第2話 スキル・消火器
「ボウカカンリシャ?」
「とにかく火を消さないと! 避難した人たちと協力して、防火用水の水をバケツリレーでここへ!」
僕の言葉に、店長は弾かれたように外へ出て行った。他の人達に大声で指示しているのが聞こえる。
(初期消火の限界は、火が天井に達するまで。バケツリレーは間に合うだろうか。……異世界にも消火器があれば)
そう思って僕は、さっき見たステータスの「防火管理者」の部分に、折りたたみ表示の▷がついていたことに気づいた。
「ステータス・オープン!」
別ウインドウの「防火管理者」の横の▷を展開すると、「消火器×3」という文字が現れた。よし、これならいける!
「スキル発動『防火管理者』、能力『消火器』!」
僕の左手に、赤いABC消火器が収まっている。僕は消火器の使い方を素早くおさらいした。
粉末消火器の噴射時間は十五秒、火元の三メートル程度まで近づく、火の根元を狙って手前から奥へ小刻みにシェイクするようにホースを動かす。薬剤で周りが見えなくなるから、先に退路を確保。
「ターシャさん! 消火器を使うから、鼻と口を覆って目をつぶっていて!」
僕は厨房奥にいる女性に叫ぶと、消火器の黄色い安全ピンを抜き、右手でホースの先を握った。ギリギリまで火元に近づくと、炎の熱が容赦なく顔に伝わってくる。
(炎に惑わされるな。火じゃなくて、狙うのは燃えている物体!)
目を細めながら、僕は炎の燃え移った机に狙いを定めた。
「噴射!」
左手で強くレバーを握る。白い消火薬剤が勢いよく放出された。十五秒を無駄にしないよう、僕は右手でホースを手前から奥へと炎の根元をつぶすように動かした。
一瞬で周りが真っ白になり、何も見えなくなる。どうやら机の炎は消えたらしいので、今度は油かす入れがあった位置を思い出しながら薬剤をかけた。
消火器レバーの手応えがなくなり、噴射が止まった。
厨房の中に充満していた真っ白な薬剤が、扉と窓から換気されて徐々に視界が開けていく。
燃えていた机と油かす入れは、無事に消火されていた。
ゲホゲホと咳き込む声を聞いて、僕は厨房の奥へと駆けつけた。
「大丈夫ですか!」
熱と煙から身を守るように部屋の隅でうずくまっていたのは、きれいな銀髪をひとつに束ねた女性だった。この人がターシャさんだろう。呼びかけに反応して振り向いた顔はまだあどけなく、高校生くらいにしか見えない。
彼女は碧の目で僕を呆然と見つめていたかと思うと、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「うわあ、怖かったぁー!」
ターシャさんが立ち上がり、僕に抱きついてくる。――って、上半身ブラジャーみたいな胸当てしかしてないんですけど!?
(あ、そっか。上着で叩いて火を消そうとしたのか)
ぎゅむっと柔らかな感触に下を向くと、谷間が見えてしまった。見たら失礼だけど目が行ってしまう罪悪感を振り払うように、「こ、これを着てください!」と僕は羽織っていたフリースを後ろ手に脱いで、彼女の肩にかけた。
「水、持ってきたぞ! って火、消えてるじゃん」
戸口から、マッチョ店長が両腕に四つもバケツをかけて顔を出した。
「あ、水ください! 火種が完全に消えていない可能性があるんで」
僕は泣きじゃくるターシャさんに「ちょっとごめんね」と言って離れ、店長からバケツを受け取ると、油かす入れの器と真っ黒になった机に水をかけた。これで一安心だ。
「君、あの火事を一人で消したのか? 水も使わずどうやって?」
不思議そうに火災現場を調べる店長に、ターシャさんが紺のフリースの前を内側から合わせながら、興奮したように言った。
「この方が魔法を使って助けてくれたんです! 白い煙がブワーッと出たら炎がサーッと消えて」
関西人みたいな説明だな、この子。
「おお、兄ちゃんは魔法使いだったのか!」
店長も興奮し出す。僕は思わず腰が低くなった。
「あ、いえ、ただの防火管理者です」
「勇者の親戚みたいなもんか? 火事を一瞬で消すなんてすごいスキルだ!」
「そう、すごいんです! 私の命の恩人です! ……あの、あなたのお名前を」
ターシャさんが僕の手を両手で握ってくる。袖を通していないフリースの前が開いて、またお胸がコンニチワしてるから、しまっといて欲しいんですけど!
「ユ、ユウです。マミヤ・ユウ」
「ユウ様ですね! 私はターシャ。新米コックとしてここで働いているんで、いつでも食べに来て下さい! もちろんご馳走します。何ならおうちに作りに行きます!」
そう言ってターシャさんがまた僕に抱きついてくる。
カノジョいない歴=年齢の僕にもとうとう春か? しかし、危険な目に遭ったときのドキドキを恋のドキドキと勘違いしてしまう「吊り橋効果」を悪用するのも気が引ける。
「ありがとう。……えーっと、とりあえず油かすはあんまり溜めない方がいいよ。中の方で熱が発生して自然発火しちゃうから、通気性のいい器に捨てるとか、平たく置いてさましてから水をかけて捨てるとか」
「自然発火するのか、そいつは知らなかった。――ユウさん、わしからも礼を言わせてくれ。お陰で店を火事から守れたし、お客さんに被害も出なかった。ユウさんはうちの店の永久会員だ! いつ来ても食事は
マッチョ店長が僕の背中をバンバンとたたく。
正直、この世界のお金も換金性のある物も持っていないから、食事の確保ができたのはありがたい。防火管理者さまさまだ。
「あと、俺の兄貴の宿屋で一室借りておくから、好きに使ってくれ。……泊まるところ、ないんだろう?」
マッチョ店長の言葉に、僕は「どうしてわかったんですか」と問い返した。
「その黒髪、ユウさんはマレビト――別の世界から迷い込んで来た人じゃないのかい?」
ターシャさんが「どうりでみたことのない生地だわ、この服」と僕のフリース上着をまじまじと見る。あっ、恥ずかしいから服のにおいは嗅がないで!
店長の説明によると、この世界にはときどき、異世界から迷い込んだ人が現れるという。マレビトと呼ばれる彼らは、こちらの世界ではほとんどない黒い髪をしていて、不思議な能力や技術、アイデアを持っているそうだ。
「電池とか、燃える水を使った暖房器具とか、きれいな刺繍が入った布とか、うまい料理とか。この食堂で出してるチキンバンバンやカレーうろんも、昔マレビトが伝えたものなんだ」
たぶんチキン南蛮とカレーうどんだな。
マレビトの知識はどこの村でも歓迎されるため、こちらで生活基盤を築けるまでは村全体で面倒をみる風習があるそうだ。医者や技術者といったチート能力者は首都で成り上がりを目指すが、ほとんどは田舎でスローライフをしたがるという。
何の能力もない人はどうするんだろう、と心配になったが、アニメやラノベのストーリーを語り聞かせるだけでも、吟遊詩人として生きていけるらしい。
とりあえず僕は「防火管理者」として宿屋に一室を与えられ、働かないのも申し訳ないので、マッチョ店長の食堂でバイトをしつつ暮らすことになった。
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