11-4:右京とグロリアの説得 中

「こちらです」

「……万が一俺の身に何かあった時のために、このメッセージを遺す。晴子へ……」


 右京が差し出したモニターに浮かぶ文字を、晴子が小さな声で読み上げていく。主には自分が亡くなったことを気に病んでいるだろうが、手術を受けて元気になって欲しいというような無難な内容であったのだが――即席の遺言を読み終わった晴子は、眉をひそめながら首を傾げた。


「なんだか不思議な感じがします。確かに兄さんらしい文でもあるような、同時に兄さんの物ではないような……」


 行動パターンを解析しても、百パーセントのトレースは難しい。それに、二年の暗殺者としての生活で、恐らくオリジナルの言動や思考パターンは晴子の知るそれと変化しているはずだ。


 ただ、より強力な違和感の正体は、恐らく具体的な話があまり入っていなかったせいだろう。右京は二課に所属しているオリジナルのことしか知らないので、本来ならこういった手紙にあるであろう思い出話などが一切なかったのだ。シンプルな手紙であるのなら、それでも良かったのだろうが――先ほど即席で作ったものとバレないために、下手に冗長にしてしまったのが裏目に出た形だ。


 そういう意味では晴子の勘は全く正しい。恐らく、家族として過ごした時間の長さから違和感を覚えたのだろうが――とはいえ、何かの詐欺を働くなら「手術を受けて欲しい」などとは言わないはずだ。晴子もそう思ったのか、「時間が経って、私の記憶が曖昧になっているのかもしれませんね」と自責の念を口にして俯いてしまった。


 人の遺言を勝手に捏造した右京の方は、神妙な表情を浮かべながらパソコンを自分の手元に戻し、「ともかく」と切り出す。


「これを発見した我々は、アナタにまずはお兄さんの遺言を伝え……そしてここにあるように、アナタに手術を受けて欲しくてですね……」

「……帰ってください」


 右京の言葉を遮って、晴子は再び首を横に振った。


「そのメッセージのことを疑うわけではありませんが、私の考えが変わるわけではありません。もう話すこともありませんから、お引き取りを……」

「……あの!」


 今度は晴子の言葉をグロリアが遮った。予想外の方向から大きな声が聞こえたせいか、晴子もキョトンとして少女の方を見つめ――グロリアの方も、きっと何を言うべきかまとまらないまま声をあげたのだろう、彼女自身も困惑した調子で話し出す。


「その、さっきのお兄さんのメッセージでは、キチンと本心を伝えきれてないと思うんです。きっとお兄さんは、無理して手術を受けてくれなんて言えないけど、俺は晴子に元気になって欲しいって……そんな風に思ってるんじゃないかなって」

「……そうですね。兄さんはそういう人でした。あの人はズルい人なので、最後は情に訴えかけてくるんですよ。お前のためだではなくて、俺はこうして欲しいってお願いしてくるんです……だから、兄が存命しているうちは手術も受けようと思ってたんです」


 本物と接点のあるグロリアの言葉の方が、偽りの遺言よりも心に届いたのだろう、晴子はようやっと少し穏かな表情を浮かべた。同時に、オリジナルらしい言葉を出した少女のことが気にかかったのか、今度は観察するような視線をグロリアの方へと向けていた。


「先ほどから不思議に思ってたんですが、アナタは……さすがに、事務所の人って訳じゃないですよね?」

「えぇ、いえ、はい……その……」


 晴子の質問に対し、グロリアは困ったようにべスターの方へと視線を向けた。先ほど右京が作った設定に合わせて話すつもりなのか。しかしもう少し良い言い分を思いついたに違いない、グロリアは口元を引き結び、べスターの方を指さしながら晴子の方へと向き直った。


「私はこの人の親戚で、今は理由があってお世話になってるんです。それで、今日は無理を言って着いてきました。私も、その……家族と一緒に暮らすことが出来なくって……アナタのことを、他人事と思えなくって……」


 嘘の中に真実を混ぜれば説得力も増すものだ。親戚ということ以外は嘘は一つもないし、家族と暮らせないという点も――グロリアの場合は母は存命という点は違いはあるが――晴子と共通しているのも間違いないことである。


 何より勝手に深読みしてくれたのだろう、晴子は少女を悼むように視線を落とした。


「……ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまって」

「いいえ、良いんです! 確かに辛いこともありましたが、今は充実して生活してますので!

 ただ、それはきっとアナタも同じで……今がどんなにつらくても、生きていれば、不思議な出会いがあるかもしれない。それがきっかけで、何かが変わるかもしれない……それを伝えたくって……」


 自分としては、グロリアの言葉を肯定したい気持ちはある。彼女の言うことも一つの真理であり、明日には明日の風が吹くのも間違いないことなのだから。


 しかし、今の晴子にそれを言うのは酷かもしれない。グロリアの言うことに一理あるということは晴子自身も分かっていても、その上で彼女は生きることより消えることを望んでいるのだから。


 恐らく晴子が厄介に思っていることは、自身より年下の女の子に、それも自身と近い境遇の娘にそれを言われてしまったことだろう。頭ごなしにグロリアの言葉を否定も出来ないし、肯定したくない気持ちもある――そんな複雑な心境が、晴子のひそまった眉から読み取れた。


 そんな中、室内に涼し気な笑い声が小さく聞こえる――べスターが視線を移すと、右京が珍しく表情を険しくしてグロリアを見つめていた。

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