第3話
古来よりこの国ユヴェールでは聖女の祈りによる加護で、魔を遠ざけ守ってきた。
そして資源豊かなユヴェールは、幾度か他国に狙われ侵略の危機に瀕した事もあったがその度、敵国の軍勢が山を進軍中に歴史的な大雨を記録して、大打撃を与えたりと、何度も敵国からの侵略を阻んだと記録されている。
それは聖女の祈りの力、聖女の奇跡だと国の民は信じ、今まで伝えられてきた。
聖女とはその時代に一人のみ現れ、先代聖女が亡くなった翌年にオリヴィアは生を受けた。神殿の神託により、その日王都で産まれる女児が聖女だというお告げの元、フローゼス侯爵家にてオリヴィアが誕生したのである。産まれてすぐにオリヴィアが聖女である事が決定した。
なぜなら、その日王都で産まれた女児はオリヴィアだけだったのだから。
そして、物心がつきはじめた時から聖女としての修行が神殿より開始された。
まずはお祈りや聖句の暗唱。神への信仰心。
素直で可愛らしい子供であった幼少期のオリヴィアは、神殿の神官達からたいそう可愛がられ愛された。
聖女である前に貴族令嬢であるオリヴィアは、淑女教育も同時に学ばなければならない。
それに加え、十一歳の時に決まったヨシュア王子との婚約が決まった事により王子妃教育まで始まり、一層その生活は慌ただしくなってしまった。
その頃には聖女として、光魔法の修行も苛烈を極めていた。
大変ではあったが、聖女として産まれた責任、侯爵家の令嬢としての責任、王子の婚約者としての責任をオリヴィア的に役割を必死に全うしようとしていた。
それなのに……まさか今更自分が聖女ではないと言われようとは!
オリヴィアは私室に戻ると姿見に自身の姿を映した。
緩やかに流れるプラチナブロンドの髪に、アメジストの瞳。シミ一つない白い柔肌と薔薇色の頬。そして華奢な身体の背中には、無駄に大袈裟な純白のデカい羽。
その姿はどこからどう見ても、天使そのものだった。
「本当、今のお嬢様は天使様そのものですわ」
侯爵家の侍女であり、オリヴィア付きの侍女であるローズが、何の含みもない笑顔で言ってくれるが、オリヴィアは褒められた所で別に特に嬉しくはなかった。
「他人事だから言えるのよ、実際背中から謎の羽が生えてる本人からすると、呪いにかかったのかと思ってしまうわ。というより絶対呪いに違いないの。誰かがわたしを呪った可能性があるなんて……」
人に恨まれる様な生き方をしてきたつもりはなかったけれど、もしそうなら全力で謝り倒せば許して貰えるだろうか?
オリヴィアはローズがティーテーブルに用意してくれた、ミルクティーを一口、口に含んだ。
温かくて甘くて美味しい。
よかった、味覚まで鳥になっていなくて。
家族との晩餐時にも当然羽はそのままだった。初の羽が生えたままの食事である。
何かを背負いながら食事しようものなら、本来「背中の物を下ろしなさい」と言われるのが当然だろう。しかし、外れないのだ。外せるのもなら外したいし、下ろしたい。
羽が生えたまま食前のお祈りをし、羽が生えたまま食事を取り、羽が生えたままデザートと食後のお茶をいただいた。
羽が生えたまま無事食事を終え、しばらく自室でゆっくりと一人の時間を過ごした。
侍女が湯浴みの時間だと告げにくる。
準備が整うと、浴槽で静かな癒しの時間を堪能するはずだった。だが、湯浴みすら一人ではままならず、特に羽の真下などは侍女に手伝って貰わないといけなかった。
「ごめんなさい、そのうちコツを掴むから。自分で羽の真下を洗うコツを掴むからっ」
「お嬢様は気にする事はございません、毎日でも私共が洗って差し上げますわ」
「そうですわ!」
侍女達はこういってくれるが。
(いえ、そうじゃなくて、お風呂は一人でゆっくり入りたい派なんです〜!)
湯浴みを終えた後は、侍女の手によってスズランやジャスミンなど、白い花を集めて香りを抽出した香油が髪に塗られていく。そして丁寧に髪を乾かして梳かしてもらった。
──はて、どうやって寝ようか?
就寝時間となり、羽が生えた直後真っ先に心配した、どうやって寝るかという疑問にたった今ぶち当たっている最中である。
当然真上を向いて寝ると、羽が下敷きになり想像しただけで痛そうだ。だって羽にはちゃんと痛覚がある。何故なら既に家具にぶつけて痛かったから。
(じゃ、真下を向く?)
鼻が潰れそう……。そもそも息が出来るのか疑問である。
死因が羽が生えたせいで、下を向いて寝たのが原因である『窒息死』などとは笑えない。
(やっぱり呪いの羽じゃない!?)
仕方なく身体は下を向けて、顔だけ横に向かせる体勢を取ることにした。寝返りは打てないけど。
翌朝、滅茶苦茶肩凝りが酷かった。
肩凝りの原因はやはり寝返りが打てず、身動きが取れないから、というのが原因だと思う。
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