第73話 地獄のビッグカップル?!

門の前で車を降り、石畳の道を建物へと向かう。


(やっぱりと言うか案の定と言うか、古代中国宮殿風なんだ……)


仏教に由来するものだから当然と言えば当然だが、やはり感動が凄い。

生で見た内裏の華やかさも素晴らしかったが、すべてのスケールが大きすぎる。

自分が1/12ドールハウスの中の1/20ミニチュアになった気分だった。


あちこちに立っている衛兵らしき鬼だってそうだ。

小柄でも二メートルはありそうだし顔も怖い。普通に出くわしたら卒倒待ったなしだ。


建物に入って見た鬼の役人たちは古代中国王朝風の衣裳を纏い、忙しそうに立ち働いていた。こちらは人間とあまり大きさも変わらず、いかにも役人や女官、いつも見慣れた人相風体だ。


「篁様、それから……伴忠子とものただこ様、準備が整いました。こちらへどうぞ」


しばらく待たされた後、奥へと通される。


(う、わ……っ!)


執務室なのか、それとも謁見の間なのだろうか。

とにかく広い。全校生徒が朝礼に並べそうな体育館並みの一室だった。

壁やところどころに立つ柱は唐草模様などの彫刻で飾られ、色鮮やかな彩色が施されている。


その奥、一段高くなったところには螺鈿や金箔を散りばめた豪華な執務机があり、やはり古代中国の王様風の煌びやかな衣裳に身を包んだ人物が座っていた。


正に冥界の王に相応しい風格があり、何も分からなくなって気がついたときはひれ伏していた。


「面を上げよ」

「は、はい……」


顔を上げても直視はできない。

流れ落ちる水のように滑らかな髪をハーフアップに結い上げ、柔和に微笑む容姿は男性とも女性ともつかず麗しい。

ふんわりとした眉に睫毛が長い涼し気な目許、高い鼻梁の線も優し気だし青い口紅を引いた唇も男にしては艶やかだが、全体の印象は男性だった。


(この方が……閻魔王様? 何か、イメージと……)


泰山王たいざんおうである。乱暴な招きとなってすまなかったの」

「もももったいないお言葉にございます! ……へ?」


閻魔様ではないらしい。


「ボクが迎えに行ったから閻魔王だと思った~? 今回は泰山王からの依頼で動いたんだよネ」

「単刀直入に申そう。そなたに個人的な相談があって来てもらったのじゃ」

「泰山王様が、私なんかに……?」


泰山王と言えば、陰陽道では泰山府君たいざんふくんと呼ばれ重要視されている。

人間の生死を司るとされ、反魂はんごんの術には欠かせない神格なのだ。


(大貴族の姫君、右大臣、山神様の嫁やあやかしと関わり合いになっただけでも信じられないのに、とうとう神様にお会いしちゃったよ……!)


混乱の目眩に視界がぐるんぐるん回る中でも、泰山王の声は不思議とはっきり頭に届いた。


「他でもない。そなたの物語を紡ぐ力を貸してもらいたいのじゃ」

「は、はい……」


泰山王はひじ掛けに頬杖をついてため息を吐いた。そうすると酷く色っぽい印象になる。


同時に威厳のようなものが去り、温かみのようなものが感じられた。

生々しさと言っていいかもしれない。


「相談というのはな……閻魔王のことなのじゃ」


(あれ? 初めてなのに初めてじゃない、この感じ絶対どこかで……あっ)


深刻そのものなのにどこか甘さが漂う、この雰囲気。

当時は高校生だっただろうか? 友達から片想いの相談を受けたときの感覚にとてもよく似ている。


(えっ何、閻魔王×泰山王? それとも逆! いや考えただけで罰当たりなカップリングだけど、どこかに絶対あるヤツーーー!!!)


忠子の妄想が申し訳なくなるほどに、泰山王の苦悩は真剣だ。

しかしその思い悩む姿がとても艶めいているのだから、美形は罪作りである。


「閻魔王は生真面目で仕事ができる。ただここのところ尋常ではなく根を詰められてな……少しは息抜きをと勧めても、我の言葉など耳を貸してはくださらぬのじゃ」



『泰山王よ、死者を正しく裁くのが我らが役割ぞ。亡者も判決が早い方が良かろう。我らは人と違い不老不死、休む時間など無駄以外の何物にもあらず。そなたも早く持ち場へ戻って職務に勤しむがよい』



突っぱねられたときのことを思い出したのか、泰山王は苦しそうに唇を噛んだ。


(えっ……)


涙こそ零してはいない。

だが薄く眉を潜めた表情からは、切ないほど狂おしい心痛が漂っていた。

表情を隠そうとしているからこそ、かえって心の最も深いところで憂えているように見えた。


「確かに我らはそういう存在じゃ。じゃが……そうやって機械のようにお勤めを果たすうちに、閻魔王のお裁きからは温もりがなくなってしまわれた。以前は一人一人の人生をきちんと見ていらしたのに……」


声を詰まらせてしまった泰山王の後を引き取った小野篁の声もシリアスモードだ。


「そうなんだよ。冥府しか知らないのでは死者の心情を推し量れないとおっしゃって、現世に視察にも行っていたくらいなんだ」

「そうじゃ。いつか祭にご一緒したことがあった」


そのとき心に灯ったほのかな光を懐かしむように、泰山王は胸に手を当てた。

はにかみながら初恋を語る乙女のような初々しい仕草だった。

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