第41話
国王や大臣の挨拶の後、舞踏会が始まる。
ファーストダンスを踊るべく、集った人々がそれぞれの相手と組になっていき、二人も移動する事にした。
「少し緊張してしまいます」
そう心情を告げるオリヴィアに、エフラムは優しく笑いかける。
「事前に少しでも、練習の時間を設ければ良かったね?今後のために、これからは一緒にダンスレッスンの時間を作ろうか」
今後というのは、エフラムが夜会などで自分を伴おうと考えるのは、今回限りではないという意味だと、オリヴィアは理解する。
「そうですわね、エフラム様にご迷惑をかける訳にはいきませんもの」
「そんなに肩肘張らないで、オリヴィア自身の安心感のためだから」
オリヴィアの心に負担がかからぬよう言葉を選んでくれている、彼の優しさが嬉しかった。
「でもきっと大丈夫だよ」
「そうですわね」
オリヴィアも微笑み返す。
──そう、きっと大丈夫。
産まれてすぐに、聖女であると国中に知らされたオリヴィア。歴史あるフローゼス侯爵家で産まれ、物心がつくと神殿で学びながら、同時に王妃教育が開始された。
オリヴィアの存在は国への加護をもたらす。そのため国民に愛されて育った。
浮世離れしたオリヴィア自身も、自分が僅かに周囲とはズレた部分があると自覚している。
それでも周りの人々はいつも優しくて、自分が少々的外れな発言をしても馬鹿になどしない。
転んだり、例えダンスで失敗したとしても笑われるどころか、必要以上に気遣われる事も知っている。
そのような環境で、ズバズバと物を言ってくれるローズや、分け隔てなく接してくれるエフラムは掛け替えのない存在だった。そしてヨシュアも自分を特別視する事無く、いつもオリヴィアに自然体で接してくれていた。
やはりオリヴィアはヨシュアの事を、嫌いにはなれなかった。
◇ ◇ ◇
踊る場所まで移動すると、二人に譲るように皆が空間を空け始める。
出来る事なら隅で踊りたいと思うオリヴィアの願い虚しく、ダンスフロアのど真ん中を占領してしまい、無駄に目立ってしまう。
(うぅ……本当は隅で踊りたいのに……)
音楽が鳴り止んでしばらくしてから、再び楽士達が楽器を奏で始める。
優雅な楽の音に合わせて踊り始めると、初めは緊張していたオリヴィアも、エフラムの巧みなリードにより自然と動けるようになってきた。何より、ダンスが心から楽しいと思えるほど。
オリヴィアの纏うドレスの裾が、動きに合わせて美しく翻る。マダムにより計算し尽くされた素晴らしい衣装が一際、人びとの目を惹く。
それでなくとも会場の中央で踊る、見目麗しい王子と聖女の組み合わせはやはり目立っていて、そこだけ光が溢れているかのようだった。
曲が終わっても、二人はしばらく見つめ合ったままだった。
「とても上手じゃないか」
「エフラム様のリードの陰ですわ」
「そんな事ないよ、そうだ。踊ってお腹が空いたでしょう?そろそろ何か口にしようか」
エフラムの視線の先を追うと、軽食が用意されている一角。オリヴィアは途端に紫水晶の瞳を輝かせた。
王子と聖女の組み合わせ。本来なら給仕に指示して、取って来させるのが自然かもしれない。
しかしオリヴィアが、王室専用のパティシエが作るスイーツを、目で見て選びたいだろうとエフラムは考え、二人で移動する事にした。
「どれも美味しそうだね。そうだ、ショコラティエが用意したショコラが絶品らしいよ」
「ショコラ……!」
ショコラ、何と甘美な響きだろうかとオリヴィアの胸は高鳴った。
「やはりまだまだショコラ作りまでは手を出せませんから、王室のショコラティエが作ったショコラを堪能する事が出来るなんて、なんと幸せな事でしょう。これは神に祈らずにはいられません……!」
「そうなんだ?オリヴィアは色んなお菓子を作ってるイメージだけど」
「はい、だってお菓子職人であるパティシエがいらっしゃるのに、それとは別でショコラティエが存在しているのですよ?
一つのことを極めるだけでも大変ですのに……!」
「確かに……」
「そしてカカオは、どうしてもこの国の気候とは合いませんから、お庭で栽培する訳にはいきませんし」
悩ましげに溜息を吐くオリヴィアに、エフラムは思わずクスリと笑う。
「ショコラティエもカカオ豆から作っている訳ではないからね」
目の前に広がる煌びやかとしか言いようのないお菓子達が、飾るようにケーキスタンドや皿に並べられている。
花やドライフルーツ、金箔などで飾られた一口サイズのショコラは、令嬢が華奢な指で摘んで食べやすいようなサイズであり、まるで宝石のよう。
まず最初にオリヴィアは小さなラズベリーとミントがちょこんと乗るショコラを摘み、しげしげと眺めてから味わった。
チョコの甘みとラズベリーの酸味、そして中にはトロみのあるラズベリーソースが入っており、噛めば噛む程味わい深く、そして美味しい。完璧で素晴らしいショコラだった。
その後もスイーツや、ローストビーフなどに舌鼓を打ち、オリヴィアは楽しく美味しい夜会の時間を堪能した。
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