恥ずかしいのであまり見ないでください

taqno(タクノ)

短編

「オースティン様……あまり、見ないでください」


 私の目の前には婚約者であるオースティン・クロフォード様がいる。

 彼の視線は私に真っ直ぐに向けられている。


「駄目だよ。僕は愛しい婚約者である君を見つめる権利がある」


「そんな権利などありません……」


 恥ずかしがり屋の私はオースティン様の視線が苦手だ。

 いや、苦手というと語弊がある。単純に恥ずかしいのだ。


 だってこんなにも素敵なオースティン様に見つめられるなんて、顔が真っ赤になってしまいます……!


「今日もとても可愛いよミレイナ」


 ミレイナとは私のことだ。

 ミレイナ・エインワース侯爵、それが私。

 そしてオースティン・クロフォード様。彼は由緒正しき公爵家の嫡男である。


 私たちは親が決めた婚約者同士である。


「君を見ていると本当に飽きないよ。本当に君が僕の婚約者でよかった」


「私なんかを見て何が楽しいのですか」


「ハハハ。そうやって顔を真っ赤にしてしまうのもかわいいよ」


 オースティン様はこうやって思ってもいないことを平然という。

 氷の貴公子という異名を持つ彼は、表情一つ動かさずに私を可愛いと言う。

 分かっている。こんな言葉を真に受けてはいけない。社交辞令というやつだ。


「私と婚約してオースティン様に得があるとは思えないのですが」


「何を言うんだ。こうやって特等席で君の姿を眺めることができる。僕にとってこれ以上の幸福はないさ」


「またそうやって恥ずかしいことを……」


「照れてるミレイナが一番かわいい。僕の一番好きなものだ」


 オースティン様はいじわるだ。こうやって婚約者の私の恥ずかしがる姿を見て面白がっている。

 私も婚約者の好みくらいリサーチしている。彼の一番好きな物は宝石だ。私が一番好きなんて嘘なのだろう。

 私の羞恥顔が好きだと言っているのも、私をからかうための方便なのだろう。


「オースティン様はいじわるです……」


「そうかもしれない。君を独占できるというのは僕の特権だ。世の男たちに恨まれてしまうな」


 またこうやってからかってくる。そして私が顔を真っ赤にするのを見て笑うのだ。

 私が恥ずかしくてやめてと言ってもやめない。

 いくら婚約者といえども私も我慢の限界だ。


「オースティン様……私を見るのをやめてください」


「駄目だよ。これは婚約者である僕の権利だからね」


「ならどうやったらやめていただけますか」


 私は極度の緊張で普段より口調が強くなってしまった。

 この恥ずかしい状態からすぐに解放されたかったのだ。


「そうだな。例えば君との婚約が破棄されてしまえば、僕はこうやって君を間近で見ることはできなくなるだろうね」


 だから、オースティン様のその言葉を聞いて咄嗟に言ってしまった。


「なら……それで構いません!」


「なっ……」


 私は急いでその場を去る。オースティン様はは何も言わなかった。

 私が公爵家から立ち去るまで、テーブルでティーカップを手にしたまま微動だにしなかった。


 氷のような表情からは動揺の色はまるで見えなかった。

 やっぱり私のことなどどうでもよかったんだ……。


 公爵家の家の前に停めていた馬車に乗り、メイドたちの胸に顔を埋めた。

 私はきっと大馬鹿者だ。婚約者からの婚約破棄を正直に受けてしまった。

 こうなれば我が家の評判は下がること間違いなし。

 そして私は社交界で噂の的になるだろう。


「もうお嫁に……いえ、人前に出れないわ……」



 ◆



「どうすればいいエリク……」


「自業自得ですよ」


 オースティンはこの世の終わりかのような表情で庭のテーブルから動かなかった。

 婚約者に言った冗談の言葉を間に受けられ、自ら言った婚約破棄を実行してしまった。


「僕は冗談で言ったのに。いやミレイナが可愛すぎてたまらないのは本心だったとも!」


「オースティン様は表情に出にくい方ですから、ミレイナ嬢に誤解されたのかと」


「分かっている……。僕が氷の貴公子だなんて異名で呼ばれている原因は、この無愛想な表情が原因だと」


 オースティンも自分の欠点、感情を表に出さないことを理解していた。

 だからこそ婚約者のミレイナには心からの言葉を送っていた。

 しかしそれが彼女には冗談と受け取られ、面白半分にからかわれていると判断されてしまった。


 本当に心の底から言っていたのに。

 僕の愛はミレイナには届かなかったのか。


「なぁエリク。まさか僕は彼女に嫌われていたのか」


「自覚がなかったのですか」


「た、確かに普段から彼女の美しさに見とれていた。じろじろ見すぎていた。だがまさか本当に婚約破棄を受けるとは思わなかった!」


 オースティンは表情には出さないものの、心の中では絶望していた。

 愛する婚約者に自分の愛は届いていなかった事実と、その婚約者を知らずに傷つけていたという事実。

 氷の貴公子という異名を持っていても、中身は恋する青年なのだった。


 従者であるエリクは主人の情けない姿を見てため息を漏らす。


「まぁミレイナ嬢もあの場の勢いで言ってしまっただけでしょう。婚約破棄も本心ではないはずです」


「ほ、本当か!?」


「でなければ週に三回もお会いにならないでしょう。あの引っ込み思案の彼女が嫌いな相手に何回も会おうと思いますか?」


 エリクは二人が相思相愛であることを知っている。

 今回は主人であるオースティンがやりすぎたのが原因だ。

 婚約者であるミレイナの気持ちを尊重することを失念していた。

 オースティンも今回の出来事を糧にして学ばねばならないと、エリクは考えていた。


「とりあえず彼女を視線で追うことを控えましょう」


「う、うむ。今回のことでミレイナが人に見られることが本当に苦手だと分かった。反省している」


 いつもは表情を動かさない主人が珍しくうな垂れている。

 少し面白いと思いながらも、エリクはオースティンにアドバイスをする。


「まず相手の気持ちを思いやる。結婚を前提にしているのですから、今のうちに学んでおきましょう」


「つまりしばらくはミレイナを見るのをやめるんだな。……ああ愛しのミレイナ。君の姿をじっくりと見たいよ」


 オースティンは早速禁断症状が出始めたのか、ミレイナの帰った方向へ目を向けようとした。

 だが我慢することにした。彼女と仲直りをするならまずは自分が譲歩すべきだ。

 今回の原因は迂闊な言動をした自分にあるのだから。



 ◆



「婚約破棄されてしまったわ……。私って本当に駄目な子ね……」


 婚約破棄を言い渡されてから三日。

 あれから一度もオースティン様からのお誘いがない。

 やはりあの方にとって私なんて形だけの婚約者だったのだろうか。


「当然だわ。こんな恥ずかしがりでろくに相手の顔も見れない女なんて、オースティン様の婚約者としてふさわしくないもの」


 いつも感じていたオースティン様の視線はない。

 今の私はひとりぼっちだ。一人になると途端に不安になる。


「こんなに寂しがり屋だったかな私……」


 オースティン様の視線が恋しくなる。

 いなくなって初めて気付いた。私は彼に見られることが恥ずかしかったけど、私を見てくれることがとても嬉しかったんだと。


「オースティン様……私はあなたのことが好き……だったのですね」


 いや駄目だ。私はオースティン様に婚約破棄されたのだ。

 未練がましいことを考えるのはやめよう。そう思っていたのに。



「素敵ですわオースティン様! その宝石、よくお似合いですわね」


「そうかい? こんな高価なものをいただいてしまって申し訳ないな、パーラ嬢」


 そこには私の知らない女性と一緒にいるオースティン様の姿があった。

 どうして他の女性といるのですか。あなたは私の婚約者だったはずでは……。


 いや違う。もう婚約者じゃなかったんだった。

 今の私にはオースティン様が別の女性と話すのを見て嫉妬する資格なんてない。

 見てみぬふりをするのが正しい選択だ。


 けれど目の前で繰り広げられるやりとりは、私の心を問答無用に引き裂いた。



「君の実家は宝石商だったか。素晴らしい技術をお持ちのようだね」


「ええ。オースティン様さえよければ今後も融通させていただきますわ」


「なるほど、ステイン男爵家の令嬢だけあってたくましい女性だ。そういった女性は魅力的だ」


「まぁ、オースティン様ったら」



 嘘ですよね、オースティン様?

 私と婚約破棄してたった数日で別の女性と恋仲になるなんて。

 もしかして最初から? だとしたらやはり私は形だけの婚約者だったってこと?


「っ……」


 私は耐えきれなくなってその場から離れることにした。


 もう忘れてしまおう。この淡い恋心を。

 所詮は仮初の婚約者だったのだ。私なんかに可愛いと言ってくれたから勘違いしてしまったのだ。


 オースティン様のような素敵な男性には、あのパーラという男爵令嬢がふさわしい。

 私と違って社交性があり、性格も前向きで、オースティン様にプレゼントを贈る気の利いた淑女。

 一方私は一緒に会話することもままならない、愛想なしで可愛げのない女。

 そんな女なんて捨てられて当然だ。


「さようなら……オースティン様」



 ◆



「ん……?」


「どうかされましたかオースティン様」


 オースティンが急に後ろを振り向いたため、パーラ男爵令嬢は不思議に思った。

 視線を向けた先には誰もいない。オースティンは何を見ているのだろうか。


「今確かにミレイナの気配がしたと思ったんだが……」


「ミレイナ? ああオースティン様の婚約者の!」


「なんだと? 今なんといった」


 パーラの言葉に思わずオースティンが聞き返した。

 聞き捨てならない言葉が聞こえてきたからだ。


「婚約破棄されたんでございましょう? 当然ですわね。オースティン様にあのような暗い女はふさわしくありませんもの」


 パーラは持ち前の強気な性格でズバズバと言う。


「オースティン様。もしよろしければ次の婚約者に私などいかがでございますか」


「君は何を言っている」


「オースティン様は我が家の宝石を大層お気に召したご様子。もし私と結婚すればどのような宝石でも手に入りますわよ」


 悪い話ではないでしょう? とパーラは自信満々な表情でそう言った。

 しかしそれを聞いたオースティンの表情はいつも以上に冷めた表情になっていた。


「そうか。君はそういうつもりで私にこの宝石をくれたのか」


「ええ、お近づきの印です。どうぞこれからも我がパーラ家をご贔屓にしてくださいませ」


「消えろ」


 その瞬間、二人の間には凍てついた空気が広がった。

 パーラは何を言われたのか理解していないといった様子だ。


「あの、オースティン様。今なんと……」


「僕の婚約者を侮辱することは許さない。一度だけ見逃すから今すぐ消えろ」


「あ、ですが……」


「二度は言わない」


「は、はいっ……!」


 パーラは訳もわからず立ち去る他なかった。あまりにもおかしな光景に、一人だけ笑っている者がいた。


「エリクか。盗み聞きとは趣味が悪いぞ」


「当然でしょう。あなたがミレイナ嬢以外の女性とお会いするなんて、新しい恋でも始まるのかと思いまして」


「笑えない冗談だ。俺が好きなのはミレイナただ一人だ! それ以外の女性など興味もない!」


「言い切りましたね……」


 エリクは自分の主人の気持ち悪さに頭を抱える。

 それならばなぜパーラ男爵令嬢と会ったのか不思議に思っていたところ、それを察したオースティンが説明した。


「この宝石を見てくれ。紅くて綺麗だろう」


「確かに。純度の高いルビーですね。こんなもの中々市場に出ませんよ」


「ああ。本当に美しい……」


 恍惚とした顔をしているオースティンをエリクは意外に思った。


「あなたに宝石の趣味があるとは知りませんでした。そういったものには興味がないのかと」


「何を言ってる。宝石など好きでもなんでもない。僕がこれを求めたのはその色と輝きだ。見て気付かないか?」


「そう言われましても」


 エリクはルビーを凝視するが、非常に純度が高く高価な物だということくらいしかわからなかった。

 その様子を見てオースティンは普段は出さない大きな声で言った。


「ミレイナの瞳と同じだろ! お前には目がついてないのか!?」


「なるほど言われてみれば……? 失礼、ミレイナ嬢は前髪が長くて、じっくりと目を見たことがなかったので気付きませんでした」


「この透き通る紅い色、光を受けて輝く美しい姿。まさしくミレイナそのものだ……」


 ルビーを手に取り舐め回すように眺めるオースティンに、エリクはドン引きした。


「まさか……先日ミレイナ嬢を見るのをやめると仰ってましたが、それと関係あります?」


「ああ。ミレイナの瞳を見ていないと落ち着かなくて、手が震えて仕事もままならない! だがミレイナの嫌がることはしないと決めたばかりだ。だから代わりにこのルビーをミレイナの瞳に見立ててこうして眺めている」


「この人気持ちわるいな……」


「おい、今の言葉は減給モノだぞ」


「いえ失礼しました」


 主人の斜め上の努力に口を挟みたいのは山々だったエリクだが、オースティンとミレイナの行く末が面白そうだと思い、口を挟むのをやめた。

 だが一言だけ、オースティンには聞こえないようにポツリと呟いた。


「ミレイナ嬢の気持ちを思いやるってそういうことじゃないと思うんですがね」



 ◆



 今日は社交界の日だ。いくら人前に出るのが苦手と言っても、この日ばかりは私も出席せざるを得ない。

 貴族の娘に生まれた宿命に悲しみを感じずにはいられない。

 もっとも社交界に出るのを嫌がる令嬢なんて私のような変わり者くらいだろう。


「気が重いわ。今日の社交界、きっとオースティン様もいらっしゃるのよね」


 そしておそらくあのパーラという女性も……。

 他の女性と仲良くしているオースティン様の姿を見なければならないなど、とても耐えられない。

 できれば人目のつかない場所で過ごしていたい。


「こういう性格だからオースティン様に嫌われたんだわ。でも人前に出ると緊張してしまうもの……」


 結局私は会場の隅っこで一人ぽつんと立ったまま、目立たないように過ごした。

 私の存在感が薄いからか、誰もこっちを見ようとしない。

 人の視線を感じずに済むから私にとってはありがたい。影が薄いのは自覚してるもの。



「あらぁ? そこにいるのはミレイナ様ではございませんの」


 社交界も終わりに近づいた時、大きな声で私の名前を呼ぶ人がいた。

 パーラ男爵令嬢だ。オースティン様の元婚約者である私にきっと用があるのだろう。

 私もそれを予想していたから、ずっと目立たないようにしていたのに……。


「そんな隅の方で何をしてらっしゃいますの? お相手の方はいらっしゃらないのかしら」


「いえ別に。連れの者はいませんので……」


「まぁ! そういえばオースティン様との婚約が破棄されたんでしたわね! これは失礼なことを申し上げてしまいましたわ」


 まるで最初から準備していたかのような台詞だ。

 オースティン様との婚約破棄のことはあなたが一番よく知っているはずなのに。


「あんな素敵な方に振られてしまうなんて、ミレイナ様は一体どんな不手際をしたのかしら」


「あの、私はその……」


 こちらを挑発するようなパーラの言葉に、私は上手く言い返せなかった。

 だって婚約破棄されたのは私の至らない点が原因だ。

 そのことに関して反論の余地は一切ない。



「どうしたんだいパーラ。一体なんの騒ぎなのかな」


 パーラの声が大きくなるにつれて周りの貴族達もこちらへ視線を向け始めた。

 そしてそこにオースティン様がやってきてしまった。

 最悪の形で再会した。今この状況で私の味方になってくれる人は誰もいない。

 周りの視線が怖くて体が硬直してしまう。注目されていることで自分の顔が熱くなっていくのを感じる。


「あらオースティン様ご機嫌よう。先日は私の贈り物を受け取っていただきありがとうございます」


「ああ、大変素晴らしいルビーだったよ」


「オースティン様にはもっと素敵な宝石をご用意していますわ。あのルビーよりもさらに美しい物も近いうちプレゼントさせていただきます」


 やめて。私の前で仲良くしないで。

 そんな嫉妬心が心の底から湧き出てくる。私には嫉妬する資格なんてないのに。

 でもオースティン様が他の女性と親しそうにしているのを見るのは我慢できない。

 今更こんな気持ちになるなんて、私は本当に愚か者だ。


 周りの貴族達も状況を飲み込めたらしい。

 元婚約者の前で新たに別の女性と親しそうにしているオースティン様を見て、その後私へ好奇の視線を向ける。

 そんな目で私を見ないで……お願いだから……。


 次第に地面を見てその場に立ち尽くすようになっていた私に、パーラは追求してきた。


「オースティン様。この際だから言わせてもらいますけれど、こんな根暗な侯爵家の令嬢のことは忘れて婚約するべきですわ! 見てください、さっきから人の話を聞かずに俯いてばかり。まるで壊れた人形みたい」


 話なら聞いている。けれど言い返せないから俯いているのだ。

 私には誰かの意見に反論するような勇気はない。事が終わるまでじっと我慢するしか出来ない。


 一度だけオースティン様の様子を横目で伺った。

 しかし一瞬視線が交差したと思ったらすぐに目を逸らされた。

 やはりオースティン様の中では私は既に過去の女なんだ……。


「そんな暗くて無愛想で貴族の娘として社交界もまともに出れない女が、よく今までオースティン様の婚約者になれてましたわね。あなたはオースティン様の気まぐれで許されていたのよ、恥を知りなさい!」


 パーラの言うことは正しい。

 正しいだけに私の心に大きく傷をつける。

 大勢の前で罵倒される羞恥心と悲しさで意識が朦朧としてきた。


「あ……」


 私は心労でその場に倒れそうになる。

 しかし体が地面に落ちることはなかった。

 私の肩を支えてくれた人がいたからだ。


 その人は他の誰でもない、オースティン様だった。


「大丈夫かいミレイナ」


 いつもと同じ氷のような表情……けれどなぜか、その顔は私を案じてくれているように思た。

 婚約破棄を言い渡されてから一週間。久しぶりにオースティン様と顔を合わせた。

 いつ見ても素敵な方だ。婚約破棄された私が言うのもおかしいけれど、本当にかっこいい。


「は、はい。申し訳ございませんオースティン様……不愉快な姿をお見せしてしまいました」


 思わず見惚れてしまっていた私は慌ててオースティン様の手から離れる。

 オースティン様は落ち着いた声色で私に優しく語りかける。


「気分がすぐれないなら少し休んでいるといい。僕もすぐに用事を終わらせるから待っててくれ」


「は、はい」


 用事とは何だろうと疑問に思っていると、オースティン様はパーラに向き直って言った。


「パーラ男爵令嬢。僕は以前言ったよ? 僕のかわいい婚約者を侮辱することは許さないと。そして二度目はないとも言った」


「え、ええ。ですが現にミレイナ様はあんな様子で、とても公爵家の妻にふさわしいとは思えません! 私の方がオースティン様のお役に立てるはずです! 宝石だっていくらでも差し上げますわ!」


「どうやら僕と君の間には致命的な認識の齟齬があるらしい。僕は別に宝石が好きなわけじゃない。ルビーを貰ったのも愛しい婚約者の瞳と同じ色をしていたからに過ぎない」


 ええ、そうだったのですか?

 私もてっきりパーラと同じように、オースティン様には宝石収集の趣味があるのかと。

 そういえば公爵家に飾ってあるのは決まってルビーだったような……。


「そして先日君に貰ったルビーだが、この場で返却させてもらおう。君の家の商売にどうやら黒い噂があるようだからね。そんな店の商品を持ってなどおけないよ」


 まぁ。あの男爵家は最近ずいぶんと羽振りがいいと思ってたけれど、悪どい商売をしていたのですね。

 まさかオースティン様はその証拠を掴むためにパーラとお近づきになったのかしら。


「まぁ僕が君に接触したのは、あのルビーがミレイナの瞳に限りなく近い輝きをしていたから欲しくなったという理由なんだが」


 完全に個人的な理由ですね。

 先ほどから気になっているのですけど、私の瞳そっくりという理由だけで今までルビーを買い集めていたのですか?

 それはなんというか……嬉しいような恥ずかしいような。


 あれ? でも私はオースティン様に嫌われたはずでは……?


「君に貰ったルビーを調べたら人工的に作られたものを天然物と称して売っていたそうだね。そういう話が僕の耳に入ったからには放ってはおけない。僕の婚約者を二度に渡り侮辱したこと、そして宝石商として詐欺を行っていたことに関する罰をステイン家に与える」


 な、なんだか話が壮大になってきた。

 状況が飲み込めない私は会場の隅っこで座っていることしかできない。

 一応私に関係のある話……なのだろうか。


「嘘よ! そんなのあり得ない! あんた公爵家の息子だからってふざけてんじゃないわよ!」


「パーラ・ステイン。君は即刻この場から立ち去れ。衛兵、連れて行け」


「嫌よ! なんで私が! こんなの嘘よ!」


 パーラは先ほどまで勝ち誇っていた表情をしていたが、今度は反転して怒りと動揺に満ちた顔になっていた。

 衛兵に捕まっても抵抗していたが、貴族の令嬢が暴れたところでたかが知れている。

 彼女はあっけなく会場から連れ出されてしまった。


「な、なんだかすごいことになってしまったわ……」


 周りの貴族たちも呆気に取られていた。

 そんな中で一人だけ冷静だったオースティン様が、座っていた私を抱き起こした。


「ちょ、ちょっとオースティン様!?」


「うん、やはりルビーなどではなく君の瞳が一番輝いている。とても綺麗だよミレイナ」


「あの、突然そんなことを言われましてもっ……」


 なぜ急に私をお姫様抱っこしているんです?

 あなたは私が嫌いなのではなったのですか???


「先日は本当にすまなかった。僕は感情が顔に出にくいと言われてたから、君に対する愛の言葉も嘘のように聞こえていたんだろう?」


「え……あれは私をからかっていたのではなかったのですか?」


「違うよ。ちょうどいい。ここには観衆がたくさんいる。僕の気持ちを改めて表明しようじゃないか」


 な、なにをするつもりなのですかオースティン様。

 周りの貴族がこっちを見ています。こんなに注目されるなんて、今まで経験がありません!


「聞け! 私オースティン・クロフォードはミレイナ・エインワースを心の底から愛している!」


 え、ええ〜〜〜〜!?

 こ、こんな大勢の前で何を言っているのですか!?


「私から婚約破棄を言い渡したというのは全くの誤解である! 私の不徳のせいでミレイナを傷つけてしまったのだ。だから婚約関係は継続中である!」


 そうだったのですか!?

 あれはてっきり本気で言われたものだとばかり……。

 いえその前に私を心の底から愛しているって、そんな様子は全然……。

 いや、確かに会うたびに可愛いとか素敵だとか言ってくれていた。

 つまり私がからかわれていると決めつけていただけで、全て本心だったってこと?


 それじゃあ私とオースティン様は元から両想いだったの……?


「ミレイナ。君が人の視線を気にしているのは知っている。だが照れる姿も愛おしくて、つい視線で君を追ってしまっていた。これからは君の気持ちを考えるよう反省する。だからまた公爵家に呼んでも構わないだろうか……?」


 いや今の状況こそが、私の苦手とする人の視線がいっぱいある状況なんですけど。

 もう本当に恥ずかしい。大勢の貴族に告白の現場を見られてしまった。

 穴があったら入りたいわ……。


「周りの者もあまり彼女を凝視するなよ。彼女は私の婚約者だ。嫉妬に狂った私が君らに何をするかわからんぞ」


 そういうと観衆たちはすっと私を凝視するのをやめてくれた。

 もしかして社交界が苦手な私のために、こうやって周りの貴族に注意してくれたのだろうか。


「ここからは婚約者同士の話だ。立ち聞きはご遠慮いただきたい」


 オースティン様の言葉を聞いて周りの人たちは面白いものを見たと満足げに去っていった。

 きっと明日には貴族の間で私たちの話題が上がるのかと思うと恥ずかしくなる。




 人気がなくなったところで、オースティン様が話し始めた。

 ちなみになぜかお姫様抱っこ継続中だ。

 どうしてなのかしら……?


「私……オースティン様のことを誤解していました。本当は思いやりのある、優しい方だったのですね」


「当然だ。僕は冷たい人間だとよく言われるからね。実際は頭の中は君のことでいっぱいだ」


「その割には先ほど私と目があった時にはそっぽを向きましたよね?」


「それは君が僕に見られるのが嫌だと言うからだ。だから手元にあるルビーを君の代わりに眺めていたんだ」


 あの時視線を逸らされたのはそれが原因だったのか。

 ということはオースティン様は斜め上の方向ではあるけれど、私に歩み寄ろうとしてくれていたのだ。

 なら今度は私がオースティン様に歩み寄る番だ。


「あの……オースティン様」


「なんだい、愛しのミレイナ」


「先日は婚約破棄を了承するなんて馬鹿なことを言って申し訳ございません」


「気にするな。元々私が言ったことだ。さっきも言ったが今回の件は私の不徳の致したことだから、水に流してくれるとたすかる」


「私もこの一週間でオースティン様のいない日々がとても寂しいものだったのだと知りました」


 お互いの関係を見直すためには必要だったのかもしれないね、とオースティン様は笑って許してくれた。

 やはりこの人は表情とは裏腹に優しくて温かい人なんだと実感できる。


「そんなに好きなら……ちょっとだけなら、見てもいい……ですよ? 私の目を……ちょっとだけですからね?」


「見る! ぜひ見させてもらうとも! この一週間は地獄だったからな! 君を見たくて見たくて体が震えていたし!」


 それは大丈夫なのだろうか。よくないものを食べていないといいけれど。


 オースティン様は私をお姫様抱っこをしたままだからお互いの顔が非常に近い。

 こんな至近距離から見つめられるのは初めてだ。

 今まで以上に顔が紅潮してしまう。


 でも……嫌じゃなかった。

 愛してくれているってわかったから。


「あの……恥ずかしいです」


「やはり照れた君の表情も魅力的だ。ミレイナ、これからもっと君の色々な表情を見たい。どうか僕の隣にいてくれないだろうか」


「わ、私なんかでよければずっとお側にいさせてください!」


 こうしてようやく私たちは両想いだと気付けたのだった。



 それから数日後——


「久しぶりにこうやってお茶を飲みながら君の顔を見ることがた。やはり君の瞳は美しい。それだけじゃない。君の表情が愛おしくてたまらないよ」


「あの……じっと見つめられると恥ずかしいのですが……。私の気持ちを考えてくれるのではなかったのですか?」


「いいやダメだよ。僕たちは互いに愛があるとわかったんだ。僕の愛の証明と思って我慢してくれ」


「そう言われると恥ずかしいですけど……とても嬉しいです。これからも私のこと、ずっと見ててくださいね」


「ああ。もう二度と君から視線を離さない。僕の愛しいミレイナ」


 未だにオースティン様にじっと見つめられるのは恥ずかしい。

 けれどその視線には愛があるのを知った。

 そして私もオースティン様が好きだ。私のことを優しく見守ってくれているこの人が好き。


 これからも私たちは照れた私をオースティン様が眺めることをやめないだろう。

 それが私たちの愛の証明なのだから。

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