第32話「ガゼボにて」
「ミルクティーとガトーショコラです。
お召し上がりください」
店の奥にあるガゼボに案内された。
白いテーブルクロスがかけられたテーブルの上に、真っ赤なバラが活けてある。
白に茶色の花柄の縁取りの受け皿、同じ殻のカップに金のスプーンが添えられている。
スプーンの皿の部分にも花柄の模様が施してある。
腹が立つけど店を経営するだけはあって、センスだけはいいようね。
わたくしの向かいにエミリーが腰掛け、エミリーの隣に寄り添うようにキール子爵が座った。
ガツガツ食べるのははしたないけど、お腹がすいていたのでガトーショコラを三切れも食べてしまった。
濃厚な紅茶に程よい量のミルク、ミルクティーも中々の味だわ。
「シーラッハ公爵夫人、今日はどのようなご要件でいらしたのですか?」
紅茶とガトーショコラのお代わりを頼もうとしたとき、エミリーが話しかけてきた。
これ以上食べるなってこと? けちくさいわね。
「わたくしたちは昔からの知り合いで、一時は義理の姉妹になるはずだった仲よ。
そうかしこまらないで、昔のようにエミリー、デルミーラと名前で呼び合いましょう?
なんなら『お義姉様』と呼んでもいいのよ」
カップを受け皿に戻し、ニッコリと笑いかける。
「シーラッハ公爵夫人、私たちは昔も今もそれほど仲良くはありませんが」
「あら、わたくしの優しさをなかったことにする気?
わたくしはあなたを実の妹のように思い、あれこれ面倒を見て可愛がってきたつもりなのに。
わたくしの真心はあなたには伝わっていなかったようね」
「それはあなたの記憶違いではありませんか?
あなたには熱々の紅茶をかけられたり、嘘の待ちあわせ時間を教えられたり、リックからのプレゼントを壊されたり、ポシェットに虫を入れられたり、大事にしていた本を破られたり、お気に入りのリボンを盗られたり……全く良い思い出がありませんが」
「嫌ね〜〜心の狭い人は、悪いことばかり覚えていて良いことを一つも覚えていないのだから。
マナーを教えたり、お菓子を食べさせて上げたり、リックの好みを教えて上げたり、侯爵家の庭を案内したり、わたくしなりに親切にしてあげたのに、あなたの記憶にはないのかしら?」
「あなたから教わったマナーはでたらめ、お菓子は生焼け、リックの好みも嘘ばかり、『庭を案内する』と言って納屋に連れていかれ閉じ込められたこともありました」
「あーら、そうだったかしら?
誰にでもうっかりミスはあるものよ。
許して」
「過去のことです。
とっくに水に流しています。
ところで今回はどのようなご要件でこちらにいらしたのですか?」
「エミリーの心が広くて助かったわ。
そう急かさないで。
早く追い出したいみたいに聞こえるわ」
図星なのかエミリーは何も言わない。
「特に用事がないのならお帰りください」
エミリーが席を立とうとする。
「待ちなさい、本題はここからよ」
わたくしは立ち上がろうとするエミリーの手を掴んだ。
「きゃっ!」
しかしエミリーの手を掴んだわたくしの手は、キール子爵に振り払われてしまった。
「ラインハルト乱暴は止めて。
相手は隣国の公爵夫人なのよ」
「こんなみすぼらしい格好をした公爵夫人など見たことがない」
「それでも彼女は現状まだ公爵夫人よ」
「仮に彼女が公爵夫人だとして、なぜお付きも連れずに隣国に来た?
君も知っているだろう?
彼女は今までの悪事が露見し、シーラッハ公爵に離婚を迫られてることを。
おおかた祖国に居場所がなくなりこの国に来たのはいいが、路銀がなくなり昔なじみの君にたかりに来たんだよ」
キール子爵がわたくしを見る目は侮蔑に満ちていた。
「失礼ね!
誰がたかりですって!
わたくしは腐っても公爵夫人よ!」
「ラインハルト落ち着いて。
シーラッハ公爵夫人、夫の非礼をお詫びします。
お許しください」
エミリーが立ち上がり、私に頭を下げた。
「悪いと思うなら、わたくしに精神誠意謝罪しなさい。
そしてわたくしと独占契約を結びなさい」
「それはどういうごとですか?」
エミリーがわたくしに問う。
「言った通りの意味よ。
あなたの店の商品はわたくしが全て買うわ。
それを自国に持ち帰って売ろうと思っているの。
わたくしは社交界に顔が広いのよ。
あなたが売るよりも、わたくしが売った方が高く売れるわ。
なんなら美しいわたくしが、宣伝をかねてあなたのデザインしたドレスを、ただで着てさしあげてもよろしくてよ」
「何をいうかと思えば、独占契約だって?」
キール子爵が失笑した。
「やはりゆすりたかりが目的だったんですね。
大方この店の商品を安く買って、自国で高く売るつもりだったのでしょう?
悪いですが、あなたに頼んだのでは当店のイメージがダウンするだけです。
交渉は決裂ですね。
お引き取りください」
キール子爵がわたくしの申し出を突っぱねた。
「あなたには聞いていないわ!
ここの商品はエミリーがデザインしているのよね?
オーナーは彼女でしょう!?
わたくしと取り引きするかどうか、決める権利はあなたではなく彼女にあるわ!
エミリーはわたくしと取り引きしたいわよね?」
エミリーは昔からわたくしの言いなりだった。わたくしが強く出れば彼女は断れないはず。
「お断りします!」
エミリーはわたくしの目を見てピシャリと言い切った。
わたくしに睨まれるとおどおどしていた、幼い頃のエミリーはそこにはいなかった。
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