられる、むしろ生きている時よりも死後の方が強い力を手に入れられる」って言う事みたいです。だから死ぬことは怖くないんだって」と言った。
「強い力……か」
死後も生きられる、というのはカルトの常套句だが、少女の話から俺はそれとも違う何かを感じ取っていた。
「知っている子の中に、「向こうの世界」に行って戻ってきたっていう子はいる?」
「……いません。だからそのマネージャーの話って言うのも、どこまで本当だか私にはわかりません」
「なるほど、ありがとう。……最後に、そのマネージャーとは今でも連絡は取ってるのかな」
「いえ……お店を辞めた後、向こうから「また連絡する」っていうメールが来たんですけど、返事をしないまま放っておいたらそれっきりになりました」
少女が知っていることをほぼ話し終えた、その時だった。膝の上の『死霊ケース』がふいにがたがたと動き出した。同時に少女の目がはっとしたように見開かれ、周囲をきょろきょろと見回し始めた。
「どうかしましたか?」
「いえ……すみません」
少女は明らかに「見えないなにか」を感じたらしかったが、それが何なのかはこの世ならぬ者が見える俺にもわからなかった。
「協力ありがとう。ごたごたが終わって元の生活に戻ったら、向こうの世界のことやサプリのことはいったん忘れた方がいい」
「はい……そうします」
俺は礼を述べると、まだ不安げな影を横顔に貼り付けている少女をその場に残し、取調室を後にした。
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