第3話 幕間・宮仕えなんかこの僕が絶対許さないんだからね!
「おう
「兄上うるさい。そんな気配はなかったよ」
入内する姫君は教養に優れた女子を女官として宮中に連れて行き、住居である局はちょっとした文化サロンとなる。
女房は家格も重要だが、文学や教養で官吏と渡り合うのも仕事のひとつ。
忠子は身分こそ卑しいが頭の良さは申し分ないし、何より人当たりがよく舐められると言うと語弊はあるが信用されやすくて人の警戒心を解く雰囲気とコミュ力がある。
お妃候補が自分のサロンにと望んでもおかしくない人材と言えた。
むしろ実家の力が皆無の忠子を召し上げるのだから、相当気に入られている。
宮廷勤めともなれば物入りとなる。
「良かったな! でも慌てふためいて車出すぐらいなら、さっさと結婚しちまえよ。忠子ちゃんいい子だぞ、サクッと掻っ攫われてからじゃ遅いぞ」
「忠子は僕のことそういうふうには見てないよ」
「そうかあ?」
「今日だって僕が行っても大の字で寝転がってた」
「え……あ、そう?」
兄のニヤニヤ笑いに極寒の一瞥をくれて黙らせ自室へと引きこもるやいなや、理知は頭を抱えた。
(何あの途中でやめた大量の書きかけ! 全部僕たちがモデルじゃん! あいつ僕のこと好きなの? 男として? じゃあどうしてあんな恥じらいも何もない状態で転がってられるんだよ! 文学? 文学のためのネタなわけ? 文系オタクって分かりにくいんだよもう!)
妖狐の娘が不遇の皇子に向ける素朴な優しさ、何の打算もない素直な好意。
王子の胸に短剣を突き立てることができず、泡となって消えた竜の姫の自己を顧みない強い心。
報われぬ恋に殉じてなお、誰も恨まず海の底へ落ちていく。
自分で気づいているかは分からないが、あれは忠子の清らかな魂そのものだ。
宮仕えなど絶対にさせたくない。
お人好しの忠子にありとあらゆる欲の渦巻くドロドロの宮廷劇を見せたくない。
自分がそんな醜い情念に彩られた場所で有能と評価される、つまり時には誰かを陰湿な手段で蹴落とす辣腕官僚に成長しているのを知られたくなかった。
出仕すれば周囲は目の肥えた公達。
忠子の秘めた魅力に気づく男は必ずいるし、彼らの恋の手管の前では純朴な彼女はひとたまりもないだろう。
向こうにしてみればちょっと毛色の変わった女との火遊びのつもりでも、忠子が娯楽や政治的な駆け引きとして恋愛を使いこなせるとは思えない。
弄ばれても忠子はきっと恨まない。
そして中には常に人を出し抜き疑う貴族生活に疲れ果て、忠子に癒しを求めのめり込む男が必ず出る。
忠子もその男に惹かれたりしたら……?
宮仕え、絶対反対。
しかし時は既に遅かったのである。
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