第2話 幼馴染み×私の夢小説で黒歴史大更新

(肩痛い……目が、目が限界……ああ、目薬とサロンパスのある世界が恋しいよう)


忠子は筆を置いて畳に転がった。

原稿依頼から二週間。懸命に書いてついに限界が来た。肩は痛いし目は霞む。ちょっとだけ寝ようと目を閉じた瞬間人の気配がした。


「忠子……、何大の字になってんのさ」


低く掠れたちょっとぶっきらぼうな、でも品のある口調。

声だけで斜に構えたクール系イケメン貴公子なのが分かるイケボだが、忠子は構わず色気もへったくれもないへそ天で目を閉じたままでいる。


「あー……タッチー? ごめん、もう目が痛くって痛くって……」

「変なあだ名止めてよ、子供じゃないんだから」

「ごめんね理知たかちか

「謝罪に誠意がない」


廊下から御簾をめくって部屋に入ったばかりか寝転がる忠子の側に腰を下ろす。年頃の男女ではあり得ない気安さだ。


「どうしたの? 理知がうちに来るなんて珍しいね。嬉しいけど」

「よくまあこんなに書くことがあるもんだってくだらないことばっかり書いた長い文を三日と置かず寄越す幼馴染みが半月近く引きこもってれば、様子ぐらい見に来るデショ」


口下手気味の忠子にしてみれば、よくもまあ一息でこれだけ言い切れると思うのだが。頭も口もよく回る。


「うーん、理知になら話してもいいかな。実はね、とあるお姫様から物語を頼まれたんだ」

徳子さとこ姫?」

「なんで知ってるの?」

「ばあやが教えてくれたよ」


ばあやというのは忠子の親戚筋の女性で、理知の乳母だ。

忠子の母はあまり体が丈夫でなく、小さい頃はよく面倒を見てもらった。それで、同い年の理知と忠子は兄弟のように育ったのだ。


理知の家も超一流というほどではないが今を時めく藤原の傍流、本当ならこんなふうに親しくできる身分ではない。


乳母にしてみればあまり器量の良くない忠子の将来を危ぶみ、ゆくゆくは気心の知れた女房として理知の家に入り、あわよくばお手でも付けば安泰との思惑もあったようだが、今更そんな気にならない仲になってしまって今に至る。


何しろ理知は女性に人気がある。徳子姫が冷たい満月の美貌なら理知は鋭い三日月に例えられる容貌だ。

頭が切れて官吏としても有能、常にクールでどこか人を見下すような刺々しささえ魅力ととらえられている……とは父の話だ。


御所の中のことなど絵巻物でしか知らないから、そこで働く幼馴染みの姿はぼんやりと想像するしかない。


幼い頃から利発で可愛げがなく遠巻きにされがちであったが、良く言えばおおらか、悪く言えばとことん鈍い忠子は一切意に介さずタッチータッチーと慕ってついて歩いた。


「ふーん……物語ね。そうだったんだ」


何だかほっとした口調だ。


「物語って、これ?」

「うん……さっき書けたとこ」


しばらく、バサバサと紙をめくる音が響く。


「……悲恋ものなんだ」

「結ばれない恋をうんと綺麗に書いてって注文だから」

「いい話だと思うよ。忠子らし…」

「やめて」


自分でもびっくりするほどきつい声が出てしまって、理知が息を飲んだのが分かった。

目が痛くて両手で覆うと一気に涙が溢れてくる。


「…………それ、私が考えた物語じゃないんだよ」

「だって、君が書いたんだよね?」

「違うの。前世で人気があった童話なんだよ。それを丸々書いただけ……アンデルセンの盗作なの」

「あんで……? 前世って、お前、そんな」

「初めは自力で書こうと頑張ったんだよ。でもどうしても、納得できるものが書けなくて……結局……」


二十一世紀で生まれ変わりなんて言ったら正気を疑われるところだが、学者や政治家だって前世来世を信じる時代だ。理知がしばらく真面目に考え込む気配が伝わってきた。


「前世なんか本人以外の誰にも分からないんだから、これはやっぱりお前の物語だよ。山奥や他国で語り継がれてる言い伝えを書き留めたお話を盗作とは言わないデショ」

「……ありがと」

「何にお礼言われてるか分かんないんですケド。とりあえず寝なよ、疲れてるんだよ」

「うん……」


うとうとして目を閉じようとした瞬間、忠子の前頭葉に何かが閃いた。


「はっ! 今! 今確実にニュータイプのエフェクト出た! タッチーありがとう!」

「ちょっと、何?!」


跳ね起きて再び机に飛びつき間髪入れず筆を取る。額にそっと触れようとしていた理知の手を跳ねのけてしまったかもしれないが気のせいだろう。


「……僕帰るから」

「うん、また文を書くね」


書き物から目も上げずつい返事が雑になってしまったが、後で理知の好きな甘いものでも贈って許してもらおうと、忠子は一文だけ書いた紙を表紙と本文の間に挟んだ。


 『これはまだ誰も行ったことのない、遠い遠い異国に伝わる物語』


これでいいとは思わない。狡いと思う。だが罪悪感を多少は納得させることができた。


肩の荷が下りたのか、それとも誰にも言えなかった前世のことを話せたからか。

書き終わった途端に眠気が押し寄せほとんど気絶と言える眠りに落ちたのだった。



 * * *



「うぎゃああああああああああああ」


数時間後、爆睡から目覚めた忠子は顔面蒼白になった。

駆けつけてきた家人には虫が出たと言い訳をして引き取ってもらい、文机の周りをもう一度調べ直す。


「よ、読まれた……読まれてるよね、没原稿まで……」


文机の上には清書した人魚姫ならぬ『竜宮の姫』の原稿。それはいい。

しかし問題は畳の上に積んであった没原稿やプロットの方だ。

些細な変化だが明らかに積み直した痕跡があり、見たとすれば理知以外にあり得ない。


「うわあああああああ……黒歴史を更新してしまったああああ」


初めはオリジナルで頑張ろうとした。その残骸である。

前世でケータイ小説を書き始める際に読んだ小説の書き方に「自分がモデルでいいんだよ」「日記でも書くみたいに気軽に始めるのが一番」と書いてあったので、ついやってしまったのだ。


山奥の寺で兄弟のように育つ不遇の皇子と妖狐の少女の物語を……


「おひいいいいいい」


登場人物の造形は鷹臣たかおみ様と徳子さとこ姫に似せたが、境遇は見る者が見れば理知と忠子をモデルにしているのは一目瞭然だ。

そして妖狐の少女は皇子に一途な想いを寄せ、人間と妖では結ばれないと苦しみ悩む。


狐の娘が皇子を慕う気持ちは忠子が理知に向ける感情そのものだ。


嫌われてはいないはず。

恋かもしれないし、家族としての愛を勘違いしているのかもしれない。

種族も違うし、釣り合わない身分。

でも止められない。

切なくて苦しいけれど、手放してしまったらとても空虚になってしまう。


そんな想いを書いてはやめ、没になったプロットや書き出しばかりが山積みになっていたのだ。


(私が理知のことを好きなの、バレちゃった……?)


決して気取られないように、子供時代と変わらないように振る舞ってきたのに。


(気づいたとしても理知は私なんか相手にしないよね。どうかどうか、ネタに使っただけだと思って鼻で嘲笑ってくれてますように!)



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