2-29:清浄なる炎 上
城壁の外の状況は芳しくなかった。警戒こそしていたものの、それでもこれだけの数の敵が一斉に襲い掛かってることまでは想定できなかったのだ。
襲ってきている魔族の多くは、レヴナントやスケルトンなど骸系、それにワーウルフなどの獣人系で構成されている。一般には強力な魔族たちだが、暗黒大陸で鍛えた練度のある軍隊なら、個々の能力であれば負けてはいない。
ただ、数が違いすぎる。こちらは街の警護とバルバロッサに派遣した分、城壁外に配置できた戦闘員は三千と言ったところ。対して相手の数は少なく見積もっても倍の数、下手をすれば三倍の数が襲い掛かってきている。
この数の差では、基本的には魔術による殲滅が有効になる。とはいえ、魔術弾が足らなすぎる。一般的な魔術兵は第三階層、士官クラスで第四階層程度しか扱えないので、すでに多くの魔術師は魔術を撃ち尽くしてしまっている。当然、多少の補給はあるものの、魔術杖の機構が複雑なため、再装填には時間が掛かる。
「……コキュートスエンド!」
小隊に襲い掛かる魔族の一団に、自分が使えるもっとも広範囲攻撃が可能な魔術を放つ。氷の檻が半径二十メートルほどを多い尽くすが、かと言って敵を全滅させるには足らない。
そう、この戦いにおける一番のネックは、ある意味では自分自身。本来、このような野戦ならば炎と風の魔術こそが真価を発揮する。その上、生半可な威力の氷属性ではアンデッドを葬り切れないし、獣人系は炎を嫌う。稲妻の魔術は威力はあるが、広範囲の殲滅には向かない――つまり、一番強力な魔術が使える自分が、一番敵を倒さなければならない自分が、敵の弱点をつけず、また戦略的にもこの場に合っていないのである。
(……先生がいてくれたら……!)
我が師、アレイスター・ディックこそ、炎と風の魔術の最高峰に君臨する魔術師。学長ウイルドですら、炎に関してはディック師には及ばない。
しかし、この場には先生はいない。むしろ、下手をすれば、すでに故人になっている可能性すらありうる――いや、違う、きっと生きている。あの人の強さは自分が一番よく知っているし、それに他の人たちも――。
「つっ……!?」
他の人、特に勇者の顔を思い浮かべた瞬間、頭に鈍い痛みが走る。何故だろう、あの人のことを尊敬しているのに、信頼しているのに――胸と頭に違和感があり、それはもやもやと自分の心と体を蝕んでいるようだった。もしかして、魔王討伐から自分が外されたことを、自分自身が根に持っているのか。それも、なんとなくだが違う気もする。
「……ソフィア准将! 敵が近づいて来ています!」
レオ曹長の声に我に返りこちらに近づいてきている獣人に向けて杖の先を構える。
「くっ……第四階層装填、ライトニングスピア!」
稲妻が敵を討つと同時に、第四階層が打ち止めになった。正確には、第四から第六まで打ち切った。第七階層も限定で一発許可されているが、これは最後の切り札。それに、シルヴァリオン・ゼロはその威力こそ学院史上最高クラスのお墨をもらっているが、攻撃範囲はコキュートスエンド並、やはり野戦には向かないのだ。
とはいえ、ひとまずこの辺りの魔族はおおよそ殲滅できた。あとは前衛の兵に任せておいてもなんとかなるだろう――他の部隊の救援に向かわなけば。
「……レオ曹長、他の部隊の救援のため、一旦私は補給に戻ります。この場は……」
レオ曹長に声をかけた瞬間、遠方から伝令兵のラッパの音が平原に響き渡った。この音の意味は――。
「……増援!?」
振り返り、平原の先を見る。それは、先ほども見た光景。しかし、それが繰り返されるほどの悲劇はない。土煙が地平線を埋め尽くさんとばかりに上がっており、その数は先ほどの一団のさらに倍あることが予見された。
あの数に対処できるほどの余力は、こちらには残っていない。終わりか――周りの兵たちの士気が急激に下がっているのが、目に見えて分かる。本来なら城塞の中に逃げ込んで籠城戦をするのが筋だが、中は中で戦場になっているはず。行くも地獄、退くも地獄、すでにどこにも退路はない。
(……ここまで、かな……)
物心が着いた時から魔族と戦うことが宿命づけられていた自分、魔王と戦うために技を鍛えてきた自分。この魂を燃やして、最後まで戦う覚悟はある。それは揺るがない。
ただ、やはり数の差は埋めがたい。もはや考えるのは、この身を捨ててでも、近接戦を仕掛けてでも、一体でも多くの魔族を道連れにする、それだけだ。
(……アランさん、大丈夫かな?)
なんだか最近の窮地には、あの人の顔が思い浮かぶ。もしかすると、私はあの人に、勇者の代わりを求めているのかもしれない。なんとなくだけれど、あの人は勇者様に雰囲気が似ている気がする。
でも、冷静に考えると全然違う。あの人は勇者ほど強くない。勇者ほど聡明じゃない。けれど、きっと勇者より勇気がある。そんなあの人の強さが、今の自分の拠り所になっている気がする。
それだけじゃない、エル、クラウ――一緒の時間は数日だけれど、本当に楽しかった時間が脳裏をよぎる。
すると、杖を持つ手に力が入る。そうだ、中はエルがきっと解放してくれる。それに、アランとクラウだって生きてるんだから――自分だけ潰えるわけにはいかない。自分の大好きなあの場所に、もう一度帰るために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます