幕間:塔の最下層にて 中

「どうだい、調子は」

「個人的な知的好奇心を満たすには悪くないけれど、君の求めている答えに関してはノーって所さ」

「つまり、現状では高次元存在を降ろすことは難しそうってことだね」

「あぁ、やはり残っている第六世代たちの魂も海にとらえる必要があるだろうね……そっちの首尾は?」

「ローザが頑張ってくれているよ」

「頑張っているんじゃなくて、彼女は自らのサディスティックな願望を満たしたいだけだろうに……リーズは働いてないのかい?」

「あぁ、協力はするとは言っているけれど、細かいことは好きじゃないってさ。弱い者いじめをするにも、ある意味で才能は必要ってことだね。

 しかしどうやら、アシモフが動き出して人心が乱れない様に第六世代たちを纏め上げ始めたみたいだ。こうなったら、残っている第六世代たちの魂を海に返すのも難航するかもしれない」


 少年が空中で指を動かすと、アルジャーノンの前のディスプレイに今しがた話していた事の詳細が資料として映し出された。魔術神はそれらにサッと目を通した後――かなりの文量があったはずだが、彼なら内容は十全に理解したはずだ――口を開いた。


「残っている第六世代達の生体チップに働きかけて脳内物質をコントロールし、絶望に落とすことはできないのかい?」

「結論から言えば難しいね。単純にまだ億単位残っている全アンドロイドたちに対して一斉に指示を出すにはスーパーコンピューターであるレムの演算能力が欲しい所って前提はあるんだけれど……」

「君の方で擬似的に同レベルのオペレーティングシステムとプログラムを構築しているんだろう?」

「あぁ、塔とモノリスの管理に関してはね……でも晴子の置き土産でさ、各生体チップに働きかけるのに個別に暗号化されたプロテクトが掛かっているんだ。解析して一個一個外すことも不可能って訳じゃないが……」

「それなら物理的に第六世代たちに圧力を掛けたほうが早い、か。彼女はこうなること可能性も予測していたってことかな?」

「まさかアラン・スミスが高次元存在の顕在を止めることまでは予測していなかったと思うけれど……僕にコントロールを奪われることくらいは予想していたんだろうね」


 なお、アルジャーノンから事前に共有を受けていた内容としては、そもそも第六世代型の思考や記憶をコントロールできる彼らがプログラムでなくわざわざ第五世代型の襲撃やヘイムダルの演説により人々を絶望に落としたのは、五億程度の生体チップに一斉に働きかけるのが難しいのはもちろん、第六世代型の「生の絶望」が必要という仮説があってのことらしい。


 そもそも旧世界では全人類に生体チップが埋め込まれていた訳ではないし、そこと条件を合わせなければ高次元存在の降臨が無いかもしれないというのも勿論だが――次元の超越者が旧世界の人々が創り上げた人工物を独立した知的生命体と判定するためには、人工的に作り上げられた感情では効果が無いのではないかという仮説を基にした行動であったらしい。


 実際の所は解脱症に罹患した者から黄金症に段階的に発展していたことから、この仮説が正しかったかどうかはもはや分からないということだが――ともかく、女神レムがプロテクトを掛けたこととレア神によって、ひとまず人心は護られているということなのだろう。


「……晴子には申し訳ないことをしたな」


 アルジャーノンが再び作業に戻ろうとしたタイミングで、星右京は独白のように呟いた。魔術神はやおら少年の方へと振り返ると、ぶっきらぼうな調子で――ややイラついていると言ってもいい――「それは」と切り出した。


「君の目的が直ちに達成されなかったが故の感傷かい?」

「まぁ、そんなところだけれど……」

「あのさ、そんな風に後悔するくらいなら、君は最初からこんなことをやらなきゃよかったんだ。君の能力は高く買っているが、そういう感傷的な部分に関しては、ハッキリ言って好ましくないと思っているよ。

 僕から言わせてもらえば、その感傷って奴が持つ者の贅沢なのさ……何故かって顔をしているね? それはね、成程、君が生来から持つ頭脳をもってすれば、自らの行いが他者にどのように評価されるか直ちに思いついて、それ故に見下げられたくないだとか、悪いことをしただとかいうセンチメンタルな感情を引き起こすことだろう。

 逆説的に言えば、他者の思考や感情を推し量れるだけの思考力すらない者は、他者評価を推測することも出来ない……端的に換言すれば、馬鹿にされていることにすら気付けないんだから。全く羨ましい限りだよ」


 魔術神はそこで一度言葉を切って仰々しく首を横に振り、再び口を開いた。

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