第18話

 家に着くと、体の汚れを落とし、着替えてから遅い昼食をとった。そして、料理の仕上げを始めた。

 料理が仕上がったころ、玄関のドアがノックされた。

「はーい」

 大翔が返事をすると、外から声がした。


「レンでーす! ジーンも連れてきたわよ!」

「……」

 大翔がドアを開ける。

 ドアの前には笑顔のレンと、不愛想なジーンが立っていた。

「ようこそ! 食事会の準備、もう少しでできますから、座って待っていてください!」

 大翔がレンとジーンを食堂に通した。

 今日は食堂の二つの机をくっつけているので、たくさんの料理が並べられる。


「今、料理を並べるので、ちょっと待っててください」

 大翔の指示で、俺は大翔が作った料理を次々と食堂の机に並べていった。

「すごいごちそう!」

 レンは嬉しそうに言った。

「ふん、まあ、食えそうだな……」

 ジーンは足を組んで、俺たちを警戒している様子で言った。


 料理を並べ終えると、俺と大翔、アイラも席に着いた。

「今日はようこそいらっしゃいました。食事が口に合うと良いんですが」

 大翔がジーンとレンの表情を伺いながら、挨拶をした。

「お前ら、食堂をやりたいんだな? それと、市場で商売をしたいとレンから聞いた」

 ジーンは不愉快そうな表情で、俺たちに言った。

「挨拶もせずに、勝手に商売をするなんていい度胸だな」

「だから、こうして食事会を開いてくれたんじゃないか。さあ、料理が冷める前に食べようよ」

 レンがジーンをとりなすように言った。

「まあ、レンがそう言うなら……」

 ジーンは腕を組んだまま、並べられた料理をじろりと見た。


「それじゃ、食事会を始めましょう。いただきます!」

 大翔がいうとジーンが首を傾げた。

「イタダキマス……と言ったな? なんだ、そりゃ?」

「いただきますっていうのは……俺たちの国の食前の挨拶だ」

「……わかった。それじゃあ……いただきます」

 ジーンは素直にそう言うと、ハンバーグを一口食べた。

「……!?」

「なんだい!? この肉は!? 柔らかくて、肉汁があふれてくる!? それに、なんかいい味がしているじゃないか……?」

 レンもハンバーグを食べて、目を丸くしている。先に食べていたジーンは確かめるように二口目を口に運んでいる。

「それはハンバーグだ。肉を細かく刻んで、野菜やパンの粉を入れて焼いたものだ」

 俺が説明すると、レンは「へーっ」と感心し、ジーンはハンバーグを細かく砕いて中身を確認している。


「シチューもどうぞ。この、白いとろりとしたスープです」

 大翔はそう言ってシチューを一口食べて見せた。

「ふむ……」

 ジーンは一口スープをスプーンですくって食べた。

「おお、野菜が美味いな。それにこのスープも熱いが癖になる味だ!」

 ジーンは次の瞬間、スープ皿を持ち上げ、口をつけてすすった。

「本当だね! 野菜にスープの味が染みていて、塩加減もちょうどいいし、ほんのり甘みもあって優しい味がするね」


「サラダもうまいな。なんかソースがかかっている……」

「ふつうのドレッシングですよ?」

「ドレッシングとはなんだ? 野菜には塩をかけるものだろう?」

 ジーンが不思議そうな表情で大翔に聞いた。

「ドレッシングっていうのは……僕たちの国では野菜にかけるソースがあるんです。それがドレッシングです」


 レンもジーンも、食事に夢中だった。

 俺は大翔に「やったな」という代わりに親指を立てた。大翔は笑顔で頷いた。

「うん、こんなにうまいものを食ったのは初めてだ」

 ジーンの機嫌はよくなっている。

「やっぱり、大翔たちの料理は最高だね」

 レンも笑顔だ。


「ところで、ジーンさん。僕たち、市場で食べ物を売りたいんですけれど……」

「あ? その話か。……そうだな……毎月銀貨6枚で市場を使わせてやる」

 俺と大翔は顔を見合わせた。

「軽食なら、銅貨10~20枚くらいが相場だろう?」

「え!? そうなんですか!?」

 大翔は俺の顔を見た。俺たちはずいぶん安い値段でサンドイッチを売っていたらしい。

「ああ、この味なら銅貨30枚程度でも売れるかもしれないな。銀貨6枚なんて、安いもんだろう?」

 話を聞いていたレンが言った。

「ちょっと、ジーン。ふっかけすぎだよ。……ほかのみんなが市場の使用料で払っているのは銀貨4枚じゃないか」


 ジーンはレンの指摘を受けて顔をしかめた。

「おいおい、商売の邪魔するなよ、レン」

「私はこの子たちを可愛がってるのよ。ちょっと安くしてあげてもいいでしょ?」

「そうだな……じゃあ、銀貨3枚でいいか」

「え? 銀貨4枚じゃないんですか?」

 大翔がジーンに聞くと、ジーンは笑って言った。


「銀貨3枚にする代わりに、毎月一回以上、俺にお前らの料理を食わせてくれ。……美味かった」

「分かりました」

 大翔と俺は顔を見合わせて、微笑んだ。

「じゃあ、これで食事は終了か?」

 いつのまにか、ジーンとレンの食器が空になっていた。

「まってくれ。食後のデザートとハーブティーがある」

「デザート?」

「蜂蜜のパンケーキと、さわやかなお茶をお出しするのでちょっと待っていてください」

 大翔が空になった食器を下げ、キッチンから冷やしておいたハーブティーをみんなに出した。そして、そしてみんながハーブティーを飲んでいる間に、焼き立てのパンケーキと蜂蜜を持ってきた。


「どうぞ、デザートです。お好みで蜂蜜をかけて食べてください」

「ふわふわだね。香ばしくて……蜂蜜の甘さがいいね」

 レンはやっぱり甘いものが好きなようだ。蜂蜜をたくさんかけている。

「ふん。まあ……悪くないな」

 ジーンも蜂蜜をかけて、パンケーキをほおばった。


「ごちそうさま」

 俺が言うと、ジーンはまた不思議そうな顔をした。

「それは……食後の挨拶なのか?」

「そうだ」

「……ゴチソウサマ」

 ジーンとレンはパンケーキを食べ終え、残ったハーブティーを飲み干した。

「あの、市場は……いつから商売を始めていいんですか?」

 大翔がおずおずとジーンに問いかけた。

「明日から使っていいぜ」

 ジーンは軽い感じでそう言うと帰り支度を始めた。

「やった! これからよろしくおねがいします!」

「おねがいします」

 俺たちが頭を下げると、ジーンは笑顔で手を振った。


 二人が帰っていったあと、大翔が俺に言った。

「明日から、いそがしくなるね」

「そうだな」

 俺たちはサンドイッチの値段を見直して、食材の準備をしてから寝ることにした。

 俺がベッドに入ってしばらくすると、大翔が部屋に入ってきた。

「健、一緒に寝てもいい?」

「いいぞ」

 俺は内心ドキドキしていたが、なにも気にしていないふりをした。

 ベッドに入ってきた大翔は石鹸のいい匂いがした。


「健……軽食が銅貨20枚っていうことは……僕たちが初めて入ったこの町の食堂はものすごく安かったんだね」

「そうだな」

「材料……なんだったんだろう?」

「……考えると怖いな……」

 二人で思い出話をしていたが、だんだんと眠くなった。

「おやすみ、健」

「おやすみ、大翔」


 俺たちは眠りに落ちていった。



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