イルミネーション

文学少女

聖夜

 夜、やっと仕事が終わり、ビルから外に出ると、私の嫌いな景色が広がっていた。

 今日はクリスマス・イブだった。

 ビルに挟まれたこの道に並ぶ木々はLEDの光で煌びやかに彩られていて、道行く人々は皆浮ついていた。

 歩き出して周りを見回してみれば、夜にもかかわらず景色は眩しくて、楽しそうにしている人々もまた、私には眩しかった。

 幸せそうな恋人達を見て、私はもう結婚してもいい年齢であることを思い出す。あと何日か経てば、正月に実家に帰り、母親に「いい相手はいないのか?」と聞かれると思うと、どんよりとした暗さが私の心に重くのしかかる。

 親には悪いが、私は一生結婚出来ないことと悟っていた。大人になると、恋愛は性欲を満たすことありきになっていて、男の人の好きという言葉の裏側にその一面が見え隠れした時、私は興ざめしてしまう。そんな私にはもう、普通に恋愛をすることが出来なかった。

 そんなことを思いながら細々と駅へと歩く私は、仕事の疲労感とクリスマスで楽しそうな周りの人々との隔絶感で、憂鬱というかあまり愉快な気分ではなかった。

 


 電車に乗った私は、ドアのそばにある手すりに寄りかかりながら外の景色をぼんやりと眺めて、電車の周期的な走行音に耳を澄ませていた。

 電車から見る夜の都会の景色は、少し青みがかった冷たい暗闇の中で、建物と車の光が点々と輝いていて、それが右から左へと川のように流れてゆく。

 私は、仕事終わりに見るこの景色が好きだった。

 この景色に心を預ければ、現実の憂鬱や疲労、孤独が一旦心の隅へとしまわれて、朗らかな気分になることが出来た。

 しかし、自分の降りる駅の名前を読み上げるアナウンスで、私は現実に戻される。

 


 

 電車を降り、駅の近くにあるスーパーに寄ってから私は自宅へと向かった。

 駅前は栄えているが、少し歩けばすぐに住宅街へと景色は変わる。

 住宅街には古い家と新しい家が入り交じり、等間隔に街灯が並んでいる。

 住宅街になっても、LEDの装飾できらきらと光っている家があり、その家の中楽しそうにクリスマスを過ごす家族の姿を想像して、私は憂鬱になった。

 住宅街を歩く頃にはすっかり夜が更けていて、空気は鋭く冷え渡り、閑散とした住宅街の静寂の中で私のヒールの足音だけが響き渡る。


 しばらくして、私の住むアパートに着いた。築40年の年季が入ったアパートで、壁に塗られている水色の塗装はもう所々剥がれていた。

 私はアパートの前で立ち止まり、夜空を見上げた。

 雲ひとつなく、黒く膨大に広がる空に、星々がぎらぎらと煌めいていて、満月は優美に輝いていた。

 その空に向かって、私はふっと暖かい息を吹きかける。

 吐いた息はゆるりと広がっていき、白く染まる。ぷかぷかと浮かんで、夜の空へと儚く溶けていった。


 それを眺めて、私は侘しさを感じる。

 あの空に、サンタはいるのだろうか。


 私の手には、1人用のケーキの入ったビニール袋がぶら下がっている。

 その中には、寂しさを紛らわす為のビールとおつまみが一緒に入っていた。

 街灯はそんな私を慰めるように、温かい光で私を照らしていた。



 私はアパートへと進み、不気味な音を鳴らすアパートの古びた階段を登った。

 階段の手すりにつかまると、さびた金属のざらついた感触と冬の冷たさが手に伝わる。

 廊下を歩くと、低いような高いような鈍い音がじんわりと鳴り響く。


 

 がちゃり。と鍵を開けて、ドアノブを握る。

 寒い外に晒されていたドアノブは、すっかり氷のように冷えていて、その冷たさが私の手のひらに染みる。

 私はドアノブを捻り、さびた金属のドアを開いた。

 ぎぃ……という蝶番ちょうつがいの重苦しい音が夜の静けさの中で不気味に鳴る。

 目の前には、電気のついていない真っ暗な部屋の廊下が伸びている。

 玄関の電気をつけて

 「ただいま。」

と、私は誰もいない部屋へと挨拶をした。



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