緋空の霧

のつなよ.exe

壱章 : 臨海の姫

 薄闇の海辺、星が煌めき、波が応える

そこへ入り込んだのは1人の少女。

髪は黄金、美しい艶に満ちており、

ちょうど、肩甲骨辺りまで流れている。

半袖の服に羽織、動きやすそうな半ズボン...

両手に薄くて丈夫な手袋をめ、

その手に持っているのは細長い流木の棒。

ブーツで砂をサクサク言わせながら、

白い波が届くギリギリで立ち止まる。

「さぁてと...」

ターコイズブルーの瞳は、

その眼前の広い海を見据える。

地面に流木を突き刺すと、

緩やかになびく羽織をそれに掛ける。

風で飛ばない程度に縛ると...

「よし...!」

勢いよく海へ突入した。


全身を使い、慣れた動きで着々と

深く、深く...潜っていく。

手からマジックのように石を取り出す

指で圧を加えるとその石は光を灯し始める


魔法鉱の類い、「ともし石」...。

刺激を与えると魔力が尽きるまで

ランタンの様に周囲を灯し続ける。

高いものでは特定の手順を踏むことで

魔力を再補充できるが、これは関係ない。


海底が照らされるとそこに見えたのは、

その少女とは比にならない程の巨大な壁

迷わず手を当て、集中....。

紫の稲妻がその壁の全身に走ると、

壁は水の中だけに轟音を立て消えた。

見届けると浮上を始めた。

しかし、その壁は想定よりも

遥かにマクロだったらしく、

埋まっていた部分全域が

海を揺らしながら直ちに崩壊を始めた。

(やばっ....!)

浮上のスピードを上げる

だが、消滅分を埋め合わせるように潮が動く。

親には言わずに潜って物を取ってくる事を

毎日のように繰り返していたが

本当に今日のは規模がおかしかった。

水面まであと少しだが息が足りそうにない...!

今回ばかりは後悔した。

がしっ...!

不意に腕を掴まれると、

そのまま水面ヘ引き摺り出された。


 しょっぱい海水を吐き出す。

「...! お父さま......?」

「はぁ、アルニ......。お前って奴は......」

「ごめんなさい、勝手に...」

「気づいてたさ...とうの昔にな、取り敢えず休め、説教は後だ...」

驚きの気持ちと後悔と懺悔が

胸の中を泳ぎ回る。

「......。」

「ほら立て、置いてくぞ...?」

「あぁっ!待ってよ...!」


シャワーを浴び、着替えると

宣言通り説教が始まったのであった。

正座で互いに目を見合ってでの説教、

半分聞き流していた事は内緒だ。

「んで、今日は何が獲れたんだ?」

「それがね...!」

「やっぱ聞いてなかったろ...」

思わず立ち上がってしまった事に気づく、

顔に熱が入るのが自分でも分かった。

何も言わずゆっくり正座の体勢を取る。

「まぁ、いい...次からは父さんも呼べよ? じゃあ...見せて貰おうかな?」

「...はいっ!」


再び砂浜に戻ってきた。

錆びきった鉄の欠片を取り出し、

それを高く放り投げると、

「お父さま! こっち!!」

「ちょっと...!?」

直ぐにその場から離れ、丘の上に登る。

すると、放り投げた錆びた欠片が

紫の火花を放ちながら、

爆発的に成長を始めたのだった。

それが止まった頃にはひたすらに広い、

この砂浜の半分が埋め尽くされた。

「...これは!!」

「すごいよこれ!」

アルニの父親、

ガリウの逞しい手が彼自身の顎に添えられる

「...海獣の、いや、違う...。見たことがないサイズだが...、まるでこれは...船の、頭...?」

そう、其れは紛れもない船の頭だった。

しかし、普段漁に使う船とは

材質も、大きさも、何もかも規格外だった。

「これ、治そう! で、治ったらえーと...海の向こうに渡ってみたい!」

「治して海へ...! 楽しそうだ!! やってみよう!! でも、アタマだけじゃ海には出れないぞ?」

「うーん、じゃあまた私が...」

「ダメだ」

即答。

「えぇッ!?」

「懲りないな...ははははは!!!」

「あぁッ! バカにしないでよっ! ふふっ」

 夜の静けさに笑い声が響く。

「ははははは...、ふぅ...。格納魔法が使える我が国の民に有志、募ってみようか...」

「おぉっ! じゃあ私が復元魔法で綺麗に!」


格納魔法、対象を量子レベルで分解、

魔力として保存する、得意な魔法。

格納のキャパシティは、

使用者の魔力総量に比例し、

魔力総量が多ければ多い程に

高質量、高体積、高密度の物を分解できる。

分解した対象は魔力の状態では質量を持たず、

そのまま持ち運びができる。

一部を格納せず残すと、

安定しての取り出しが可能となる。

復元魔法はそれの派生となるが、

ここではまだ触れないでおく......


「うん、じゃあ父さん組は力仕事だな!!」

「やったぁ!」

はしゃぐ娘を見て

国王でもある彼は優しく微笑むと、

「今日は遅いし危ないから明日からだな」

「はーい...」

石造りの平坦な造りの城へと帰って行く

砂浜に再び静寂が戻った。






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