箱庭と猫

山本陽之介

第1話

 ベル歴491年火の月。


 職人国家アイゼンの南の端にある町、アハート。その町の南区。


 石造りと木造の建屋が、織り交ざるように軒を連ねている商店通り。その道を南に抜けると、レンガ造りの建物の比率が高くなる住宅街に入る。その商店通りと住宅街の境目辺りの道端に、お座りをしている一匹のキジトラ模様の野良猫がいた。


「ニャー」


 ちょうどそこを通り掛かったシルバーブロンドの髪をした少年が、その鳴き声に気付いた。年の頃は十歳前後、といったところだろうか。少年は手提げ籠を持っている。どうやら、商店通りで買い出しをした帰り道らしい。


「お前と会ったことはなかったっけ?」


 少年はそんな言葉を、その野良猫に掛けながら近づいて行く。そして、逃げる素振そぶりすら見せず「ニャ?」と首を傾げている野良猫の目の前にしゃがみ込んだ。


 持っていた手提げ籠を自身の横に置き、その野良猫におもむろに手を伸ばし、そして一気に全身を撫でまわした。


「おーーし、わしゃわしゃわしゃ」


「ニャッ!? にゃ~ん」


 野良猫は一瞬驚いたものの、少年の素晴らしい手捌き……つまりはその撫でまわし技術に抗えず、快感に身を委ねた。


 安定して悶え始める猫を確認した少年は、そのまま左手で全身を撫でつつ、右の掌を野良猫に向ける。そして、少年の才能である【使役術】を行使した。


「………」


「にゃ~ん」


「………」


 少年は、しばらくその様子を観察した。


 野良猫は相変わらず気持ちよさそうに悶えてはいる。だが、あまり変化を感じることが出来なかった。そんな野良猫を見て、少年は眉を八の字にして、首を傾げる。


「う~ん…。やっぱり駄目だね。手応えが全然無いや」


 少年はそう言って、その野良猫をしばらく撫でまわしたあと、解放した。


「ナ~ゴ」


 野良猫は、「もう終わり?」といった様子で、名残惜しそうに鳴いた。


「もう終わりだよ」


 少年がそう言うと伝わったのか、満足気な表情を浮かべ野良猫が走り去っていった。少年は微笑みながら、その姿を屈んだまま膝を抱えて見送った。


 野良猫の姿が見えなくなった後、少年は自身の右掌を見つめ、怪訝な表情を浮かべる。


「今日はこれで三匹目。でも、みんな違ったなぁ……」


 置いていた籠を手に取りながら立ち上がると、遠くの空を眺めた。


「いつか、出逢えるのかなぁ……」


 少年は少し寂しそうな表情を浮かべ、独りそう呟くと、自宅に向かって再び歩き始めた。

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