28★いつでも君の隣にいるわ【レモ視点】

(レモネッラ視点)


「それでは皆様、私は職務に戻ります」


 敬礼する師団長に、師匠も魔術顧問時代を思い出したのか敬礼で返す。ゆったりとしたローブ姿にも、長い紺色の髪にも似合っていない。


「ご苦労だった、師団長。あなたの協力にはいつも感謝している」


「滅相もない。私がセラフィーニ顧問への恩義を忘れることはありません!」


 過去、二人の間に何があったのか私は知らない。だが面倒見がよく誠実な師匠のことだから、師団長が今も騎士団の内部情報を流したくなるほどの出来事があったのだろう。


 ジリジリジリ!


 突如鳴り響いたぜんまい式タイマーのけたたましい音に、皆が石窯の方を振り返った。


「ケーキ!」


 今までテーブルに突っ伏して寝ていたユリアが、がばっと顔を上げた。


「焼けたようですね」


 火魔法を解除して、師匠が大きなスポンジケーキを取り出す。焼き上がる前から部屋中を満たしていた甘い香りが、いよいよ強くなる。


「いい匂い!」


 私が思わず歓声を上げると、


「幸せを集めて焼き上げたみたいだ」


 ジュキがぽつりと詩的なことを言った。たった一日顔を合わせていなかっただけなのに、今までどういう反応をしていたか思い出せなくて、私はどぎまぎしてしまう。美しい横顔にも、垣間見える繊細な感性にも、心に火が灯ったように体中が熱くなった。


「お師匠様、食べていい?」


 ケーキしか眼中にないユリアはいたって無邪気。


「まだですよ。冷ましてからデコレーションするんです」


「氷魔法でさくっと冷ます?」


 食欲が抑えられないユリアの質問に危険を感じたのか、師匠はチビのユリアでは決して届かない食器棚の上にケーキを移動した。


「なあ師匠さん、まだちょっと待つってんなら、着替える時間あるかな?」


 ジュキが、私が貸してあげた服をつまみながら尋ねる。何よ、せっかく似合ってるのに。


「充分にありますよ。確かにその恰好では、ね」


「ね」


 目配せする二人。私に何か隠してる?


 今日は私の誕生日。ということはジュキから熱くて長い口付けのプレゼントをもらって、それからお姫様抱っこされて、ベッドに連れて行かれて――おかしいわね、これだと着替える理由がないわ。


 分かった! 私が今夜ベッドに向かうと、そこには一糸まとわぬ姿のジュキが、華奢きゃしゃな身体に細いピンクのリボンを巻きつけて横たわっているのね! 彼は言ってくれるの――「レモ、受け取って。プレゼントは俺。全部食べてね」って!


「なんかレモせんぱいが石窯より発熱してるんだけど、なんでぇ?」


 はっ、しまった! ジュキのやわらかい肌に絡みつくリボンを指先で解くところを想像しちゃったわ!


 我に返るとジュキが少し心配そうに、首をかしげて私の様子をうかがっている。


「レモ、熱でもある?」


「な、なんでもないわ!」


「よかった。俺、亜空間収納マジコサケットにいつもの服入れたまんまだから、師匠の部屋で着替えてくるね」


 彼は優しい笑みを浮かべて立ち上がると、指先に鍵を引っかけた師匠と連れ立ってキッチンから出て行った。


 ああ行っちゃった。すぐ戻ってくるって分かってるのに、どうして切ないのかしら。背中で揺れる彼の銀髪、いつも以上に綺麗なウェーブが出ていて美しかった。私だって女の子だから分かるのよ。ああいうつやは、お手入れしなきゃ出ないものだって。


 皇后様と何があったんだろう? まさか一緒に入浴したのかな?


 彼の裸が私以外の女性に触れられたかと思うと、冷たく細い指で心臓をわしづかみされたみたいに、胸がぎゅっと痛む。


 ああ、私だけのジュキでいてほしいのに。でも自由を愛する彼を束縛することなんてできない。彼は真っ白い翼を羽ばたかせて大空の向こうへ飛んで行く小鳥みたいに、私の両手の間をすり抜けて広い世界へ旅立ってしまう。


 でも、好きな男に執着して閉じ込めるなんて、私の流儀に反するのよ! そんなみっともないことしたくないわ!


 だから決して言えないの。どこにも行かないで、なんて。


 せめて言わせて。いつも隣にいるわ、って。


「レモせんぱい、なんで一人で百面相してるの? もしかして出し物の練習?」


「はっ!? なんの話よ!?」


 私はなんとか無表情を作ってユリアを振り返った。


「誕生日会の出し物かなぁって」


 とぼけた答えが返ってくる。


「みんな何かやるの?」


「そうだよー。お師匠様はケーキづくりでしょー、ジュキくんは竪琴弾きながら――あっ!」


 指折り数えていたユリアは、慌てて口を押さえた。


「これサプライズだから言えないの!」


「今さら」


 私があきれた声を出したとき、扉が押し開かれてジュキと師匠が戻ってきた。


 久方振りに白いマントを羽織ったジュキが、かっこよくてまぶしすぎる。ゆるくウェーブのかかった銀髪をハーフアップにした姿は、真っ白い肌とあいまって、「風の大陸」に住むと言われるエルフのようだ。古文書の挿絵でしか見たことないけれど。


「レモ、貸してくれた服、宿に帰って水魔法で洗ってから返すね。――って、ぼーっとして、なんか俺のこと見てる?」


 今にも笑い出しそうな声で彼が問う。髪型のせいか、いつものショートウルフより大人っぽく見えて、私が十五歳になっても追いつけない気がする。


「えっ、久し振りの男装姿、かっこいいなぁと思って」


 考えてみたら年齢って、いつまで経っても追いつけるもんじゃないわ。私が成長した分だけ彼も大人になるんだもん。今年の冬にはジュキ、十七歳かぁ…… きっとどんどんかっこよくなるに違いないわ!


「男装」


 と苦笑したジュキは、ふわりとマントをなびかせて近付いてきた。


「恋に落ちそう?」


「なっ、もう落ちてるわよ!?」


 一体なにを言わせるわけ!?


 座っている私のうしろに立つと、ジュキは腰をかがめて耳もとでささやいた。


「言ったろ? 何度でも恋に落とすって」


 普段と違う甘くて低い声――音域の広い彼ならこんな声も出せるんだと分かってはいても、やわらかな波長に鼓膜が揺さぶられて脳までとろけそう。


 うしろから優しく抱きしめてくれる彼の腕を、私はそっとなでた。肩にかかるその重さもあたたかさも、いとおしい。私の大好きな人。


「ユリアさん、デコレーションは二人でしましょうか」


「そうだね、お師匠様! レモせんぱいとジュキくんはイチャイチャに忙しいみたいだから!」


 師匠とユリアのわざとらしい会話に、私たちは同時に固まった。


「わ、私たちだって手伝うわよ!」


 すぐに言い返してから、肩越しにジュキを見上げる。


「ね、ジュキ」


 彼は耳まで桃色に染めて、無言のまま必死でうなずいている。ちょっと大人っぽく見えたけれど、その反応はいとけない子供のように愛らしい。よかった、私のかわいいジュキだ。


「では二人で井戸に行って来てください。中をのぞくと魔法で作った氷の器が浮かんでいます。その中に今朝市場で買った木苺を入れてありますから」


 師匠の言葉に私は立ち上がった。


「行こ、ジュキ」


 彼の手を引いて廊下側と反対にある、外へつながる扉から直接、中庭に出る。


「井戸ってどこにあるんだ?」


「一番近い井戸だと思うから、多分こっちよ」


 そんな話をしながら魔法学園の敷地内を歩いていたとき、向こうから数人の人影が近づいてくるのが見えた。


「私めに案内させておくんなせぇ、殿下!」


 うしろから追いすがる男性は、魔法学園の門番さんかしら?


「その呼び方はやめてくれ」


「そうですよ、殿下はお忍びなんだから」


「あんたもだぞ」


 間の抜けた侍従らしき男を叱っているのは――


「エドモン第二皇子!?」


 私の誕生日に、招かれざる客がやって来たわ!!




 ─ * ─




次回『事態急変!次期皇帝はあの人!?』

エドモン殿下は何を伝えに来たのか!?


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