幽霊の正体見たり

違和感に気づいたのは、塔に入ってすぐのことだった。


「何だこれ。毛、か?」


地面に落ちているのは、月光にキラキラと輝く無数の毛。光に透かしたシャロンが首を傾げる。


「白色、ですね。それも長い。これの持ち主は結構な大きさの獣でしょうね」


「それか長毛の犬か? だがこの高さに侵入できるなら鳥か猿とかが妥当だろうし……」


「待って。白の長毛で猿? それってあれのことじゃ――」


「おい、上だ!」


その声に反射で飛び退くフィオナ。そこに飛び降りてきたのは、一匹の真っ白な猿だった。


「何ですか、あれ!」


風猿シルフ・サーヴァントよ! 風に紛れてやってきて、人の荷物や作物を荒らしていくの。縄張り意識が強いから、多分ものすごく怒ってる」


「シルフ? あれが? あの凶悪な面の猿が?」


「正確にはその使い、ですね。清い魔力が湧き出してくる霊泉のそばにしか住まないのでそういう伝承がついたんでしょう」


「どっちにしろ俺達じゃ太刀打ちできない! 早く逃げないと――」


「だめ、回り込まれた!」


振り向けば、もう一頭の猿。逃げ場はない。


「幽霊の正体もこいつらね。尻尾を見間違えたのよ。でも、ちょうどいいわ」


「おい、フィオナ?」


「ここで会ったが百年目! いっつも菜園荒らされてた私の恨み、その身で味わいなさい!」


「多分それとこれ別個体ですよ!」


フィオナには見えないところでこっそりとうなずく。フィオナから聞いた家があった場所とこの城とでは、一般的な猿の縄張りの半径から見ても距離が開きすぎている。


「まあ、あいつもそれは分かってるんだろうが……」


積年の恨みは恐ろしい。退路を断たれ、一人は頭に血が上っている状況では撤退は厳しいだろう。


「おい二人とも、背中合わせになって剣を抜け! 俺は後ろから支援する!」


「戦うしかない、ですか」


「どっちにしろ、この城からは出て行ってもらわなきゃいけないんだし。ついでにこの世からもおさらばしてもらおうじゃない」


探検の際に念のためにと持ち出していた剣をシャロンが抜く。あの時は何を大袈裟なと思ったが、こうなってみれば先見の明に感謝するばかりだ。


「っておい、お前は武器あるのかよ」


「心配しないで。それくらいの考えはある」


そう言って抜き放ったのは、シャロンのものより幾分長く細身な剣だ。そして、背中に回した左手はもう一つ、短剣を掴んでいる。


「ん? その短剣、またかなり派手だな」


青を基調に美しい装飾が入った短剣は、どちらかと言えば儀礼用だろう。キラキラと月光を反射するのは宝石だろうか。


「ああ、これ? 実は――」


「後です。来ますよ!」


捻り潰してしまえると見たのだろう。踊りかかってきた風猿達に二人が応戦する。俺は作戦を遂行するべく隠れられる物陰を探し始めた。



「これで、どう!」


「すみませんフィオナ、そっちに行きました」


シャロンが取り逃がした風猿の爪が、もう一頭と剣でせり合っていたフィオナを襲う。しかし、フィオナは動じない。


「大丈夫。これくらいならどうにか」


左手の短剣がひるがえり弾いた。


「背中ががら空きです!」


風猿にできた隙を逃さずシャロンが斬りつける。


「シャロン、危ない!」


しかし、直前で振り向かれ爪が腕を裂く。


「痛っ……。すみません」


すかさず振り下ろされたもう一撃は、フィオナの短剣が受け止めた。


「気にしないで。それより、来る」


互いに体制を整え、シャロンは血が染みる服で顔の汗を拭った。


「やりましたね。私も本気で行きます」


「あら。今までは本気じゃなかったわけ?」


「まさか。言葉の綾です、よ!」


風猿の目を狙って打ち込むシャロン。


「おっと。邪魔はさせないから」


彼女を妨害しようとする風猿はフィオナが阻む。


「入りました! けど、あまり効いてないですね……」


「やっぱり。私達じゃ力がたりない」


だが、肝心の攻撃自体は狙いをそれ、分厚い皮膚に傷をつけただけで終わった。


「本当なら魔法で体を強化してから挑むんです。けれど、それができないなら知恵で戦わないといけませんね」


「知恵? でもどうやって」


「色々あります。けど、一番今おすすめなのは仲間の手を借りることですかね」


「仲間の?」


「ええ。例えば……使い魔とか」


そう言いながらシャロンは風猿との切り合いを続けている。見えてはいないだろうが、俺はその言葉に深くうなずいた。


「『キャッツアイ・フラッシュ』! いいところまで誘導してくれたじゃないか、シャロン」


人程ではないが、ツインテールキャットも魔法が使える。俺の専門は光や闇を司る魔法だ。二人の背後の高台から、目を閉じていても明るいほどの閃光を放つ。つまりは、風猿二頭の真正面だ。闇夜に慣れた目にこの光は厳しいだろう。


「目がチカチカする……」


「悪いな、二人とも。詠唱中は喋れないもんで、警告入れようにも無理だったんだよ」


「それより、今です。反撃しますよ!」


一時的に視覚を奪われパニックになる猿に剣と爪を振るう。だが、攻勢は長く続かなかった。


「もう起き上がって……!」


「レモン、尻尾が!」


「な、掴まれたのか!」


尻尾で持ち上げた風猿が振りかぶる。その先を見て血の気が引いた。


「こいつ! こっから落とす気かよ」


「レモン!」


宙に放られ、体が中を舞う。ほぼ本能で体制を整えつつ、この勢いと高さでは放り出されれば無傷は厳しいだろうと妙に冷静な考えが頭を過ぎった。しかし。


「ん? っておい、何やってるんだ、シャロン!」


「何って、貴方を助けてるに決まってるじゃないですか」


俺をシャロンの両手が掴む。空中で急に静止し、掴まれた圧迫感と合わさって口から内蔵が出そうな気分だ。


「ふざけるな。俺は猫だからともかく、お前は死ぬぞ。その体制じゃ受け身も取れないだろ」


「本当にそう。自殺するなら私の目の届かないところでしてほしいものね」


「フィオナ? そもそも、どういう状況だよ」


「貴方が投げられて、シャロンが飛び出したからつい追いかけてきちゃったの。今はシャロンの右足とレンガをそれぞれ別の手で掴んでる」


「そんな。おい、手を離せ! この距離なら安全に降りられる!」


「それより、私とシャロンでしょ。どうするの?」


「魔法で衝撃を軽減します。それまで耐えてください」


そう言って彼女の唇が呪文を紡ぎ出す。しかし、フィオナの声がそれを遮った。


「まずい。風猿に場所がばれた。手を振り上げてる。これ、私達を落とす気――」


次の瞬間、シャロンの手が俺を放り出した。


「おい、俺だけ助けようったってそうは行かないぞ! シャロン、なあシャロン!」


けれど、無情にもフィオナは掴まっていた壁から引き剥がされ、着地のため体をひねる俺の視界の端でその身が落下を始めていた。

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