3-19:勇者の依頼 上

 馬車に戻ってからは、そう言えばと言わんばかりにソフィアから前世の質問攻めにあった。確かに、バルバロッサに着いてからは徒歩になるので、他の人たちに話を聞かれる可能性が増す。そう考えれば、今のうちに前世のことを聞いておいてくれた方がありがたい。


 とはいえ、なかなか彼女の知的な部分に応えるのは難しかった。前世の常識上の範囲内では知識があっても、その原理原則までは知っているわけではないからだ。


 しかし、それでもソフィアは満足そうだった――単純に色々と質問して、自分の知らない世界のことを知りたかっただけなのかもしれない。


 また、話していて割と感じたのは、この世界はやはり、学院とその他との知識や技術の乖離が激しいということだ。エルやクラウの知識は中世から近世並という感じだが、ソフィア、つまり学院の所持している知識は、前世でいうところの近代並、そして恐らく分野によっては前世よりも発達しているのではないかと予想された。


 なお、ソフィアの一番食いつきの良かった話題は知的なものでなく、お菓子の話題だった。少女と出会ってすぐに一緒に食べたのが影響してか、ソフィアの中でブームなのかもしれない。


 ソフィアの質問が落ち着いている時には、クラウからちょこちょこと声を掛けられていた。彼女が聞いてきたのは、知識よりも世俗とか、生活に関することだった。もしかすると、俺が何かを思い出すきっかけになるかと思ってくれていたのかもしれないが――辞書的な物と、その名詞に付随する外観のみが思い出されるのみで、自分のことは結局思い出すことは出来なかった。


 しかし、こう前世の知識をアレコレ喋るのは、女神的には問題ないのだろうか? まぁ、問題があるなら、アイツは俺の口を止められるのだ。というか、シンイチだってソフィアには色々話していたのだろうし、レム的にもOKということなのだろう。


 ちなみに、エルは概ね、物憂げに窓から外を眺めていた。さらにちなむと、俺やクラウ、時にソフィアがボケたことを言うと、きちんと窓から目を離して突っ込みを入れてくれていた。


「エルさんがいると場が締まりますね!」

「……これから魔王を倒しに行くっていうのに、アナタたちが呑気過ぎるのよ……」


 頭痛げにクラウにそう切り替えしてはいたものの、エルも時折、優し気に二人の少女を見守っていた。そのような感じで、バルバロッサに着く二日間ほどは緩やかな時が流れた。

 

 バルバロッサでは先日ソフィアが派遣した中隊と合流し、その後に山道での行軍が行われた。徒歩での移動では、そこそこシンイチたちとの絡みがあった。この先はどうなりそうか、その予測をソフィア、アレイスターが話し合い、エルとテレサが時折、昔話に花を咲かせているようだった。


 自分はシンイチかクラウとちょこちょこ絡み――シンイチは周りに人がいない時は嫌がらせのように先輩呼びをしてきた。クラウはどちらかと言えば、手持ち無沙汰の解消に声をかけてきているようだった。なお、アガタは一人でも黙々と、人の身長をゆうに超えるこん棒を担ぎながら山道を昇っていっていた。


 自分たちは先行部隊で、一日ほどの行脚でイブラヒムの砦まで到着した。そこで一日潰し、後続部隊を待つ。全員が砦の中に入れるわけではないので、周囲で野営の準備も進められ――最終的には、イブラヒムの砦とその周辺に、二万人ほどの人類解放戦線が終結した。


 さて、野営が済んでから四日ほど経つが、未だ人類軍は動けずにいた。もちろん、移動に疲れた兵の休息のため、二日は休みを設ける予定だった。それを超えても動けない理由に対して、砦の会議室で話し合うことになった。


「……歩哨が戻ってこないんだ」


 そう切り出したのはシンイチだった。会議室のテーブルには地図が広げられており、アレイスターがそれを指さす。


「この地図の、バツ印がある箇所が、スカウトが魔王城監視のために利用していたポイントです」


 言われて見てみると、魔王城を囲むように計五か所ほど、またその道中の一か所の罰点印がついている。


「まだ戻ってきてくれる可能性はありますが、慣れているスカウトなら、一番遠い場所でも半日もあれば戻ってこれる距離です……恐らく、これらのポイントが割れたのか、はたまた行く途中か帰りかに、魔族にやられたと考えられます」

「……一応確認していいか? 敵情視察無しでゴリ押すっていうのは……」


 こちらの質問には、アレイスターが首を振った。


「正直、出来なくはないと思います。しかし、今回は魔族がいつもと違う動きをしているので、情報が欲しいです。特に……」


 そう言いながら、アレイスターは地図の一角を指さした。それは、魔王城の周りではなく、むしろ道中の箇所だ。


「死の渓谷。ここの状態は絶対に確認しておきたい。行軍には獣道は通れませんから、必ずここを通る必要があります」


 アレイスターがそこまで言ってからは、シンイチの横やりが入る。


「逆を言えば、ここに罠が張られていたら一網打尽にされる。というか、あると想定すべきだろうね……単純な戦法だけど、上から岩でも落とされるだけでもかなり危険だ」


 確かに、それは単純でも強力な戦法だ。いくら魔術とかいうトンデモパワーがあったとしても、全てを防ぐのは難しいだろうし、何より奇襲を受けては兵の士気にかかわる。


「行軍に合わせて崖上からも精鋭が先行して、罠にかけられる前にその罠を潰すか、下の兵たちに連絡を取る、それでもなんとかなるとは思います。

 とはいえ、かなり慎重に進まざるを得ない……ゆっくり進軍するのは兵站にも関わりますから、事前に危ないポイントを看破しておくに越したことはありません。ですが、魔族の本拠地を動き回れるスカウトとなると、相当凄腕でないと……」


 歯切れ悪く、アレイスターはこちらを見ている。それなら――と自分が答える前に、エルが口を開いた。


「それなら、私たちが行くわ。アランが居れば何とかなると思う……彼、性格と記憶には難はあるけれど、私が今まで見てきた中で最高のスカウトとは断言できるから」

「お前は素直に人を褒めることは出来ないのか?」

「おあいにく様。皮肉を言われたくないなら、もう少しシャキッと生きなさい」


 まぁ、最高と言われて悪い気はしない。それに、確かに偵察はしておいた方がいいだろう――この一戦に、人類の趨勢が掛かっているのだ。大胆なだけで行くのは危険だろう。そこに自分の力が活用できるのなら、やぶさかではない。


「うん、私もエルさんと同意見だよ。私たち四人で行けば、アランさんが索敵しつつ危険は避けられるし、仮に襲撃されても対処できると思うから」

「いいや、行くとするなら、アランさん一人で行ってもらうのが良いと思う」


 ソフィアの意見に、シンイチが口を挟んだ。それに対しソフィアは一瞬驚いた顔をして、すぐに抗議の炎を目に宿した。


「……シンイチさん、なんでですか?」

「理由は二つある。一つ、ソフィア、エルさん、クラウディアさん……三人の力は魔将軍と戦えるほどだ。その戦力に万が一のことが起きてほしくない。もう一つ、スカウトの隠密は、一人のほうがその機能を発揮するからだよ」


 シンイチはそこで言葉を切って、自分の方を笑顔で覗き見る。


「アランさん、敵の気配を感じるのに、一人のほうが動きやすいと思わないかい? 恐らく、今までアランさんは、他のメンバーの気配や、息遣い、足音……そういったものにも注意を払わなければならなかった。

 それが無くなるとしたら……とくに、今回は敵を撃破することが目的じゃない。ただ、敵の情報を見てくるだけだ。つまり、今回の件に火力はいらないんだ。アランさん以外は足手まといになるだけだ。もちろん、僕も含めてね」


 火力はいらない、足手まとい、その言い方は少女にはかなりきついと思う――事実、ソフィアは悲し気に俯いてしまった。とはいえ、今回の提案はシンイチなりの最善であり、また重大な使命を背負っているからには、人の感情より優先すべきことがあるという判断もあるだろう。


 さて、シンイチに言われたことを想像してみる。確かに、この世界に来てからほとんどは、少女たちの誰かと一緒に行動していた。一人で危険な所を動いてたのは、あの海岸で目覚めた時、エルと出会うまでの短い期間だが――むしろあの時が、一番動きやすかったとも思う。あの感覚で進めるのなら、シンイチの言う事も一理あると言わざるを得ない。


 それに、徹底して戦闘を避けるのなら、わざわざ少女たちの手を煩わせる必要もない。更に一人で行って帰ってくる方が早いまであるだろう。そうなれば、シンイチの言う通り、一人で行くのが正解か。


 とはいえ、彼女たちの感情はどうか――とくにソフィアか。先日、自分のために頑張ると言ってくれていたことを考えると、一人で行くと言えばまた自尊心を失ってしまいかねない。


「……アランさん、一人で行く?」


 そう、隣から泣きそうな顔で言われるとどうにも弱い。だが、今回ばかりはシンイチの言う事に分がある――というより、ソフィアが正常な判断が出来ていないようにも思う。


「……ソフィア。貴女には立場があります。それこそ、この場でやってほしいこと……兵たちの慰労をして士気を保つのは、貴女が最も適任です。レヴァルの指揮官として一年間、みなを支えてきたのは貴女なのですから」


 こちらが困っていると、対面からアレイスターが助け船を出してくれた。同時に、エルもソフィアの奥で頷いてくれている。


「そうね……ソフィア、戦いはアランの横だけで起きているわけではないわ。彼を信じて、待つことも信用なんじゃないかしら」

「うぅ……」


 師匠と仲間になだめられ、ソフィアもようやく飲み込みかけているようだ。最後に、シンイチが申し訳なさそうにソフィアに向かって頭を下げた。


「……ごめんよ、ソフィア。でも、今は皆が最善を尽くさねばならない時だ。分かってくれ」

「はい、分かりました……」


 ソフィアの声は、最後は消え入りそうだった。


「……アランさん、今すぐ発ちますか?」


 そう声をかけてきたのはテレサだった。もしかすると、場の雰囲気を変えたかったのかもしれない。


「それなんだがな。魔族の習性的に、昼と夜はどっちが安全なんだ?」

「昼には昼、夜には夜の危険があります。昼の方が活動個体が多いですが、夜の方が強力な魔族が徘徊しているので」

「それなら移動は夜だ。気配が少ない方が神経をすり減らさずに済むからな……」


 そう言いながら、窓の外に目を向ける。先ほど、夜の帳が落ち始めたという時間帯、それなら今すぐ発つのが良いだろう。

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