11-9:ハインラインの過去 上

 べスターたちがトラックに戻ってきたときには、すでにハインラインは撤収した後だった。右京がトラックに盗聴器やGPSの類が設置されていないか調べてくれたが、怪しい機材は発見されずに、そのまま撤収することになった。


 基地に戻ってから、録画されていたリーゼロッテ・ハインラインとのやり取りを確認するため、地下の研究室にオリジナルとべスターは移動した。録画されていた時刻を指定して再生を始めると、モニター付属のスピーカーからは僅かに金属を叩くような音が聞こえ始めた。これは、何者かがコンテナの側面を叩いている音だったのだろう。


 コンテナの外の様子は、トラックに取り付けられているモニターで監視が出来る。コンテナを叩いているのは間違いなくリーゼロッテ・ハインラインであり――女がコンテナを周り、扉に近づいてくるタイミングで虎は機材から離れてナイフを取り出し、扉を開け放って、急な展開に驚いている女の首元にその切っ先を添えたのだった。


「ご挨拶ね。知り合いには武器を突き付けるようにママから教育を受けたのかしら?」

「あぁ、不審者には容赦しなくていいって教えられたな」

「それはそれは、素敵なお母様ですこと……ともかく、それを降ろしてもらえないかしら? 別に、今日は事を構えに来たわけじゃないもの」


 リーゼロッテは飄々とした様子で両手を上げ、抵抗の意志が無いことを示してきている。とはいえ、この女ならこの状況からでも何とか活路を見出すことくらいはするだろうし、こんなにもあっさりと無抵抗になるのは怪しい――オリジナルもそう思ったのだろう、突きつけているナイフを離すことはしなかった。


「この前、あんだけ好戦的な態度を見せられたんだ。今日は無抵抗ですってのも、納得できるもんじゃないぜ」

「私を何度も見逃したアナタが言っても説得力もないわね。まぁ、アナタがここで決着をつけてくれるっていうのなら、私としてはそれでいいのだけれど……ただ、今日の装備じゃ太刀打ちできないからね。私としては日を改めたいところよ。

 ともかく、そんな風に武器を突き付けられてちゃ、その貧弱な装備も外すこともできないけれど」


 女の表情と声色からは――そもそも武器を突き付けられているのに余裕が過ぎるが――嘘を言っている感じは見受けられなかった。オリジナルも同じように感じたのだろう、ナイフを収めてコンテナ内に二歩ほど後ずさった。


「自分で外せ」

「あら、信用してくれるの? それとも、坊やだから女の体は触れないって緊張しているのかしら?」

「あ、あのなぁ……警戒してるんだよ。お前のことだ、近づいたら腕を取られて、ナイフを突きつけ返されるくらいのことはしてくるだろうからな」

「まぁ、そういうことにしておいてあげる」


 女はからかうように笑って、ジャケットを脱いでオリジナルの足元へ投げ出し、脇につけているホルスターから銃を抜いて、それもオリジナルの足元へと投げた。


「足元にもナイフを仕込んでいるだろう?」

「今から外すわ……しかし、まさかアナタが乗っているとは思わなかったけれど……でもちょうど良かった、アナタとは一度、戦場の外で話をしたかったから。先日のわびも兼ねて、ね」


 女の姿が屈んで見えなくなり――立ち上がると、リーゼロッテはコンテナの床にナイフを置いて、柄を前にしてそれもオリジナルの方へと滑らせた。アラン・スミスはそれを脚で止めて、ジャケットとまとめてコンテナ内の脇へと置き――振り返ると、女がコンテナの中へと入ろうとしていた。


「おい、中には入るなよ。色々と機密があるんだからな」

「それじゃあ、ここで話し続けるつもり? そっちの方が怪しいわよ?」

「はぁ……分かったよ、俺が外に出る。少し待っててくれ」


 オリジナルは帽子を被って外套を羽織り、襟を立てながらべスターへの通信を始めた。その間も虎は女の一挙一動を見逃さず――しかしリーゼロッテは、呑気にあくびなどをしている。今日戦う気が無いのも事実なのだろうが、アラン・スミスが攻撃してくることなどまるで警戒していないようだ。ある意味では、それだけ信頼されている証拠なのかもしれない。


 ともかくオリジナルはコンテナを降り、病院近くの植林まで移動をした。ちょうど周りからは見えにくく、同時に駐車場を監視できる距離――ここならトラックに何者か近づけばすぐに分かるし、最悪の場合でもADAMsを起動すれば何かあっても間に合うだろう。


「それで? 話って言うのはなんだ?」

「えぇ、まずは先日の……自分の無知さに関する非礼を詫びようと思ってね。別にDAPAが善良な組織だとは思っていなかったけれど、まさかテロ活動をしているのが自分の所属している組織だとは思わなかったから」

「調べたのか?」

「ボスに直接聞いたのよ。すんなり答えてくれたわ」


 ボスとはデイビット・クラークを指しているのだろうが――アイツならあっけらかんと言っているところを想像できる。もちろん、流布するようなら対応を考えるが、と付け足されたらしくはあるが。


「それで、お前はどうするんだ? DAPAを抜けるのか?」

「いいえ、抜ける気はないわ」

「どうして?」

「ここに居れば、アナタを追うことが出来るから」


 木の幹を背もたれ代わりに、女は腕を組みながらそう答えた。予想に反して、リーゼロッテは無表情だ――自分の知る彼女だと、もっと好戦的に笑うかと思ったが。


 もしかすると、この時のリーゼロッテ・ハインラインは、言うほど虎との決着に執着はしていなかったのかもしれない。もちろん、DAPAを抜けない理由がオリジナルを追うという時点で執着が無いとは言わないが――ヘイムダルで見た時の彼女と比べれば落ち着いた様子に見える。

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