最強〈おまえ〉はそこで黙って待ってろ!

渡貫とゐち

第1話 奴が『戻って』くる前に

 キィン、と剣が弾かれる。

 敵は鉄の鎧を身に纏っているわけではないのに――、近づいてくる敵は全方位、たとえ背中であろうとも、どんな攻撃も通用しなかった。


 三人の戦士の間をすり抜け、減速し、三本の足の指で大地を掴んで勢いを殺した敵が、振り向いた。

 手には斧……、額から二本、鼻から一本の角が大きく突き出ている敵は、上半身が堅い筋肉で覆われている……。

 ただ、堅いとは言っても所詮は筋肉である。一極集中で攻撃すれば破れる気もするが……。


 敵の堅さは筋肉ではない気がする――まるで見えない壁でもあるように……魔法か?


 だが、脳みそまで筋肉に見える敵に、魔法が使えるとも思えないし……。斧を振り回すだけの単調な動きを繰り返しているのに、魔法を使える、使えない以前に、『使う』なんて発想が出てくるかも怪しいものだった。


『使える』からと言って、『使う』頭があるとは限らない。


 眠っている才能を自覚しておらず、一回も使うことなく一生を終える者だっているのだから。



「――またくるわよッッ!?」


 魔法戦士・ルナ=ピースワンが叫んだ。

 彼女は魔法『使い』ではあるが、意図的に魔法の習得技術をいくつも落とし、肉弾戦に振り分けることで『戦士』としての立ち回りを得た魔法使いである……、ゆえに魔法戦士。


 魔法使いに魔法では劣るものの、戦士に対しては魔法で優位を取ることができる。


 そして、魔法使いであれば棒立ちになってしまう場面が多い中、彼女の場合は、守られる必要がない……、本音を言えば、できれば守ってほしいが、他人の盾を前提にして、油断から致命傷を貰ったら笑いごとじゃない。

 一生、笑えなくなる状況になるくらいなら、自分の身は自分で守る。デバフをかけ続けながらも自分の身を守るには、やはり戦士としての立ち回り方を習得するしかなかったのだ。


 そのせいで他の魔法使いよりも太い(筋肉がついた分だけ太く重いだけで、平均女性の体型は維持している……)が、ご愛嬌である。



「もう一回だけ試して!」


「よしきた!」


 迫ってくる魔物と同じ斧を持った禿頭の男が、振り下ろされた斧を避け、敵の懐に足を踏み込み、自身の斧を叩きつけた――が、やはり今回も弾かれた。


 魔物の動きが止まった隙を狙い、遠方から飛んできた矢も、敵の死角である首の裏に直撃したものの、致命傷どころか傷の一つもつけられない――。


 キィン、と、やはり鉄を打ったような音が響くだけだった。


 バランスを崩した魔物は、しかし僅かによろめいただけで、倒れはしなかった。助走もないのに一瞬で加速し、禿頭の男を肩で押し飛ばす――、

 その瞬間を見ていた魔法戦士・ルナは、彼と魔物の肩が触れていないことを確認した。


「やっぱり……、敵の周りに、見えない鎧でもあるのかもしれないわね……」


「どうするー? オレの矢でも無理だったし。鎧なら隙間でもあるのかもしれないけど……、見えなきゃそこに突っ込むことはできないぞ。

 見えていても難しいことを、見えない中でやるってのは……時間があっても可能性が上がるわけじゃないし」


 近くの建造物の上から顔を出し、こちらを覗く少年は、同じパーティの仲間だ。弓使い・マツリ=クリエイト7(セブン)――そして斧を持った男は、魔物に吹き飛ばされた後、やっと落下してきて地面に倒れている……。見た目の怪我はないようだ。


 相変わらず、頑丈な体である……トドロキ=クリエイト2(ツー)……。


 そしてもう一人、仲間がいるのだが……、彼は今のところ、足止め中である。


 他の魔物がこの場へこれないように足止めしている……のではなく、わざと時間がかかる対処をさせる、という罠にはめ、ルナたち三人が彼のことを『足止め』しているのだ。


 なぜか?


 それは彼が、どんな敵でも最速、最短で倒してしまう――『最強』だからだ。





 タイムリミットがやってきた。


「はッはッは、お困りのようだね、三人とも!」

「げ、ジェン……」


 とうっ、と口に出して、並び建つ建造物の上から飛び降りた青年……ジェン=ジャック。

 彼は背中に背負う十字架の剣を抜いて、魔物の頭上に振り下ろした。


 結果は……、弾かれた。


 ふ、と少しだけ笑みが漏れたルナだったが、ジェンの方は悔しがる様子もなく、「ふむ」と最短の思考に耽り――、



「突っ込んできてくれるかい、魔物さん」


 中指でくいくい、と手招くジェン……、魔物は理解したわけでもないだろうが、只者ではない彼の威嚇にあてられ、足早に突撃しようとしていた。


 同時に突っ込むジェン。

 正面から交差する瞬間、十字架の剣の、左右に伸びる刃で軽く斬りつけてみれば、やはり見えない鎧に阻まれてしまった。

 弾かれてはいないが、鉄を引っ掻いた感覚が彼の手の中に残っている……。


「なら今か」


 と、通り過ぎた魔物の背中を、長い刀身で斬る――ギリギリ、気づいた魔物が体を捻って反応したが、切っ先、ほんの数ミリ、魔物の筋肉を切った――。


「え、嘘っ!?」


 ルナが衝撃を受ける。


 彼の十字架の剣のおかげ? それとも、魔物の鎧のカラクリを、見破ったのだろうか……。


 でも、だとしたらどうして――どうやって!? ヒントがどこにあった?


「聞こえないかい? ルナちゃん……ヒントは音だよ」


「音……、そんなの、足音しか……」


「そう、足音」


 と、ジェン。


「近づいてくる魔物の足音が、通り過ぎた時だけ、変化する……まあ、分かりにくい音だよ。

 半音だけ下がっている音だ……、気づかなくとも、でも違和感を得たはずだよ」

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