水底の子ども達

雪翅

①不穏な夜――1


 夜とは、こんなにも心揺さぶるものだっただろうか。

 頭上に広がる星の海。ビルばかりが煌びやかな街とは違い、限りない空の輝きだけが美しく目立つ。

 視界の頼りになるものは、月明かりと、手元で揺れる提灯のみ。一般道路には設置されていて当たり前の街灯も、この村ではほとんど見かけない。

 都会という華やかな場所とは全くかけ離れた環境に、美樹よしきは酔いしれた。


 車の騒音が響かない闇の中、鈴虫の輪唱が風と戯れる。昼に比べてかなり和らいだ熱気を伴って。


「おいっ。なーにぼけっとしてんだよっ。暑さに頭やられたか?」


 先を歩いていたりょうが振り返り、手に持つ提灯の光で美樹の顔を照らした。

 温かい光が眩しくて、美樹はつい顔をしかめてしまう。


「べ、別にぼけっとなんかっ……やっぱりいいところだなって思っただけだよ」

「そーかぁ? カフェもなければネットもまともに繋がんねーし、都会育ちの坊ちゃんには物足りねぇんじゃねーの?」

「ううん。むしろ充分すぎるくらい。ここに来ると余計なこと考えなくていいっていうか……のんびり出来るから」


 祖父のいる田舎で日々を満喫するのは、美樹の夏休みの恒例行事となっていた。

 父と母と住む都会での生活は、勉強だの習い事だので息が詰まりそうになる。忙しない日常を生きていけるのは、一年に一度、自然に溢れたこの村で穏やかに時間を消費出来るからだ。

 それに何より、美樹のこの恒例行事には、毎年付き合ってくれる友の存在がある。


「早速亮にも会えたしね。七月中に宿題終わらせちゃっててよかった」

「けっ、嫌味かよっ。この優等生め!」


 宿題。大半の小学生が嫌がる単語は亮にとっても例外ではないらしい。不機嫌そうに眉を潜めた友は、大股で目的の方向へ進んでいく。


 祖父の近所の家に住む亮とは、電話番号を交換しているわけでも、文通を交わしているわけでもない。一年に一度、夏の一時を共に過ごすだけだけ。美樹も亮も、そのほどよい距離感を楽しんでいる。


 田んぼと草むらに囲まれた砂利道。整備の手が入らない荒れ具合が、また美樹の胸を高鳴らせた。石粒や泥でスニーカーを汚しながら、自分の足でしっかり土を踏んでいく。


「……本当に、見られるの?」


 美樹は前を行く広い背中に問いかける。一年という月日は、この田舎で生活する友を、会うたびたくましく感じさせる。

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