第11話
「ふおおおお、凄いです!ちゃんとジャムになってきました!やっぱりお料理は魔法みたいだわっ」
木べらでザクザクと楽しそうにイチゴを潰すと、煮立ったイチゴの美味しそうな匂いが漂い、レモン汁を入れる事でとろみが出た。ついにイチゴのジャムが完成した。
オリヴィアが喜ぶ姿に、ローズとカルロスを始めとする厨房の使用人達は微笑ましそうに見守った。
「本当ですねぇ」
「少し冷まして味見をしましょう」
カルロスが言った『味見』という単語に、オリヴィアは胸を高鳴らせ、それならば手の空いている使用人達も呼んで試食してもらおうと思った。
本来主人である貴族と、貴族に仕える使用人が一緒に食事をしたり、お茶をする事はあり得ないが、オリヴィアに懇願されると誰も断れなかった。
長年の婚約や王子妃教育をなしにされ、親元を離れて王都のはずれで一人療養中のオリヴィア。そんなオリヴィアに付いてきた使用人達は少しでも心に寄り添いたいと思っている。
紅茶を入れて、そして薄く切ったバケットに熱々の苺ジャムを乗せて頂く。
オリヴィア以外には紅茶が用意されたが、オリヴィアはグラスに苺ジャムを入れて、上からミルクを注いで苺ミルクにした。
二層になった苺ミルクの赤と白のコントラストがとても綺麗だ。
バケットを口の中に入れると、バケットの香ばしさと、苺ジャムの甘さが口に広がり、オリヴィアは思わず顔を綻ばせた。初めて自分が作ったと思うと、より美味しく感じてしまう。
「美味しいっ。熱々の出来立てジャムは別格ね!苺ミルクも美味しいし、明日の朝は苺ジャムティーにしたいわ」
「本当、美味しいですわ」
オリヴィアを中心に、和やかな休憩時間となった。
食べ終えると再び厨房に戻り、カルロスは透明な瓶をオリヴィアに見せた。
「この瓶を別の鍋で煮沸消毒しておきましたので、冷ましておいた残りのジャムは、こちらに移して保存しておきます」
「出来立てが一番美味しいから勿体ないわねぇ」
「食料保存の知恵ですからね」
カルロスのこの言葉にオリヴィアは、はっとした。貴族の産まれだが聖女であり、国教の信者であるオリヴィアにとって、食べ物を粗末にする事は言語道断。食料を保存するためと言われると納得どころか感激し、神に感謝した。
◇
晩御飯はローズに一緒にとってもらう事にした。オリヴィアは侯爵令嬢で聖女でもあり、ゆくゆくは王子妃、もし婚約者のヨシュアが立太子すると王太子妃、はては王妃にまでなったかもしれない令嬢だ。そんなオリヴィアに仕えるだけあって、ローズも平民ではないとはいえ、一緒に晩餐を取る事をしぶった。だが、一人きりで食べるのは寂しいと言われてしまうと、やはり了承せざるを得なかった。
晩餐は魚のムニエルや、鴨肉のローストなどが用意され、どれも絶品だった。
そしてデザートはカルロスお手製の、ロゼット風のフリルが特徴的のケーキ。
フリルの様にしぼった白い生クリームがスポンジを囲み、採れたての苺、ブルーベリーを添えた可愛らしいケーキが大きめのお皿に乗せられて運ばれてきた。
ケーキだけでも可愛いのに、広めのお皿に生クリームやミント、チョコレートソースでデコレーションされている様は、乙女なら誰もが心ときめかせるのではないかと思う。
そのチョコレートソースは花やリボン、ハートなどが描かれており、ソースで描いた絵の中にはオリヴィアが作ったジャムを乗せて色付けされている。
ジャムで色付けされたことにより、赤いハートと赤いリボンがアクセントとなってより可愛らしい見た目となっていた。
出てきたデザートを見た瞬間、ローズは固まった。
(カルロス!!あのゴリゴリの腕と太い指でどうやってこんな繊細で可愛らしいデコレーションを書き上げてるの!!?頭の中は乙女なの!?)
料理人やパティシエは圧倒的に男性が多い。そんな事くらいローズだって分かっている。
だが、ハートやお花を可愛らしく描き上げているカルロスを想像すると、複雑な気分になってしまうのだ。
そんなローズとは対照的にオリヴィアは大変嬉しそうにはしゃいでいる。
「まぁ!美味しそうだし綺麗で可愛らしいわっ!私は絵心がないから、こういうのは描けなさそうだから、カルロスが羨ましいわ」
「…そうですね、お嬢様の絵は個性的かつ独創的ですからねぇ…」
「ローズは褒め上手ね」
別に褒めたつもりではなかった。
というのも、オリヴィアが絵を描くと動物は漏れなく化け物に描かれ、風景画は地獄の描写と化す。
天使の顔で地獄絵図を作り出すのだった。
「でも流石カルロスねっ、この繊細な美しさはカルロスの心が見事現れているのだわ。食べるのが勿体ないけど、頂きましょう」
「えっ!?カルロスの心ですか…!?」
出来ればスイーツを食べる時は、カルロスとスイーツを切り離したいのにとローズは思った。
だが、ケーキをフォークで掬い、一口食べればカルロスの心とかどうでもよくなった。
やはりスイーツは人を幸せにする。
◇
オリヴィアは湯浴みを終え、ローズに癖のない真っ直ぐな髪を綺麗に梳かしてもらうと、ふかふかのリネンの香りがする寝台に腰掛けた。
暗くなった部屋の中、月明かりに照らされたプラチナブロンドの髪が神秘的に輝く。
「ああ、明日は何を教えてもらおうかしら、わくわくしてしまいます」
聖女オリヴィアは一日の感謝を告げ、人々の平穏のための祈りを神に祈り、聖句を唱えてから眠りについた。
でもやっぱり羽は邪魔だと思った。
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