第22話 憧れの陰陽寮を訪問します

あれは一体何だったのか。


自分の見たものが何だったのか、その夜から忠子は文献を漁り始めた。


手持ちの本にはそれらしきものはなかったから、まずは図書寮を訪問して調べた。

リアルで見たものであるから日記や記録を中心に探してみたのだが、誰それのお屋敷の上空を鵺が横切ったとか柱から子供の手が出てきただとかいう記述はあっても忠子が見たものに近い資料はなかった。


(餅は餅屋、鬼だったら陰陽寮だよね!)


ちょっとだけワクワクしているのは許してもらいたい。


高校生のときに陰陽師ものを読み漁り、大学生になってバイトができるようになるといち早く晴明神社へお詣りした身の上としては、陰陽寮は聖地である。


(だけど本当に、平安時代ってその辺に鬼がいたんだなあ。私、霊感ならぬ零感なのに)


ゲームやアニメの聖地には心霊スポットと呼ばれるところも多かったが、寒気ひとつ感じたことがない。気分が悪くなった友達を介抱するのはいつも忠子の役目だった。


(に、しても、遠い! 自転車欲しい!)


大内裏は広い。

飛香舎ひぎょうしゃを起点に図書寮ずしょりょうに寄ってから陰陽寮を目指したら大体一キロぐらいある。息も切れた頃ようやく陰陽寮が見えてきた。

建物の前を掃除している水干を着た細身の背中に声をかける。


「も、もし……、お取次ぎを……」


背格好からすると十一、二歳ぐらいの下働きの少年だろうか。箒を動かす手は止めたが振り返ろうとはしない。


「あ、あの……?」

「おねえさん、ぼくが見えるの?」

「へっ?!」


(出た、晴明もののお約束ー! 訪問すると出てくるのは式神っていうあれー!)


一発目は素っ頓狂な声が出てしまったが、ここは一応現実だ。

陰陽師が使う式神を見たことがあるなど文献上か、見たという人だって知り合いの知り合いで実際に見た人なんかお目にかかったことがない。


(これは揶揄われてるな。徳子さとこ様にお仕えする女房として余裕を見せて威厳を保たなきゃ!)


「ふざけるのはお止め遊ばせ。飛香舎の文車太夫ふぐるまたゆうと申します。お取次ぎをお願いね」

「おふざけ……?」


どこかキョトンとしたような、そして寂しそうな声だった。


「これでも……?」


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


振り向いた顔は真っ黒な羽毛で覆われ、嘴まで生えていた。


「か、か、か、カラス天狗!」


思いっ切り尻もちをついた。腰を抜かした。あまりのことに雄叫びを上げた後は何も言えずパクパクと口を動かすだけの忠子を少年は無表情で見下ろしている。鳥だから表情が分かりにくいだけかもしれないが。


「よく分かったね、おねえさん。ぼくは人間界で修行をしているのさ。見える人は滅多にいないんだけど……あれ、素敵な眼鏡をかけてるね」


口調はボソボソ淡々としたものだったが、首を傾げる目に少しだけ好奇心の光が灯った。カラスだけに光物に目がないのかもしれない。


「こ、これ? 宮中に上がるときに徳子様……飛香舎の女御様からいただいたの」

「へえ、凄いね。左大臣家はそんなお宝も持っているんだ。おねえさんは本当に期待されていたんだね」

「そ、そんな凄いものだったの!?」


確かにオーパーツだと思ったが、そこまでとは思わなかった。

カラス天狗は不思議そうに首を振る。


「どんなものか知らずに使ってたの? 女御は一体……」

有為羽ういは! 何をしている!」

「あっ……おねえさん、またね」

「こら待て!」


忠子の悲鳴を聞きつけて出てきた役人に叱りつけられ、カラス天狗の子供は背中から羽を生やして飛び去ってしまった。

役人は一瞬憤慨して飛び去る方を見送ったが、慌てて忠子を助け起こす。


「あ、あなたは飛香舎の! おっ、お怪我はありませんか?! 失礼はありませんでしたか!?」

「大丈夫です、ちょっとびっくりしただけで」

「それは良かった。……おおい、誰か! 飛香舎の女房殿がお越しだ!」


「飛香舎の!?」

「徳子様のところのか!」

「もてなせ! もてなせ! 片付けろー!」

「だから床に本を置くのはやめろと言ったんだー!」


一頻り大騒ぎの後、ようやく中へと通されたのであった。



 * * *

 

腰を落ち着けて対応に出てきたのは、忠子とそう年齢の変わらない陰陽師だった。

笑顔は爽やか、日に焼けて健康そのもの、声もでかいし動きも何だかドタバタしている。

一言で言えばガサツな体育会系、神秘の隣を居場所にする陰陽師と言うよりスポーツ選手のようだ。


「大変段取りが悪く申し訳なかったっス! 生憎と陰陽頭おんみょうのかみが不在なんで、僭越ながら自分、加茂かも兼続かねつぐがご用向きをお伺いするっス! さあ何なりとお話しください、力貸しますよ!」


忠子は知っている。

この速攻で片づけたであろう部屋の屏風の裏には大量の研究資料や、素人には何に使うのか分からない占術の道具なんかがごちゃあっと積み上げられていることを。


兼続の方も、バレているのを察している。


既に何となく親近感のようなものが芽生えていた。


「ええ、実は……鬼について調べたくて」


兼続の目が警戒にキラーンっと光る。


「飛香舎に何らかの怪異が?」


内裏の中で怪異などあってはならないことだが、女御更衣への呪詛など日常茶飯事なのだ。


「いいえ、そんな大袈裟なことじゃないんです! そ、その、ちょっと、こういう鬼は実際にいるのかなあ……って」

「ああ! もしかして鬼の物語を書かれるんですか? 今日はその取材ッ?!」

「じ、実際に書けるかは分かりませんが、何となく……」


「あ、そうなんっスか……」


思いっ切り乗り出したかと思えば肩を落とす。

体育会系というのは運動神経がやばめの文系女子の天敵に近い存在だから身構えていた忠子だったが、感情が正直に出る様子はどうにも警戒心が続かなかった。


「あ、あの?」


「よくぞ聞いてくださいましたッ!」

「いえ、何も言って……」


「陰陽寮は迫害されているっス! 安倍晴明様がいた頃は良かったんですけど、ここんところ予算を減らされるばっかりで! それもこれも陰陽師に対するイメージがもう滅茶苦茶で、一度きちんと事実に基づいた陰陽師の物語がヒットしたりすればとッ!」


「皆して晴明様晴明様とありがたがるけれど、ぼくに言わせればあいつなんか術師としては二流だよ。でも政治家としての手腕はたいしたもんだった。博雅様とお近づきになったのをきっかけに道長様にも取り入って、あっという間に殿上人になっちゃった。政治家と言うより詐欺師だね」

「あ、あら……?」


お茶を乗せたお盆を手に入ってきた少年は先ほどのカラス天狗と同じ服装、背格好。

だが今は長い前髪を横に流した美少年の顔になっていた。メカクレショタだ。

人間らしい表情を作るのが苦手なのか無表情で生気がないが、却って人形のような顔の造りをよく引き立てている。


「てめえ、有為羽! 口を慎め!」

「お客様にお茶をお持ちいたしました」


兼続は首根っこを掴もうとしたが、打って変わって完璧な作法でお茶を出す仕草を見て大人げないと座り直した。


「それにね、陰陽寮が冷遇されてるのは陰陽師が誤解されてるからじゃないよ。今の陰陽頭が時流から外れちゃってるからさ。有力な貴族に占いやなんかでちょちょいっと取り入るなんて朝飯前なのに、そういうことができない男なのさ」

「そう、とても清廉な方なんっス!」


兼続はうんうんと頷いているが、多分そこじゃない。


「なかなか容赦ない物言いをするのね……」

「ここの連中は学者と体育会系しかいないからね。駆け引きはからっきしなのさ。それより本題に入ったら? おねえさんだって暇じゃないでしょ」

「そ、そうでした! 失礼しましたッ!」


「私が見たわけではないんですよ? 相談を受けたんです。私ならたくさん本を読んでいるから知ってるんじゃないかって。実は……」


忠子は盛大に暈しつつ、宴で見た鬼のことを話した。


「そりゃ賤し鬼っス。珍しいもんでもないっスよ」


あっけらかんとした返答に目眩がしそうになる。


複数の人間の悪意が凝り固まって小鬼の姿になった、半実体の存在。

一人の感情ではなく、単体では流れていってしまうような悪意が何らかの理由で凝り固まってしまったものであるそうだ。


心の弱い人間、暗い念、醜い感情を持つ人間のところへと群がり、ありったけの嫌な言葉を吐きかけてその精神をさらに追い詰め、歪めてしまう。



「でも普通の人には見えないっス! 文車太夫様ってやっぱり見鬼つまりは見える人だったんっスね! いやー、陰陽寮の連中は皆、こっち側なんじゃないかって言ってたんっスよ! じゃなきゃあんなに異界の様子を見て来たように書けるわけないっすからね!」

「あっ、いや、見鬼ってわけじゃないです! 見えたのはこの前が初めてで……」


「ん?」

「はっ!」


語るに落ちるとはこのことである。

兼続は誘導尋問をしたわけではない。素だ。

そして忠子は嘘がつけない。

ボケと正直者の衝突事故であった。





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