第55話「ドキドキ」



「いいよ。

 これはミョルニルと言って雷神トールの持ち物で……。

 これは魔石と言ってね……。

 この薬草の効果は……。

 この黄金の指輪はアンドヴァラナウトと言って、無限に黄金を生み出すんだけど、小人の呪いがかかっていてね……。

 これはカーバンクルと言ってね、額に赤い宝石が……」


彼女はニコニコしながら僕の話を聞いていた。


その間、僕の心臓は全力で走ったあとのようにドキドキしていた。


「楽しかったわ。

 またお話し聞かせてね」


「うん」


「まだ名前を言ってなかったね。

 わたしの名前はミア、ミア・ナウマンよ」


「僕の名前はリック・ザロモン。

 侯爵家の次男だ」


「へーー凄いのね。

 あたしは男爵家の娘よ」


男爵家と聞いて、僕の胸がキシリと音を立てた。


「どうしたのリック、急に怖い顔して?」


「……下位貴族は嫌いだ」


彼女が下位貴族だったことと、急に名前を呼ばれたことと、衝撃的なことが二つ同時に起きて、僕はどう反応していいか分からなくなってしまった。


「リックは下位貴族がどうして嫌いなの?」


また名前で呼ばれた。


「小さい頃下位貴族にいじめられた。

 それに……」


下位貴族にいじめられたことは誰にも、家族にも話したことはなかった。


下位貴族にそんな目にあわされたなんて、カッコ悪くて話せなかった。


でも不思議と彼女には話せた。


「それに……?」


「いや、それだけだ」


それに、婚約者が下位貴族何だけど、とても嫌な子だから……と続けようとして止めた。


なぜだが彼女に婚約者の話はしたくなかった。


「幼い頃下位貴族にいじめられたから、下位貴族が嫌いなの?」


「ああ、そうだ」


「なら大丈夫よ。あたし、男爵令嬢って言っても庶子だから」


庶子だってことを堂々と言えるって凄いな。


「私ね、半年前に男爵家に引き取られるまで、貴族の血が流れているなんて知らないで平民として過ごして来たの」


苦労したんだな。


「だからあなたの嫌いな下位貴族の血は半分しか入っていないし、あなたの嫌いな下位貴族の教育は殆ど受けてないわ。

 だからあなたがあたしを嫌いになる理由はないのよ」


「そういうものなのかな?」


「そういうものよ」


ちょっともやもやが残ったが、次の瞬間彼女に手を握られて、そんな気持ちはどこかにいってしまった。


「だからあたし達、お友達になれるわ」


彼女は花がほころぶようにほほ笑んだ。


「でも……僕たち今日出会ったばかりだし、君のこと良く知らないし……」


友達ってそう簡単になれるものなのかな?


学園に入ってから一人も友達ができなかったから、よくわからないや。


「そんなこと気にすることないわ。

 アルドともべナットとも、初めてあった日にお友達になったのよ」


「えっ? 君はあの二人と友達なの?

 というより呼び方!

 べナットはともかく、アルド殿下はこの国の第二王子だよ!」


婚約者のカロリーナ・ブルーノ公爵令嬢だって、殿下のことを「アルド様」と様付けで呼んでいるのに。


男爵家庶子の彼女が殿下を呼び捨てにしていることを知られたら、大変なことになる!


「庶民の間では、お友達になったら呼び捨てにするのは当たり前よ」


そうだったのか? 知らなかった。


「でもアルド殿下は王族でここは貴族が多く通う学園で……」


「なんでだ)なの?

 それにアルドの方から言ってきたのよ。

『友達なんだから呼び捨てにしてくれ』って」


殿下とは七歳から友達だけど、僕は殿下から「友達なんだから呼び捨てにしてくれ」なんて一度も言われたことないぞ。


「まぁ、殿下が名前で呼ぶことを許可したなら……」


仕方ないか、僕が口を挟むことではないし。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る