第10話 文車太夫と呼ばれて
「やあ、
「いらっしゃい
「君に早速あだ名が付いたって話。ぴったりじゃない」
翌々日には理知がやってきた。
この時代、女子は個人として名前が出ることは少なかった。
例えば紫式部も源氏物語のメインヒロインと血縁関係者の官職の合体した通り名だし、蜻蛉日記の作者に至っては藤原道綱母である。
忠子は大量の書物を文車に乗せて運び込んだためにそう呼ばれているそうだ。
太夫がどこから来たかは不明である。清少納言の身内にも少納言はいなかったと言うし、そんなものなのだろう。
内裏、身分にうるさい割には結構適当である。
理知は用事が済むと忠子の部屋に来て、素晴らしい歌を一首そらんじた。
「さすがだよ理知! 私詠む方は全然だけど観賞はそれなりだよ。『雲が切れて光が差し込み、藤の花が咲き乱れる様は無二のものである。徳子様のこれからもこのように素晴らしくあるだろう』って意味だよね? 理知がこんなに和歌が上手いなんて知らなかった」
良く言えば実務肌、悪く言えば情緒が死んでいる理知は事務手続きや計算には滅法強いが和歌の方は軽んずる傾向がある。
忠子も歌はたいして巧みではないが理知はさらに下手というか適当だった。端々にどうでもよさがありありと現れた、個性的と言えなくもない歌を詠む。
しかし今の一首は勅撰和歌集に載ってもおかしくない出来栄えだった。忠子は目を輝かせて喝采するが、当の理知は難しい顔だ。
「どうしたの?」
「これ、御所では君が詠んだって大評判になってるんだケド」
「ふぇ?!」
賞賛の的になっても不思議ではない、流麗かつ細やかな技法にも溢れた秀句だ。加えて幸せを願う気持ちも込められている。
「ええええ?! ど……どうしてそんな恐ろしいことに!?」
「君、入内当日にすっ転んだんだって?」
「うわ、内裏恐い……そんなことまで情報伝わるの」
「『忠子様が転ばれた折、風が雲を吹き払い光が満開の藤に降り注ぎ、まるで内側から光を放つように輝いた。忠子様は光の中で静かに起き上がり、筆も取らずその光景をお詠みになった』って、聞いたけど」
「真実は一つ。転んだときに丁度晴れて、藤が綺麗だったところまでだよ」
内裏の情報伝達速度と尾ひれの付き方ヤバすぎる。改めて行いには気をつけようと戦慄する忠子であった。
「あー、まあそんなところだろうね。事実を聞きたくて来たんだケド……心当たりはないのか。分かった、こっちで調べてみるよ」
「うん、お願い。ゴメンね、忙しいのに」
徳子を貶めるようなものでなかったからいいと言えばいいのだが、かなり気味の悪い事態ではある。
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