灰色のラナンキュラス

ひらぞー

ゴフェル村①

曇天の元に人々は集う。

掘り起こされた土の中には棺が置かれていた。

棺に土が被せられていく。

人々は周りで祈りを捧げる。

その中に赤子を抱いた少年が1人いた。

腕に抱いた赤子がぐずりだす。

少年は赤子を抱きしめ、頭を撫でる。


「大丈夫、兄ちゃんがついてるから」


少年は優しく、力強く囁いた。



朝露に濡れた葉が日差しにさらされ、キラキラと光る。

小さな村のはずれで木が当たり合う音が聞こえた。

音の正体は2人の男の木剣を用いた戦い。

15歳の少年、ノアは木剣を脇に構える。

それに対して、ノアの兄であるバトーは中段に木剣を構え、迎え撃つ体勢をとった。


「ハァ!」


ノアはバトーの腹めがけて突きを放つ。

バトーはそれを身体の捻りと重心移動で躱す。

そして、ノアの頭を狙って木剣を斜めに振った。

ノアは頭を下げて回避すると、体を回転させ右の水平斬りを放った。

バトーはすかさず木剣を間に挟み、ノアの一撃を防ぐ。


「だぁぁぁ!!」


ノアは気合いと共に前に出た。

右袈裟、左袈裟、右逆袈裟、左逆袈裟、右薙、左薙に突きに斬り上げ、斬り下ろし。

次々に連撃をたたみかける。

しかし…


「…クソッ!?」


それらは全てバトーに防がれる。

焦ったノアは大振りの一撃を放った。

力で防御を突破しようとしたのだ。

だが、それは悪手だった。

大きく勢いをつけたその攻撃は簡単に避けられ、体勢を崩す。

すかさず飛んできた足払いに当たり、前のめりに倒れ込んだ。


「しまっ…!」


急いで起きあがろうと顔を上げる。

顔を上げたと同じタイミングで頭頂部に衝撃と鈍痛が走り、硬い木が当たる乾いた音が鳴った。


「痛ってぇぇぇぇ!!」

「はい、俺の勝ち〜」


ノアは頭を抱えてゴロゴロと転げ回る。

それを見てバトーはコロコロと笑った。


「ハハハ、ノ〜ア〜。

相手に隙がない状態での大振りはやめろって、前に言っただろ?」

「ッ〜…わ、分かってるよ。

でも…兄貴があんまりにも攻撃防ぎまくるもんだから…つい」

「焦って出ちゃったと…感情的になりやすいのは兄ちゃん感心せんぞ?

戦いにおいて最も重要なのは冷静さだ。

それを失う事は敗北に等しいんだぞ?

さっ、もう一回だ」

「分かったよ、いつつつ…」


頭を摩りながら、ノアは立ち上がり木剣を構えた。

深く深呼吸をし、瞳を閉じる。

数秒後、目を開くとバトーに向かって剣を打ち込んだ。



「んぐっ、んぐっ…ぷはぁ…あーあ、結局10回やって、勝ったの2回だけかぁ」

「ハハハ、そう落ち込むなって。

まだ剣を握って1年のお前が10年やってる俺に5分の1は勝てるんだぞ?

凄いことなんだぞコレは」

「でも兄貴の本来の獲物って槍じゃん。

得意の武器でも無いヤツでボコボコにされたら自信無くすよ。

才能無いんじゃ無いかって」

「そんな事はない。

俺がお前と同じ歳の頃は、お前ほどの腕はなかった。

剣の才は俺よりもずっと上だよ、ノアは」

「そうかなぁ?」

「そうだよ」

「……わかった。

兄貴が言うなら、ひとまず信じてみる」

「…ふふふ」

「な、何だよ。何で撫でるんだよ?」

「別に〜、何となくな?」


時刻はちょうどお昼時。

ノアとバトーは村の広場にある井戸に来ていた。

水を汲み、飲みながら先ほどの模擬戦の事について話し合う。

ゴフェル村。

王都から離れた小規模の村。

2人はここの自警団の一員として暮らしていた。

今日は2人とも非番であったが、自主訓練として村の外れで模擬戦を行ったのだった。

しばらく会話していると、遠くの方にこちらに向かって進んでくる荷馬車とその周りを囲うように歩く自警団の姿が見えた。


「おーい」

「あ、帰ってきた!」


馬車から手を振る人の声に、広場にいた人々が反応する。

3週間前に王都に行商をしに行っていた人達が帰って来たのだ。

馬車は広場の中心に止まり、周りにいた自警団と荷台に乗っていた面々は積んだ荷物をおろし始め、周りには人集りが出来ていく。


「はー、もう帰って来たのか。もっと遅くなると思ってたのに」

「だね。普段なら1か月くらいかかるし」

「そりゃ今回は売りと仕入れが上手いこといったからねぇ、滞りが何にもなかったよぉ」

「うむ、重畳と言ったところだなぁ」

「あ、トムさん、じいちゃんお帰り」

「ただいまぁ、ノア。バトー、これ。頼まれてた本だぁ」

「おお、ありがとうトムさん」


2人して馬車の様子を眺めていると、商人のトムと村長のダズに声をかけられた。

立派な髭を蓄えた、いかにも商人といった感じの中年男性であるトムは、髭をモフモフと触りながら、ニコニコとした笑顔でとても機嫌良さそうにしていた。


「♪〜」

「偉く上機嫌だねトムさん、何かいい事でもあったの?」

「ふ、ふ、ふ。よくぞ聞いてくれたねぇ。ノア。

実はぁ…こんな素敵な品があったんだぁ!」


ノアの問いかけにトムは懐からある物を取り出した。

それはーーー金色に輝く木の実だった。


「何これ?」

「ふふ、聞いて驚くんだぁ。これは…生命樹の実だぁ!」

「生命…あー、あれか。御伽噺の」

「そう伝説に伝えられし幻の実!食べた者に摩訶不思議な力を与え、たとえ不治の病であってもたちまち治してしまい、ある者は未来を読み、ある者は巨岩を持ち上げ、ある者は空を駆けたとさえ言われ、しかもしかも!常人とは比較にならない程の、それこそ神秘の生物であるかの妖精達のような長命と美貌を食した者に与える事からこの実を巡って人々は熾烈な戦いを繰り広げ、その様は地獄のようであったといわれて…」

「いっただきまーす」

「ああああああああああ!!!」


凄まじい早口で語りだしたトムを尻目に、ノアは木の実に齧り付いた。

果実特有の甘い味が口の中に広がる。

それと同時にノアは口当たりに違和感を感じた。


「ノ、ノア、君はなんてことを…」

「トムさん、コレ。ただのリンゴだよ。塗装しただけの」

「…へ?」

「ほら、見て」


ノアの突然の奇行に慌てふためいていたトムだったが、ノアの言葉に齧られた部分を確認する。

そこには齧られた縁からピラピラと剥がれかけた塗装とその下に隠れたリンゴの赤色が見え隠れしていた。

その様にトムは愕然とする。


「そ、そんなぁ…確かに本物だって言ってぇ…」

「この前は黒龍の鱗、その前は紅玉髄の盃、さらに前は第4英雄の剣に星屑の首飾り、それ以外にも天翔る獅子の羽に大海蛇の牙、神酒の木の梢、獣鬼の毛皮、白夜を告げる鐘、聖母の涙石、大妖精の絹衣…本物だった事なんて一度もなかったじゃん。いい加減にしなよ」

「でも、それでも…今回こそは当たりかもしれないって…つい」

「買っちゃったと?」

「うん…」

「はぁ…普段は目利きはしっかりしてるのに趣味のことになると途端に曇るんだから…ていうか、じいちゃん。一緒に行ってたんでしょ?なんで止めないの?」

「ワシかて反対はしたさ。だが、ちょっと目を離したら買ってたんだよ」


ダズはバツが悪そうに頭をかいた。


「油断も隙もない…で?いくらで買ったのコレ?」

「金貨5枚…」

「マジで?王都で1年は暮らしていける金じゃん?本当に?」

「うん、本当…」


項垂れるトムにノアとバトーは呆れた。

トムは目に涙を浮かべて、2人に縋り付く。


「お、お願いだよノア、バトー!

どうか、どうかこの事は内密に、ここだけの話にしておいてくれないかぁ!?

じゃないと、じゃないと僕ぁ…僕ぁ「へぇ、何を内緒にしておくってんだい?」ひぃぃぃい!!」

「あ、ココさん」

「どもっす」

「おう、ココ」

「やぁ、みんな。こんにちは」


トムの後ろからヌッと姿を現したのはトムの奥さんのココだった。

眉間に思いっきり皺を寄せたココは指をパキパキと鳴らしながらトムに詰め寄る。


「あんた、またガラクタを買って来たのかい。もうやめる、もう買わないってアタシとこの前し〜〜〜〜っかり約束した筈なのに買って来たのかい?ん?ん?」

「あ、あは、あははは」

「…あんた」

「はい…」

「何か言う事は?」


ココはトムの目と鼻の先に顔を近づけるとにっこりと笑う。

トムはそれに対して、懐に手を入れ、幻の木の実(偽)を取り出してぎこちなく笑いながら言った。


「た、食べるぅ?」

「…こんの大馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぎゃああああああ!!!」


トムはココに体を持ち上げられ、肩に担がれ、背中を弓の様に反らさせられた。

トムの身体からバキバキとした音が鳴る。

トムはしばらくバタバタをもがいた後、グッタリとして動かなくなった。


「何だ何だ。騒がしいな」

「全くよ…ってトムさんどうしたの?」


騒ぎを聞きつけて、ノアの幼馴染で3歳年上のガーダとセパの夫婦がこちらにやって来た。

2人は今年結婚したばかりの新婚であった。

ノアにとっては友人である2人の結婚はとても嬉しいものであり、祝福するに相応しい出来事だと思っていた。

そんな幼馴染夫婦の質問にノアが答える。


「いつものアレだよ、アレ」

「ああ…まだ懲りてなかったのね…」

「パチモン掴まされて酷い目に遭うって毎度の事なのに、何でするかなぁ」

「学習能力がないんでしょ単純に」

「いや、違うね。俺にはトムさんの気持ちがよく分かる」

「何よガーダ」

「決まってる。ロマン…さ」

「ノア、こんな駄目人間になっちゃダメよ?」

「なるわけないじゃん」

「おい?2人とも?」

「あんた、もしトムさんみたいに碌でもないお金の使い方したらただじゃ置かないね」

「碌でもないとはなんだぁ。趣味を持って夢を追うのは人生にハリを持たせる為に必要不可欠だろうが」

「大人は現実を見るものよ」

「いつまでも夢追い人だとプー太郎になっちゃうよガーダ?」

「誰がプー太郎だコラ、ちゃんと働いてるの知ってるやろがい」

「もし無職になったら速攻別れてやるから。その時はノア、あんたが旦那ね?」

「いいよー」

「おい!?」

「はは、相変わらず仲良いな君達」

「全くだのぉ」

「笑い事じゃないですよぉ〜」


笑い声が辺りに響く。

ガーダは情けなく肩を落とした。

そこに荷運びをしていた自警団団長のガンスから声がかかる。


「おーう、若人諸君。盛り上がってるとこ悪いけどよ。何人か手伝ってくれねぇか?」

「はーい。あ、兄貴はいいよ。俺が行くから先帰ってご飯お願い。ガーダ、行くよ」

「おう、了解」

「えー、俺やるの?」

「いいじゃない。行ってきなさいよプー太郎」

「だからプー太郎じゃねぇ!」


ノアとガーダはガンスの所に向かうと荷物を受けとる。

それらをトムの家の倉庫まで運んでいく。

何回も馬車と倉庫を往復し、最後の荷物を持ってき終えるとノアは一息つき、汗を拭った。


「よーし。コレでラストっと」

「あー、つっかれた」

「い、いやーありがとう2人共、助かったよぉ」

「これくらい何ともないよ…ってトムさん大丈夫?」


ノアがトムを見ると、背中を弓みたいに曲げられた影響か、体をプルプルと震わせていた。


「へ、平気さぁ。これくらい。いつもの事だからねぇ」

「いつものことにしちゃいけない事だと思うんだけどねソレ。その内、死んじゃうよ?」

「ふふ、それでもやめられない止まらないのが僕という男なのさぁ…」

「すげぇ、全然懲りてねぇ」

「絵に描いたような反面教師ぶりだね」


まだまだ反省して無さそうなところが見えるトムに、コレはまたやらかすんだろうなとノアは思った。


「…はぁ。荷物の整頓はやっといてあげるから休んどきなよ」

「い、いいのかい?」

「その状態じゃ、どーせ仕事出来ないでしょ。ほら、行った行った」

「うう、ありがとうノア〜」

「感謝はいいから、反省して。ココさんに迷惑かけないように」


トムは倉庫からフラフラとした足取りで出て行った。


「全く、しょうがない人だねぇ」

「母親みたいだなお前」

「あんな子育てた覚えはありません」


トムの後ろ姿を見送った後、荷物の整頓をしていく中で、ガーダはノアに話しかける。


「…なぁ、ノア。1ついいか?」

「ん?」

「なんで商売人になるの諦めたんだ?」

「…何〜、またその話?前にも話したし、もういいでしょそれ」

「だってお前、本当はトムさんとこで働くつもりだったんじゃねぇのか?

前までちょくちょく勉強に行ってたじゃねぇか」

「…」

「だけど、お前が選んだのは商人じゃなく自警団だった」


ガーダの言う通り、14歳まではノアは商人を目指し、トムの元で勉強をしていた。

だが15歳になってから急に方向転換。

自警団に入り、訓練を始めたのである。


「お前とは長い付き合いだよ。だから分かる。

お前は優しい。ただ強くなりたいからだとか、凄そうだからとかそんな単純な理由で武器を持つ様な奴じゃない。でも剣を使う仕事を選んだ。ならなんかあると思うのが普通だろ?」

「…前に言ったでしょ。何となくだよ、何となく。なんかかっこいいなぁ〜って思ったからで」

「そんな理由ではぐらかせると思ったか?」

「…」

「ノア」


ガーダが真っ直ぐにノアをみつめる。

ノアは勘弁した様に鼻から息を吐いた。


「去年さ…じいちゃんに用事があって家に行った時にさ。偶然、じいちゃんが兄貴と話してるのを聞いちゃったんだ」

「話?何の?」

「僕の両親の事」

「!」

「父さんと母さんさ…」

「………」

「2人は…殺されたんだってさ」

「…」

「自警団は昔、村にはなかったんだよね?」

「ああ、15年前までは…な」

「うん…父さん、母さんが死んだのも15年前…」


ノアはガーダの方を向き尋ねた。


「襲われたんだよね?この村は…盗賊に」

「…ああ」

「そしてその時、僕の両親は殺された」

「…」


ガーダは押し黙る。

村は15年前に盗賊の襲撃を受けた。

何人もの村人が犠牲となったこの事件をきっかけに村は自警団を発足。

王都にて近衛兵もこなした経験のあるガンスが団長となった。

この悲劇をガーダはまだ小さかった時であったが覚えており、自警団の始まりの理由も知っていた。

だが、当時、生後数ヶ月の赤ん坊だったノアには現在に至るまでこの真実は伝えられてはいなかった。



「びっくりしたよ。僕は病気で死んだって聞いてたのに…さ」

「それは…」

「わかってる。そんな事言うわけないよ。たとえ真実だったとしても教えるわけない」


ふたりして黙りこむ。

少しの間を空けて、ガーダが口を開いた。


「敵討ち…の、つもりなのか?自警団に入ったのは」

「…いや、違うよ」


ヨナは首を振り、否定する。


「……こんなこと言うと薄情な人間と思われるかもしれないけど…僕ね。腹立たしいとか悲しいとか感じなかったんだ。父さん母さんが殺されたって聞いても…」

「…」

「僕にとって、父さん母さんは顔も声も知らない、何も覚えてない人達だったから…だから…許せないとかそういった感情は全然湧いてこなかった」

「じゃあ…」

「でもね」


食い気味にノアはガーダの言葉を遮る。


「僕のよく知っている…みんなが死ぬのは、嫌なんだ」

「…」

「父さん母さんの事を聞いて…僕の頭の中に浮かんだのは…みんなのことだった」


「団長、ココさん、じいちゃん、トムさんに兄貴にセパ…ガーダも…他の人達も」


ノアは顔を上げる。

遠くを見る様な目をして。


「僕、この村が好きなんだ。ここにいる人達には…長生きして…幸せになって欲しいんだ。誰かに殺されてなんてほしくない。ずっと一緒にいたい。だから守りたいって…そう思ったんだ」

「…そっか」


ガーダは納得して顔をそらし、目を閉じた。

ノアは悪戯っぽく笑ってガーダに語りかける。


「…ふふ。まぁ、言い出した時は兄貴に猛反対されたけどね?」

「おいおい」

「何度も必死に頼み込んだんだ。そしたら最後は溜息つきながら了承してくれたよ」


ノアは最後の荷物を所定の位置まで持っていくと、置き、手についたホコリはパンパンと払った。


「よし、終わりっと…まぁ、コレが僕が自警団に入った理由。ご理解頂けました?」

「ああ、分かったよ。よく分かった」

「そりゃあ、良かった」


仕事を終え、2人は倉庫から出て扉を閉める。

仕事が完了したことをトムに伝えた帰り道、日は傾き、そろそろ茜色を帯び始める時間となっていた。


「ノア」


ガーダの声にノアは振り返る。


「やっぱり、お前。優しいな」


ガーダの言葉にノアは笑った。


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