第23話「世故(せこ)に長けた」



「キール子爵夫人はブルーノ公爵夫人やメルツ辺境伯夫人と古くからの友人だ。

 彼女たちがザロモン侯爵家側についたことで、風向きは大きく変わったのだよ」


たかが子爵夫人の分際で、公爵夫人や辺境伯夫人と仲良しなんて生意気よ!


「フォンジー殿の名誉が回復したことで、今まで誠実で善良なフォンジー殿を悪く言ってきてしまったことに、皆少なからず罪悪感を覚えている。 

 彼らはその行き場のない罪悪感を、怒りに変換して、デルミーラ……君とシーラッハ公爵家に向けてきたのだよ!」


「なぜ私が責められるの!」


「十五年前フォンジー殿の婚約者だった君が彼の人格を否定したことで、フォンジー殿と関わりのなかった善良な貴族たちも、彼に対する悪い噂を信じた。

 だから彼らはフォンジー殿を罵り、彼の悪評を広めてしまった。

 だが彼の人柄が証明され、噂の真偽を確かめず善良な彼を貶めてしまったことに、みな少なからず精神的なダメージを受けた。

 だから人々は君に怒りを向けているんだ。

 フォンジー殿の元婚約者だった君が、彼の悪口を言わなければ信じなかった、自分たちが彼を批判することはなかったとね」


「そんなの勝手だわ!

 今まで好き勝手フォンジーの悪口を言ってきたくせに!

 風向きが変わったら私のせいにするの!?」


「そうだね、みんな身勝手だ……だが君ほどではない。

 君は十五年前の事件を利用し、ザロモン侯爵家の有責で婚約を破棄した。

 そして自身に同情を集め、より良い結婚相手を見つけるために、誠実なフォンジー殿の不名誉な噂を流し、彼を陥れた。

 愛する妻を失ったばかりとはいえ、『婚約者に酷い扱いを受けた』と言って泣いている君を、可哀想だと思って妻にしてしまったことを、僕は今になって後悔しているよ」


「私だけを悪者にする気?!」


「君は自覚がないのか?

 自分が悪女だということに?

 僕が君が十六年前社交界で遊んでいたことを、僕が未だに知らないとでも思っているのかい?

 フォンジー殿に無理やり襲われて処女を失ったというのも嘘なんだろう!」


夫に冷たい目で睨まれ、心臓がドキリと音を立てた。


当時のことを夫に知られていたなんて……。


うまくやっていたから、絶対に知られるはずはないと思っていたのに。


夫は変わった。


十五年前の愛する妻に先立たれ正常な判断ができなくなっていた、世間知らずの公爵じゃない。


酸いも甘いも噛み分けた、名実共に公爵になりつつある……いやもうとっくになっている。


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