第15話「愚か者でも可愛い弟だった」二章・最終話




――十数年後――



「あなた、どうされたのですか?」


私はかつて弟が使っていた部屋を訪れていた。


この部屋は父が弟を除籍してから、使われていない。


リックとエミリー嬢の婚約が破棄された後、リックがエミリー嬢の誕生日などに贈ったプレゼントが子爵家から送られてきた。


婚約を破棄した男から貰ったプレゼントなど、いらないということなのだろう。


それらの物を箱に詰め、弟の部屋で保管している。


「この部屋を、末っ子のために使おうかどうか考えていたところだ」


「この部屋は、旦那様の弟君の部屋でしたね」


私とデミーの婚約が破棄された十年後、私は男爵家の令嬢と結婚することができた。


私は、リックのやらかしたことを何年にも渡り誠心誠意謝罪して歩いた。


その結果、ザロモン侯爵家との付き合いを再開してくれる家が現れた。


領地の復興のために、支援してくれる家も現れた。


だが全部が元通りにはなったわけではない。


リックとエミリー嬢の婚約が破棄されたことで、失ったものも多い。


でもだからこそ、今ザロモン侯爵家と付き合ってくれている人々には心から感謝している。


妻も弟がやらかした事を知っている。


知っていてザロモン侯爵家に嫁いできてくれた。


「もう少し、この部屋をこのままにしておいてもいいかな」


父は、器量がよく才能豊かな弟を気に入っていた。


父は侯爵家で一番広くて日当たりの良い部屋を、リックに与えた。


この部屋を、「リックの遺品で塞いで置くのは勿体ない」、「そろそろ整理すべきだ」という人もいる。


だけど……わがままで直情的でアホで自己中心的で自己愛の固まりだったけど、それでも俺にはたった一人の可愛い弟だった。


弟はザロモン侯爵家を窮地に陥れ、私の婚約をだめにし、父を退職に追いやった。


だが弟を正しく導けなかったのも、父と私だ。


弟は憎い存在であり、十数年経過した今では懐かしい存在でもある。


弟に抱く思いは複雑だ。


「私一人ぐらい、弟のことを覚えていてあげたいんだ」


せめて弟に対するこの複雑な思いが、許しに変わるまで、弟の部屋をこのままにしておきたい。


かつてリックの婚約者だったエミリー嬢は、隣国で子爵家出身のデザイナーと結婚したと聞く。


もうエミリー嬢の心に、弟との思い出など一ミリも残っていないだろう。


女性は切り替えが早い、自分を蔑ろにした男になど未練などないだろう。


だからせめて、兄である私くらい弟のことを覚えていてあげたい。


この部屋を片付けてしまったら、弟の存在そのものが消えてしまいそうだから……。


「よろしいのではありませんか、旦那様にとっては大切な場所なんでしょう」


妻はそう優しく言ってくれた。


「ありがとう」


妻の優しさに涙が溢れた。


「旦那様も涙もろくなりましたね」


「お父様〜〜! 僕の部屋の話どうなったの〜〜!?」


末の息子が部屋に入ってきた。


末の息子は私の母に似て、金色の髪にエメラルドグリーンの瞳をしている。残念ながら顔は私に似て平凡だ。


私は慌てて服の袖で涙を拭う。


妻がハンカチを手渡してくれた。


ハンカチには美しい刺繍が施されていた。


このハンカチは妻の友人が隣国を旅行したとき、土産として買ったものらしい。


この刺繍によく似たものをかつてどこかで見た気がするが、もう思い出せない。


「お父様、泣いてるの?」


父親が泣いてる姿を初めて見た息子が、驚いた顔をしている。 


「お父様どこか痛いの?

 泣かないで、僕が痛いの痛いの飛んでいけしてあげるから」


息子がつま先立ちになり私の頭を撫でようとするが、幼い息子の背丈ではとどかない。


私はかがんで、息子に頭を向けた。


息子は、

「痛いの痛いの飛んでいけ」

と言って私の頭を撫でてくれた。


「ありがとう、痛みが飛んでいったよ」


そう言って息子の頭を撫でると、息子ははにかんだ笑顔を見せた。


末の息子は兄弟の中で一番思いやりが深く、優しい性格をしている。


「お前の部屋のことはまた後で話し合おう」


「はーーい」


息子は元気よく返事をして部屋を出ていった。


私も妻の手を引き、弟の部屋を後にした。


もし生まれ変わりがあるなら、転生したリックにはまともな人生を歩んでほしい。


美形じゃなくてもいい、才能なんかなくてもいい、頭も悪くていい、ただ他人の心を思いやる心を持った、優しい人になってほしい。


それが私の願いだ。






――第二章・終わり――



次回から三章が始まります。

三章の主役はフォンジーの元婚約者のデルミーラ・アブト伯爵令嬢です。



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